【第四話】三谷恭司 ⑤
「恭司君…………。長らく君を見てきて…………私は…………俺は、確信している。君こそが…………お前…………こそが…………三谷の王たる器だ。三谷の祖先に、最も祝福された者だ。
だから…………お前が証明してくれ。三谷は、間違って、いなかったことを…………。三谷は、最強であることを。
お前が…………お前が、やらなければならない。三谷の、日本国の祖先たちに最も愛された、お前、こそ、が、三谷の最強を証明、しなければならないのだ…………。
辛く険しい道のりも…………お前なら、きっと、成し遂げられる。長きに渡る三谷の"怨念"を引き継ぐお前なら…………きっと、きっと叶えられる。
待っているぞ…………その時を…………。皆と、一緒に、あの…………世で…………ずっと、見て…………いる。
頼んだ…………ぞ…………三谷、恭…………司…………」
修吾はそう言って生き絶えた。
流れる血の量に耐え切れなくなったのか、恭司に語り掛け終わったその瞬間に、柊修吾は、その命を引き取ったのだ。
優香はその亡骸を抱いて泣き、恭司も周りの子どもたちも泣いた。
修吾の死は、それだけ衝撃的だった。
三谷を動かすNo.2にあたる人間が死んだのだ。
子どもとはいえ、その衝撃は相当だった。
恭司は自らの胸に手を当て、静かに頷く。
「任せてくれ…………。日本国の、三谷の想いは俺が引き継ぐ。三谷こそが最強だと、世界中に知らしめてやる。だから…………安心して眠ってくれ」
恭司がそう言うと、心なしか修吾の表情が和らいだ気がした。
もう既に死んだ後のはずだが、そう思えてならなかった。
恭司や子どもたちは皆一様に手を合わせ、日本国の偉大なる英雄に黙祷を捧げる。
しかしそこに、
新たな異分子が登場した。
ミッドカオスの追手たちだ。
「いたぞッ!!報告通り、6人だ!!」
悠に1,000人を超える彼らは、この状況でも土足で上がり込み、子ども相手でも手柄欲しさにそんなことを叫んでいた。
恭司は彼らをギロリと睨み付ける。
人の気も知らずにいきなり場にズカズカと入り込んできて、子ども数人に大人がゾロゾロと寄ってたかってきているのだ。
怒りは最初から既にマックスだった。
「ハイエナ共が…………。皆殺しにしてやる」
恭司は刀を構え、闘志を漲らせる。
子ども相手に大人の兵士を1,000人も向けてくるような恥知らずに、かける容赦など無い。
虐殺だーー。
皆殺しだーー。
皆の仇を討つチャンスでもある。
恭司は刀を構え、兵士の方に向かって歩き出した。
だが、
その時…………
これから動こうとした、その時だった。
そんな恭司を嘲笑うかのようにーー。
突如、
ヒュルルルルルルルルルルーと、音が聞こえてきたのだ。
「は………………?」
この状況で、訳が分からなかった。
この音は知っている。
分かっている。
でも、
こんな状況で聞くとは思わなかった。
油断していた。
大人の兵士を1,000人も導入してまで子ども6人を殲滅しようとした挙句…………開始早々、自軍の兵士もろとも砲撃で片付けようとしてくるなどと、誰が思うだろう。
誰が予想するだろう。
この場にいる全員が固まってしまっている。
ミッドカオスの兵士たちも、まさか自分たちが子ども相手の捨て駒だとは思ってもみなかったのだろう。
誰も思考が追いついていない。
そして、
空から降り落ちた砲弾は地面に着地すると、辺りに爆炎を撒き散らした。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「熱い!!アツイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」
強烈な爆音と共に、火はあっという間にその場を焼き尽くし、人の叫び声が木霊する。
……地獄だった。
砲撃はその場にいたほとんどの人間を焼き、焼かれた人間は体のあちこちを吹き飛ばされて、言葉にならない絶叫と共に絶命する。
1,000人いた部隊もそれで半数をやられ、生きている人間は残り僅かだった。
思わず呟く。
「バカな…………こんなこと…………」
あり得ない。
そう言いたかった。
恭司はあの瞬間にギリギリで風の障壁を展開したが、至近距離でいきなり襲い掛かってきた爆炎は防ぎ切れなかった。
体中が火傷で大きく負傷し、爆風で刃物でも飛んできたのか出血も夥しい。
今は何とか生きているだけだ。
体は思うように動かず、思考も定まらない中、意識だけがボンヤリと残っている。
このまま目を瞑れば死んでしまうだろう。
荒れる息はどんどんか細くなっていき、体に力は入らない。
恭司は何とか首だけを横に動かし、他の子どもたちの様子を確認した。
「…………ッ!!くそッ!!」
体の原形を留めていなかった。
手や足がそこら辺に散らばり、顔も何もかもが、火に焼かれて燃え盛っている。
涙が出た。
絶命しているのは疑いようもなく、まだ5歳や6歳の子どもが、こんな惨たらしい最期を迎えるなど、あっていいはずがない。
恭司と彼らの差は、風の障壁が出せたかどうかだけだ。
恭司はつい最近それをたまたま会得していて、それが今回たまたま成功したに過ぎない。
何故、こんな目に合わなければならないのかーー。
「そ、そうだ…………。優香…………優香は…………」
恭司はすぐに優香を見る。
優香は修吾の亡骸の近くにいたはずだ。
勿論、砲撃の範囲内にいたはずーー。
恭司は背筋が酷く冷たくなっていくのを感じた。
「優香…………。優…………香…………」
恭司は出血多量で冷たくなってきている自らの体を無理矢理動かし、地面を這いずった。
爆炎で熱く燃え盛る地面に手を付き、炎を避けながら、体を引っ張る。
優香は昔からの幼馴染だ。
いつも四六時中ずっと一緒で、恭司にとってはこの世で一番特別な存在だった。
楽しい時も苦しい時も常に一緒にいた優香は、恭司の横にいるのが当たり前で、近くにいないと不安になることもあった。
それくらい、2人は特別仲が良く、まるで一心同体のような存在でもあったのだ。
しかし…………
「優…………香…………?」
這いずる先で見えた優香の顔。
大きくてクリクリした目に、いつも愛らしい表情を浮かべる頬。
間違いなく優香のはずなのに、
その優香の顔は、
今まさに火に炙られていて、
人の肉が焼かれる酷い悪臭を放っていた。
「ア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!ゆううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううかァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
思わず大きな声が出た。
他は吹き飛んだのか、首から上だけが火に焼かれ、優香の目だけがこちらを見つめている。
恭司は自分の体が動かないことを憎んだ。
進もうとしてもうまく進まない。
掌が地面の温度で焼ける中でも恭司は手を前に出し、体を無理矢理引きずって、優香のもとに向かうも、体に力が入らないおかげで全然辿り着けないのだ。
悔しくて涙が出るーー。
辛くて胸が苦しくなるーー。
こうして見ても信じられない。
何故、こんなことになっているのか。
何で、こんな目に遭わなくてはならないというのかーー。
「何故だ…………。何故…………」
涙が止まらなかった。
出ては流れてを繰り返し、一向に止まる気配を見せない。
もはや己の不甲斐なさに狂い出しそうだった。
感情ばかりが先に立って、体はまるで動かないのだ。
ここで這いつくばっていることしか出来ない。
ミジメで、哀れで、あまりに無様ーー。
怒りと悲しみは今にも爆発しそうだった。
感情も思考も制御出来ない。
苦しくて辛くてーー。
死にたくなった。
あの世なら皆に会えると、
そう思った。
そして、
恭司の体にもとうとう限界の時が訪れる。
間もなく手は動きを止め、体も静止した。
あれだけ激しかった思考や感情も、強制的にシャットダウンされていくーー。
憎しみと懺悔の終わりーー。
恭司は無念の中に、意識をそこで閉ざした。
ーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーー
ーーーー
ーー
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます