【第四話】三谷恭司 ①
ビスを殺せなかったとはいえ、退けることに成功した一行は、取り急ぎ先に進むことにした。
再び一塊になり、先へ進む。
恭一郎の息子である『三谷恭司』もまた、その後ろを付いていった。
他の子どもたちは修吾と恭一郎に抱えられている中、彼と『柊優香』は違う。
抱えられている子どもたちとは違い、瞬動を会得している2人は、自らの足で恭一郎と修吾に付いていっていた。
今のところは何とか付いていけているが、それは恭一郎と修吾が自分たちに合わせて速度を落としてくれているからだろう。
恭司は子どもの割に現実的だった。
「当主様…………我々は、このまま進んでも宜しいのでしょうか?ビスはこの先からやってきました。このまま進むのは却って危険かもしれませんが…………」
先頭で修吾が恭一郎に話し掛ける。
子ども2人に足を合わせている分、それくらいの余裕があった。
「…………そうだな。一度、様子を見るか」
恭一郎が受諾すると、先頭の2人はピタリと足を止め、修吾が周りの木を足場にして素早く駆け上がっていった。
木の上から遠くを見通すためだろう。
恭一郎は下に残り、子どもたちのために残ってくれているのだ。
恭司と優香はその間に休む。
2人の体力で瞬動を使い続けるためには、休息はほんの少しでも必要だった。
「…………ッ!!アレはッ!!」
修吾の声が聞こえる。
何か見つけたのだろう。
「どうかしたかッ!!」
恭一郎が答えると、修吾は一瞬にして下に降りてきた。
瞬動でいきなり現れた修吾は、かなり慌てた様子で口を開く。
「子どもたちと一緒に、当主様もその目で見てください!!大変なことになっています!!」
そう言われ、恭一郎はすぐに動いた。
子どもを抱えたまま木の上に上がり、修吾もその後ろに付いていく。
恭司と優香もその後を追った。
「何…………だ、コレは…………」
全員で木の上に立つと、そこから見えた景色に思わず絶句した。
こんなことはあり得ない。
こんなことがあっていいはずがない。
勝って知ったるはずのこの日本の森に、いつの間にか広大な広場が形成されていたのだ。
ちょうど自分たちの進もうと思っていた方向の彼方先で、焼け焦げたような黒く広大な円が見える。
あの黒さには覚えがあった。
先ほどまで我が身に降り掛かっていたのだ。
忘れようはずもない。
アレは、いくつもの雷が落ちた跡だ。
「…………い、一体、何が、どうなっている…………?何故、あんな所で戦闘が…………?日本国の人間か?」
恭一郎はフラフラと木の枝の上で放心する。
状況は明らかだった。
元々、この方向は最初に恭一郎が他の皆に提示した方向だ。
だから、
あの雷撃で辛くも生き延びた人間たちは、そのままその方向に向かっていたはずーー。
恭一郎たちと違い、子どもという足止めもビスという妨げもなかった人間たちは、ちょうどあの辺りに差し掛かっていたはずだ。
恭一郎はその方向を見て、思わず枝から跳ぶ。
「当主様ッ!?」
後ろで修吾が焦る声を無視して、
恭一郎は木々の上を瞬動で乗り継ぎ、走った。
もっと近くで見たい。
見なくてはならない。
日本国の総指揮として、三谷の長として、当主として、この目でしっかりと見なくてはならない。
ビスのせいでよっぽど差が開いていたのだろう。
現場にはまだかかりそうだが、ようやくしっかり見える所まで来た。
恭一郎は今一度足を止め、その光景を呆然と見つめる。
それは、日本国の人間たちの骸の山だった。
焼け焦げた広場には沢山の人間の死体が転がり、真っ黒な炭と化して酷い悪臭を放っている。
恭一郎の指揮で一目散に逃げていた人たちは、ここで待ち伏せされて殺されたのだ。
わざわざ一塊になるタイミングを狙って、逃がさないよう、退路から先に罠を張っていたのだ。
ビスが襲ってきたのは、正にこの状況に近づけないためだったのだろう。
恭一郎がビスと戦っている間、
生き延びた日本国の人間たちは、ここで虐殺されていたのだ。
「当主様ッ!!」
すると、
後ろから修吾が恭一郎を追って、横に並んできた。
同じようにこの景色を見た修吾の顔は、恭一郎と似たようなものだ。
唖然として、信じられなくて、固まってしまっている。
何も、言えることはなかった。
「なぁ…………俺は一体、どうすればよかったんだろうな」
ふと、恭一郎が呟いた。
修吾は首を横に振り、返す言葉が無いことを示す。
黒い円の中にある死体の中には、女性や老人らしき姿も多くあった。
他の部族の長らしき姿も、恭一郎と仲の良い友人らしき姿もあった。
皆、恭一郎を信じていたはずだ。
日本国としての誇りを旨に、いつか復讐することを誓って、生き延びることに必死だったはずだ。
他に生きている日本国民たちはどれだけいるのだろう。
皆、この光景を見ているのだろうか。
この惨状に絶望しているのだろうか。
あれだけの仲間の死を目にして、今自分がこうして生き延びていることに、何を思っているのだろう。
恭一郎には分からない。
もう何も分からない。
どうしても救えなかった。
戦争も、敗走も、何も上手くいかなかった。
失敗ばかりを繰り返した。
仲間を山ほど失った。
「一体何が正解だったのか…………。どうすれば皆を救えたのか。分からない分からない…………。コレは運命だったとでも言うのか」
恭一郎の胸の中に溜まる辛さはむしろ、鈍化の一途を辿っていった。
思考はこの時から動かなくなり、まるで亡霊の如く立っているだけだ。
口にしているだけで、頭は何も働いてはいない。
そして、そんな中、
恭一郎を置き去りにして、状況はけたたましく動き出す。
あの黒い円の向こう側から、ミッドカオス軍が登場し始めたのだ。
「ミッドカオス…………ッ!!」
恭一郎は思わず口に出す。
今まで散々やられながらも、里に帰ってからというもの一度も姿を見ていなかったのだ。
怒りが憎しみが溢れ出す。
やり場のないこの気持ちを、ぶつける相手がようやく現れたのだ。
「日本国の人間どもよッ!!貴様らの仲間たちはこの通りだ!!このまま戦いを続ければ、残った貴様らにも同様の結末を用意することになる!!」
ミッドカオス軍が広場に陣取って早々、高貴そうな衣装を着た男が前に立ち、いきなり大きな声でそんなことを言い始めた。
身長は2メートルを超え、強靭な体躯に大きな髭を拵えている。
太い眉毛に獰猛な光を宿す瞳は相手を威圧し、凄まじい迫力を持っていた。
恭一郎も修吾も分かっている。
アレが誰なのかーー。
誰のせいで、こんなことになっているのかーー。
「今なら温情措置を与えるッ!!大人しく我らが軍門に降れッ!!そうすれば、残る子どもも含め、助けてやろう!!」
その男は尚も言葉を紡ぐ。
要は降伏勧告だ。
逃げずに降伏すれば、命だけは助けるとーー。
恭一郎はワナワナと身を震わす。
迷いはあった。
今生きている人間たちを救うには、もうコレに縋るしかないのかもしれない。
コレしか、生き延びる方法はないのかもしれない。
ここに至るまでの方針もある。
今は生き延びて、復讐は後ですればいいーー。
とても分かる。
分かっている。
「デモ………………オサエキレナイ」
つい、言葉が零れ落ちる。
恭一郎はふと、あの侍の長のことを思い出していた。
彼もそうだった。
分かっていたはずなのにーー。
知っていたはずなのにーー。
抑え切れなかった。
止まれなかった。
恭一郎は見据える。
あの男を、この戦いの元凶を。
ミッドカオスの王…………『バルキー・ローズ』を。
恭一郎は怒りに染まった"紅い目"を大きく見開き、その眼中に入れる。
アイツダケハ、ユルサナイ。
「時間は10分だ!!それ以上は待たない!!生き延びたい者は今すぐ……」
「戦えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」
戦場に響く声。
よく知った、信頼できる人の声ーー。
バルキーは、ミッドカオス王は言葉を止める。
自らの声を遮られた怒りよりも、驚愕の方が勝っていた。
日本国の、三谷の方針を考えれば、上手くいくはずだったのにーー。
「聞こえるかッ!!日本国の同志たちよ!!俺はもう限界だ!!誇り高き我らがこんなにも一方的に蹂躙され、生き延びようと足掻いた挙句、多くの仲間の命を失った!!もう沢山だッ!!もう我慢できないッ!!」
恭一郎の言葉は、ここら一帯に大きく響いた。
激しく、猛々しい怒りの咆哮が、この森全体を覆い尽くすほどの唸りを上げていた。
恭一郎は尚も叫ぶ。
「無理強いはしないッ!!嫌なら構わない!!だがッ!!日本国総指揮ッ!!三谷の長として宣言するッ!!俺と共に死ねる者はッ!!今すぐ動けえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!!!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおせのままにィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」
途端、
森中から一斉に影が動いた。
示し合わせたかのように全くの同じタイミングで人が動き出し、四方八方の至る所からミッドカオスに向けて錯綜する。
今までバルキー1人が制圧していたこの森は、この瞬間に日本国民の殺気で埋め尽くされた。
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