scene3

「じゃあ、オレたちはここで……」

「はい、本当にありがとうございました」

 再び最果ての島まで戻ってきたアルド一行。カレリアは終始神妙な表情ではあったが気を持ち直したようで、今はすっかり落ち着いた様子だった。

「達者でな、カレリア。未来の魔獣のためにも、地道に研究に励むがいい」

「はい……。ギルドナ様も、お元気で」

 最初に彼女と出会った辺りで、別れの会話を交わす。エイミやリィカは、カレリアが『やっぱりコニウムに戻りたい』などと言い出すのではないかと恐れていたが、杞憂に終わった。


「おや……?」

 と、その時、アルドたちの元へ眼鏡をかけた青年が歩み寄ってきた。それは、彼らのよく知る人物――運命に導かれた仲間の一人だった。

「やあ、アルド。こんなところに何の用事で?」

「あっ、クレルヴォじゃないか」

 すぐさま顔を崩したアルドの背後で、何故かカレリアは「げっ……!」と、素っ頓狂な声を漏らしていた。

 アルドは彼女の反応を気にも留めず、平然と会話を続けていく。

「特に用事はなかったんだけど……今日はちょっと、色々あってな。あちこち行き来してたんだよ」

「ふむ……? 事情が掴めないな。そういえば一人、見慣れない少女が混ざっているようだが……新しい旅の仲間か?」

「えっと、この子は……。うん、なんというか……」

 もし『せがまれたから過去に連れて行った』などと馬鹿正直に言えば、クレルヴォなら怒り出すかもしれない。そう思ったアルドが答えあぐねていると――


「うっ……うぐぐっ……」

 突然、カレリアは腹を押さえて身をよじり始めた。

「カレリア、どうしたの?」

 エイミが心配そうに尋ねると、カレリアはすぐさま顔を上げ、早口で捲し立てた。

「あ、ああ~! 残念ですが、急にお腹が痛くなってきてしまったようで! 大変名残惜しいのですが、この辺りで失礼しますっ!」

「えっ、大丈夫……?」

「大丈夫です! それでは――」

 勢いよく踵を返すカレリア。しかし、彼女が足を踏み出すことはできなかった。

「おーい、クレルヴォ~」

「うげげっ……!」

 続いてやってきたのはピンク髪の小柄な少年。彼もまた、アルドとは既知の仲である。

「あれぇ? どうしてアルドがここにいるんだ?」

「ああ、ノノルドも一緒だったのか」

 アルドが笑顔でそう言うと、クレルヴォが手短に事情を話した。

「そうなんだよ。サンプルの収集に人手が必要だったんだが、知り合いは全員予定が埋まっていてね。それで、やむなくノノルドに……」

「ボクだってヒマじゃないんだけどねぇ? クレルヴォがどうしても手伝ってほしいって言うから、無理して来てやったんだよ。感謝しろよな、クレルヴォ!」

「はいはい。今日は助かったよ、ありがとう」

「なんだよお前! 礼を言うなら、もっと心を込めて――」


 と、感情的に喋っていたノノルドは、必死に気配を殺していた少女に気付くと、目を丸くして声の調子を変えた。

「んんん……? あれぇ? お前、カレリアだよな?」

「ギクッ……!!」

「なんとか生きてたんだな。ちゃんと生活できてるのか?」

「うっ……うん。おかげさまで、なんとか……」

 カレリアがおずおずと答えると、クレルヴォも「何? カレリアだって?」と、驚いた様子で彼女に目を向ける。

 まじまじと見つめられたカレリアは、居心地悪そうに顔を背けていた。やがて観念したかのように、苦笑いしながら口を開いた。

「ど……どうも~。クレルヴォ、久しぶり。色々あって見た目はこんなになっちゃったけど……あはは、一応、本人だよ」

「そうか……信じられないな」

 クレルヴォは彼女の前に歩み寄ると、正面から肩に手を置いた。そして、真剣な目付きで問いただすように話していく。

「何故、連絡をよこさなかったんだ? 心配してたんだぞ?」

「ごめん……。悪いとは思ってたんだけど、連絡するのも迷惑だろうなって……」

「一体、何があったんだ? 大体、君が指名手配されるなんて、おかしいと思っていたんだが……」


「しっ、指名手配……!?」

 前触れなく飛び出した物々しい単語に、アルドたちは思わず身を反らした。半日を共に過ごした彼女がまさか、犯罪者だとは誰も思っていなかったから。

「え、えっと、それは、その~……。ノノちゃんには、一通り説明してあったんだけど……」

「今日まで黙っておいてやったんだよ。ボクに感謝しろよな」

「そ、そうなんだ……」

「おい、ノノルド。どういうことなんだ?」

 クレルヴォは、平然と笑う悪友をじろりと睨む。当のノノルドはというと、そっぽを向いてこう言い放った。

「後で話すよ。ここだと、誰に聞かれるかわからないからね」

「む…………」

 苦々しく口を結んだクレルヴォに、申し訳なさそうに俯くカレリア。事情の飲み込めないアルドたちは、困惑するばかりだった。

「ねぇ、一体どういうことなの? カレリアが指名手配って……」

「さて、拙者にはなんとも……」

 仲間たちが囁き合う中で、アルドが前に出る。

「なあ、クレルヴォ、ノノルド。二人はカレリアの知り合いなのか?」

 率直にそう尋ねると、ノノルドがあっけらかんと答えた。

「知り合いも何も、スクール時代からの同期だよ」

「ど、同期ぃ……!?」

「そうそう。卒業後は揃ってKMS社に入って、それぞれの専門分野で優秀な研究者として活躍してたってわけさ。……ま、二人ともこのボクには到底敵わなかったけどね!」

「そ……そうだったんだな……」


 アルドは声を震わせながら、頭の中の整理を進めた。

 カレリアに対しては、そもそもいくつかの疑問があった。だが、少女にしては学者然とした知識を持っているのも、年齢の割に落ち着いた口ぶりなのも、実年齢がクレルヴォと同じだとすれば納得がいく。

 おそらくはノノルドが何か手を加えたことで、肉体だけが若返ったのだろう。姿を変えさせ、逃亡を手助けしたというわけだ。――その上で、彼女がどうして指名手配されることになったのかは、見当もつかなかったが。


「……何にせよ、君が元気そうなのがわかってよかったよ。また日を改めて会おう。このアドレスなら第三者にも検知されないはずだから、いつでも連絡してくれ」

「う、うん……。でも、いいの?」

 差し出された名刺を受け取りながら、カレリアはおずおずと確認する。クレルヴォは真っ直ぐに彼女の目を見て答えた。

「僕は、君が罪を犯したとは思っていない。相当な変人ではあるが、情熱と良識を持った研究者だと信じているからね」

「……ありがとう」

 ぎゅっと名刺を握り締めるカレリア。その様子を横目に見ながら、ノノルドはふんと鼻を鳴らすと、彼女たちに背を向けた。

「おい、ノノルド。どこへ行く?」

 クレルヴォが呼び止めたが、彼は足を止めようとしない。

「帰るんだよ、今日は疲れたし。カレリアと一緒にいるところを誰かに見られたら、ボクまであらぬ容疑をかけられるだろ?」

「容疑も何も、君が彼女の逃亡を幇助したんじゃないのか?」

「……ったく。そこまでわかってるんなら黙ってろよな」

 そう言ってノノルドは、後ろ手を挙げた。

「つーわけでカレリア、達者でやれよ。またな、アルド」

「おい、待てって! ……すまんアルド、今日は失礼する」

「あ、ああ……」


 ノノルドを追いかけてクレルヴォまで駆け出してしまい、アルドは引きつり笑いで手を振るしかなかった。

 その場に残された、暗い顔で俯く少女に、皆の視線が集中する。

「カレリア、よかったのデスカ? 二人とこのまま別れて……」

「そうよ、久しぶりに会ったんでしょ?」

 リィカとエイミが重ねて問うと、カレリアは静かに首を横に振った。

「いいんです……。私も、あの二人を巻き込みたくはないので……」

「そういえば、指名手配などと言われていたが……カレリア殿は追われる身なのでござるか?」

 サイラスが遠慮なく尋ねると、カレリアは「……はい」とだけ答えた。一切否定しなかったことで、かえってそれ以上の質問を憚られる空気になってしまったが――

「何か事情があるんだろう。話してみろ、カレリア」

ずっと腕組みをして静観していたギルドナが、難しい顔のまま口を開く。

「で、ですが、皆さんには関係のないことで、迷惑に――」

「いいから話せ。乗りかかった船だ」

 強くそう言い切ると、カレリアは再び目を伏せた。そして彼女は、重い溜め息の後で、静かに答えた。


「……わかりました。それでは、もう少し人気のない場所に移動しましょう」

「人気が少ないって言うと……あっちの岩陰とかでいいかな?」

「そうですね……。あの辺りなら、大丈夫でしょう」

「わかった。じゃあ、行こうか」

 アルドの声を合図に、一同は動き始めた。

 元より多くの人の往来があるわけではないこの島で、これだけ警戒するのにはそれなりの理由があるのだろう。皆がそれぞれに嫌な予感を覚えていたが、このまま見捨てられるような彼らではない。


 そんなアルド一行の様子を、密かに見つめる者がいた――

「……ついに見つけたぞ」

 そう呟いた男は懐から携帯端末を取り出すと、手元の資料に目を落としたまま通話を始めた。書類には、白衣姿の若い女性の半身写真が添付されていた。

「よぉ、情報屋。例の賞金首を発見したぞ。……ああ、そうだな。礼を言うのは懸賞金を受け取ってからだな……――」

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