【第三話】雷の悪夢 ⑤

そう言って、ビスはナイフを数本空中に展開し、放ってきた。


ほぼ騙し討ちだ。


恭一郎も修吾も難なく避けるが、ようやく姿を現したミッドカオスの人間を前にして、恭一郎は既にブチ切れていた。



「舐めてんじゃねぇぞ、カスがァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



三谷の基本技が一つ、『大三日月』。


恭一郎は刀を振ると、その切っ先から三日月状の斬撃が飛び出した。


宙を走る風の斬撃はまっすぐビスに向かうが、ビスはそれを難なく避ける。


修吾との戦いで既に学習していたのだ。


そして、


ビスは案の定ナイフを再び空中に展開すると、その上に足を置いた。


ナイフごと宙に浮いたビスは、その間も何十本とナイフを展開し、視界がナイフで埋まっていく。


まずい状況だった。



「修吾!!子どもたちを連れて下がってろ!!コイツの相手は俺がする!!」


「だ、ダメです!!そいつは強い!!相手なら私が…………ッ!!」


「早くしろッ!!」


「…………ッ!!」



そう言われ、修吾は瞬動ですぐさま子どもたちの前に移動し、刀を構えた。


その間に、


展開されていたナイフ群が一斉に恭一郎へと向かう。


悠に100は超えるナイフを数秒の内に展開したビスは、ソレらを容赦なく恭一郎に向けて放った。


しかし、



「舐めるなっつってんだろうがアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



恭一郎は刀に風を纏うと、三日月でそのナイフ群を一瞬にして吹き飛ばしてしまった。


修吾に出来るのだ。


同じ技を恭一郎に出来ない道理はない。


そして、


恭一郎は刀の切っ先をビスに向けると、宙に向けて突きを放った。


その切っ先からは風の螺旋が紡がれ、横向きの竜巻となってビスに向かう。


これも、三谷の技が一つ。


奥義、『風撃砲』。



「ハハァ!!流石は三谷のご当主様!!恐ろしい技だ!!滾っちまうねェ!!」



ビスは足下のナイフの移動速度を上げると、ソレすらも避けてしまった。


量だけでなく速度まで上げられるらしい。


本当に厄介な能力だ。


それに、


そんな能力を、回避や攻撃と同時進行で使えるのが疎ましい。


強敵と戦い慣れているのだろう。


こんな能力なら大概の人間は瞬殺されるし、対抗されてここまで対応できるということは、対抗され慣れているということだ。


もしかしたら、ミッドカオスにはこんなのがまだまだいるのかもしれない。



「さぁさぁ!!この状況で何が出来るよッ!?こっちは色々と準備万端だぜェ!?」



ビスはその間にすらナイフを何百と展開していった。


200作れば100を撃ち出し、400作れば200を撃ち出して、恭一郎に吹き飛ばされる間柄、ビスの後ろには何千とナイフがストックされていく。



(くそっ!!これはまずいな……ッ!!)



恭一郎は相変わらずナイフを吹き飛ばしながら、この状況に渋面を浮かべた。


あのストックされたナイフ群の使い道は明白だ。


既に1000は超えているであろうアレらを一気に放たれれば、流石の恭一郎でも基本技だけでは防ぎ切れない。


それに、


おそらくビスの目的は時間稼ぎだと判断している。


ここまで戦ってきた中でも、ビスは遠くからナイフを放つばかりで一向に距離を詰めてきていないし、遠くからの安全策を徹底しているからだ。


後ろにストックされたナイフ群がメインなのは間違いないが、そもそもそれだけで恭一郎を倒せるとも思っていないだろう。


言葉とは裏腹に、増援が来るまで足止めするのが目的のはずだ。


どこかで巻き返しを図る必要がある。



(体力を消費するが、仕方がないな)



恭一郎は内心でそう呟くと、不意に足を止めた。


ビスの放つナイフの嵐が吹き荒れる中、その真っ只中で静止する。



「ハッハァ!!とうとう観念したかァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



ビスはそれを好機と捉えた。


ストックしていたナイフ群を解き放ち、一斉に恭一郎へと向かわせる。


その数は万を超え、ナイフに埋め尽くされたソレはもはや刃の壁のようだった。


しかし、


恭一郎は落ち着いてナイフを見据え、自らの周囲に強烈な旋風を巻き起こす。


局所的に吹き荒れる強風は恭一郎の周りを囲み、螺旋を描いて身に纏わりついて、先頭のナイフ群を一気に払い除けてしまった。


ビスはソレを驚くでもなく怪訝そうに見つめ、舌打ちを零す。



(アレはヤバそうな気がするな)



理屈ではなく勘だが、ビスはそっちを信用することにした。


まだ弾かれていないナイフ群を急遽自分のもとに戻し、盾としての役割を持たせる。


すると、


恭一郎はいきなり前屈みになり、刀の切っ先をビスに向けた。


さっきの風撃砲かと思ったが、様子が違う。


恭一郎が前屈みになった瞬間、その太腿が急にパンパンに膨らみ始めたのだ。


太腿はまるで風船を膨らますかのように目に見えて大きくなっていき、恭一郎はそれがある程度までいくと、グッと力を込める。


ヤバいと思った気配はその瞬間に緊急アラームへと変貌した。


恭一郎は一瞬で太腿の筋肉を弾けさせると、爆発的な突進力を持ってビスに突撃する。


これは、三谷の秘奥が一つ、『風撃閃』。



「やべぇッ!!」



三谷の秘奥として放たれたこの技は、正にビスが予想した通りの技だった。


風撃砲と同じ横向きの竜巻を、自分ごと相手にぶつけるのだ。


元々超人的な肉体能力を持ち、超速の世界で風をも操る三谷一族だが、竜巻をも操れる人間はほとんどいない。


ましてや、その速度と威力に付いていくほどの身体能力と制御を行える者など、恭一郎をおいて他にはいなかった。


恭一郎自身が放った突撃は当然のように音速を超え、そこに立ち塞がる物は全て竜巻が斬り飛ばしてしまう。


故に『秘奥』。


速度と威力で否応無しに敵を抹消する死の奥義。


だが、


ビスには奥の手があった。



「術方!!転移ィィイイイイイイイイ!!」



突如、


ビスの足下に眩い陣のようなモノが形成され、途端にビスの姿がそこから消えてしまった。


恭一郎の技はビスのいた所にあったナイフ群だけを斬り飛ばし、本体には当てられぬまま、空を切る。


ビスのいた所を通り過ぎた恭一郎は、我が目を信じられない様子だった。


何が起きたのか未だに分からない。


分かるのは、ターゲットを殺し損ねたということだけだ。


恭一郎は怒りのあまり木を蹴り倒し、一旦落ち着くことにする。


結局、


恭一郎はビスを殺せないまま、ビスは自らの目的を"達成した"のだ。

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