【第四話】三谷恭司 ④

「もう遊びは終わりだァ!!行くぞ、1万本ナイフだァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



修吾が恭司に巻物を渡している間、ビスは背後にナイフをストックしていた。


その数は1万を超え、一斉に解き放たれる。


その中には術符の入ったモノも沢山混じっているだろう。


修吾は刀の切っ先をビスに向け、前屈になるよう腰を落とす。


三谷の秘奥…………『風撃閃』の構えだった。



「ま、マジかッ!!お前もその技を使えるってのかッ!!」



ビスも既に動揺は隠せていなかった。


先ほどソレに苦渋を舐めさせられたばかりなのだ。


まさか、恭一郎の他にソレを使える人間がいるとは思わなかった。


ナイフは既に放ったばかりで、


防御はもう…………間に合わない。



「秘技、『風撃閃』ーーーー」



途端、


周囲に旋風が巻き起こったかと思うと、襲いくるナイフ群を全て払い除けてしまった。


その瞬間に螺旋状の竜巻が修吾を覆い、修吾の太腿が風船を膨らますかのように膨れ上がる。


ビスはそれを見て、ゾッとした。


"また"…………あの惨劇が繰り広げられようとしている。


自らが退く理由になったソレが、次は別の人間から繰り出されようとしているのだ。


防がなければならないーー。


避けなければならないーー。


逃げなければならないーー。


ビスの中にあった恐怖心はその瞬間に一気に解放され、自らの周りにあった術符が一斉に光った。


退かなければ、今度こそ死ぬ。


そう思って、ビスはすぐに行動に移した。


修吾はその間も準備を整え、技を発動する。


三谷の秘奥が一つ、『風撃閃』ーー。


その瞬間、


前屈になっていた修吾の姿が消え、凄まじい強風を巻き起こしてビスに突撃した。


太腿に溜めていたエネルギーを爆発させたかの如き突撃は森の景色を変え、風が木々とナイフを軒並み破壊しながら、修吾の体はビスへと向かう。


ビスは前もって準備していたこともあって、その瞬間にすぐさま転移術を発動させた。



「術法ッ!!転移ィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」



修吾の放った風撃閃はそれで見事に空を切り、ナイフは全て破壊して、ビスのいた所を通り過ぎる。


恭司は、子どもたちは、その一瞬をただ見ていることしか出来なかった。



「やった。退け…………た…………」



風撃閃を放って空中にいた修吾は、そう呟いて地面に落下した。


ドサリと音が鳴って、一瞬だけ静かになる。



「お、お父さん…………ッ!!」



最初に動き出したのは優香だった。


ビスも誰もいなくなったこの戦場で、木々やナイフが見るも無惨に破壊される中、優香だけが動き出せた。


恭司も他の子どもたちも、それを見ていることしか出来ない。


幼い頭では、この事態の状況を整理するのに時間が掛かった。



「おお、優香…………。愛しの我が子よ。駆け寄って来てくれているのだな」



修吾は弱々しい声で、ただそれだけを言った。


優香は返答する。



「当たり前じゃない。っていうか、見たら分かるでしょ?急に戦闘になったと思ったら、いきなりこんな大技放つなん…………て…………」



優香は父親の体を抱き抱えながら、唖然とした。


体の至る所から、血が流れているのだ。



「こ、コレ…………どういう…………」


「奴が引いてくれて良かった。コレで、ようやく皆にも、あの世で顔向けできる」



優香の言葉を遮り、修吾は虚な様子でそう話した。


恭司も事態の急変に理解が追いつかない。


何がどうなっているのか分からない。


ただ黙って聞くことしか、出来なかった。



「長い間、恭一郎様のもとで、三谷を…………日本国を見守ってきた。コレは私の誇りだ。私の戦果だ。私の手で、我が子を、三谷の跡を継ぐ子どもたちを守ることが出来た。私は、誇っていいはずだ…………。胸を張っていいはずだ。自慢しよう、皆に。自慢しよう、祖先に。私こそが、三谷を守り、次代を守ったのだ。自慢しよう…………自慢しよう…………」



修吾は虚で、呟くようにそう言った。


優香はフルフルと首を横に振り、父親をギュッと抱きしめる。



「お父さん…………死なないでよ、お父さん…………。ホントは何ともないんでしょ?こんなの冗談なんでしょ?ねぇ、起きてよ、お父さん…………」



優香は出血の止まない父親の体を抱きしめながら、呟くように声を掛ける。


恭司も優香も分かっていた。


三谷の秘奥『風撃閃』は、竜巻の勢いに呑まれないほどの身体能力を持ち、竜巻自身をも制御する力を持たなければならない。


だからこそ『秘奥』で、皆扱えないのだ。


それを無理に行使したことで、修吾はこうなっている。


それは、三谷においては子どもにすら分かることだった。



「分が非相応に…………こんな技を使ったから、こうなった。だが…………後悔はない。ソレを使わねば奴は引かなかったし、こうして我が子を守れなかった…………。俺の人生としては…………最良だ。尊敬できる君主に出会い…………その方のために一身を捧げ…………最期には我が子と次代の子どもたちを守ることも出来たのだ…………。なんて幸運…………。なんて、幸福だろうか」



修吾はもはや目も見えていない状態で周囲を見回しながら、気配だけで恭司の方を見る。


目の焦点は明らかに定まっていないが、恭司は静かにその言葉を聞いた。

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