【第六話】王族狩り ④

「久しぶりだなァ、『三谷一族』…………。やってくれるじゃないか…………」



シェルはコメカミをひくつかせながら、怒りを抑えきれない様子で王族狩りに目を向けた。


戦場に似つかわしくない、異様な雰囲気を漂わせている。


改めて見たそいつは、顔に面を被っていた。


鬼を模した般若面だ。


服は青を基調とした着物姿で、腰には長大な刀をかけている。


パッと見た感じの体は細く、どことなく儚げな印象を持ったが、その男がやったのであろう現場の被害状況は、恐ろしく惨たらしいものだった。


連れてきた兵士のほとんどは真っ二つに切り捨てられており、手や足などの肢体や臓器がメチャクチャに飛び散っている。


血の量も凄まじく、蒸せ返るような鉄の臭いが場に充満していた。


よくもまぁ…………この数分の間にやってのけたものだ。


まるで地獄絵図のような惨状だが、まだ全滅した訳ではない。


元々端にいたのであろう兵士たちが、まだ多少残っている。


シェルは素早く指示を出した。



「コイツの相手は僕がする…………ッ!!生き残っている者は今すぐ城に戻り、王に伝えろッ!!急げ……ッ!!」



シェルに言われて、兵士たちは慌てて動き出した。


呆然と何がどうなのか分かっていなかったのだろう。


ようやく理解して、一目散に走り出す。



「………………」



そこに、王族狩りは風の刃を放った。


最初にシェルを襲った奴だ。


『三日月』と呼ばれる風の刃は逃げる兵士たちを背後から襲い、今にも体を裂かんと宙を走る。


しかし、


シェルは雷迅で一瞬のような速度でそこに移動すると、三日月を剣で弾いた。


兵士たちはその隙に一も二もなく撤退し、シェルは王族狩りに目を向ける。



「おいおい、つれないことをするなよ…………。どこの誰かは知らないが、"10年ぶり"なんだろう…………?」



シェルは挑発的に話し掛けた。


あの戦争が終わってから、既に約10年の月日が流れている。


生き残りがいるなどと思っていなかったが、いたとすればそれ以来のはずだ。


シェルは剣を構えると、その途端に体を纏う雷がバチバチと音を鳴らした。


再び地面が捲り上がり、大気が弾けるように空気を揺らして、シェルは王族狩りに殺意を剥き出しにする。


燃えるような激しい殺気が場を覆い、シェルの目は興奮に大きくなって、その姿はどんどん人間離れしていった。


まるで雷神だ。


空想上のそれを思い浮かべるくらい、シェルの放つオーラは猛々しく、この戦場に圧倒的存在感を放っている。


────王族狩りは、それを黙って見ていた。


何も言わず、静かに刀に手をやり、足にグッと力を込める。


途端、


背筋が凍るほどの凄まじい殺気が放たれた。



「……ッ!!」



シェルも思わずたじろぐ。


押し込んでいたものを解放するように、シェル以上に獰猛で激しい殺気が、急に場を支配してきたのだ。


シェルが雷神なら、王族狩りは魔王のそれだ。


見た者に恐怖を駆り立てる圧倒的絶望感に、妖気的な雰囲気。


冷え込むような空気感と合わさって、まるで死神のような印象すら与える。


神々しさと禍々しさがぶつかり合って、戦場はもはや異界にいるかのような混沌ぶりだった。


王族狩りは黙って殺気を色濃くしていき、シェルは怒りと興奮で強い殺意を振り撒く。


そして、


戦いは、王族狩りの不意打ちから始まった。



「は………………?」



シェルは目を離したつもりはなかった。


むしろ集中して見ていたくらいだ。


何が起きたのか分からない。


王族狩りは一瞬の如き速さでシェルの前に躍り出ると、即座に刀を振り、シェルの首を斬り飛ばしにかかっていた。


シェルは間一髪剣を滑り込ませてそれを防ぐも、あまりの勢いに体制を崩される。


防げたのは雷使いとしての反射神経があったおかげだった。


最初の三日月を防いだ時もそうだったが、シェルは体内に常時電流を循環させ、自分に危機が迫ると体が反射的に動くように訓練している。


雷伝と組み合わせ、生命に危険が及ぶと勝手に防ぐようにしているのだ。


だから…………


王族狩りの攻撃を防いだ今も、頭はまだ追い付いていない。


分かっているのは不意をつかれたことと、攻撃されたことだけだ。


そして、


一度マバタキした頃には、もう次の攻撃の準備が整っている。


王族狩りはその場から動かずに刀を振り、宙を飛ぶ風の刃を放ってきた。


その数は1、2、3、4、5 連撃────。


たった数秒の交錯の中、5つの刃が同時にシェルを襲い、シェルはその内の3つを剣で弾いて、残りは避けた。


また崩される体制。


王族狩りはそこにさらにさらにの追撃を仕掛ける。


シェルも流石に反応した。



「ナメるなァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



雷を纏った剣を一閃。


その瞬間────。


シェルを囲うように雷の壁が形成された。


またしても放たれていた三日月はそこで阻まれ、シェルは無事に地面へと着地する。


仕切り直しだ。



「兵の惨殺と言いコレと言い、さっきから随分と好き放題やってくれるなァ、王族狩りッ!!貴様の正体はもう分かっているぞッ!!さっさとその気色悪い面を外したらどうだッ!?」


「………………」



シェルに怒鳴られ、王族狩りは一度動きを止めた。


勿論、怖気付いたなどということはない。


王族狩りもまた、怒りに身を震わせているようだった。



「好き放題だと…………?分かっているだと…………?よくもまぁ…………ヌケヌケと言ってくれるものだな……」



強い怒りと憎しみのこもった声。


初めて聞いたその声は低く、喋る度に場が冷え込むかのようだった。


シェルは剣を構え、警戒レベルを上げる。


何かしてきそうな気配がした。



「俺はこの日をずっと待ち望んでいたんだ…………。ローズ家…………いや、ミッドカオス、貴様らを…………地獄に叩き落とすために…………」


「………………」


「貴様に分かるか…………?仲間を…………友達を…………父を家族を皆をッ!!大切な人を全て奪われた人間の気持ちがッ!!」


「………………」


「長かった…………。とても長かったよ。修吾おじさんから受け取った秘伝書をもとに、俺はこの10年…………ずっと修練に捧げてきたんだ。全ては貴様らを……ッ!!全員ブチ殺すためになァッ!!」



(修吾…………。『柊修吾』か…………。確か、三谷一族の参謀だったな)



シェルはあくまでも冷静に分析する。


頭は王族狩りの殺し方で一杯だった。


シェルは元々、"短気で理不尽で高圧的"だ。



「特に貴様ら親子だけは決して許す事が出来ないッ!!貴様とバルキー・ローズだけは……ッ!!この手で必ず殺s」


「知るかァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」



シェルの雷技が一つ、『雷撃砲』────。


王族狩りの言葉を遮り、シェルの持つ剣の切っ先から横向きの雷が飛び出した。


王族狩りにまっすぐ向かう雷の放射は、さしずめ光線のような代物だ。


速すぎて普通は目でも追えない。


しかし、


王族狩りはそれを横に跳んで避けると、シェルはそこに雷迅で一気に距離を詰め、剣を振り下ろした。


王族狩りは空中でそれを受け止めるが、そのまま後ろに弾き飛ばされる。


シェルは再び切っ先を王族狩りに向け、叫んだ。

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