【第三話】雷の悪夢 ④
「畜生……!!畜生……ッ!!!!何故だ……何故、救えない。俺のやり方が間違っていたのか?俺では力不足だったというのか!?」
休憩で足を止めて早々、恭一郎は木に近付き、その幹を静かに殴り始めた。
もう抑え切れないのだ。
どれだけ後悔しても、懺悔しても足りない。
悔しくて苦しくて辛くて悲しくて、
何度も何度も、
ゴツゴツと木を殴り続けて、
それすら何度やっても足りない。
子どもたちはそれを、ただ見ていることしかできなかった。
まだ現実感が心に追いついていないのだ。
ちゃんと見たはずなのに、聞いたはずなのに、何があったのか未だに分からないでいる。
知ってるくせに、何も知らない。
何も分からないフリをしている。
それくらいあっという間で、一瞬のような出来事だった。
心の整理なんて誰も出来ちゃいない。
出来るわけがない。
そして、
やはり修吾が、恭一郎の背後に近付き、その手を止める。
この中で唯一、修吾だけが変わらずに冷静だった。
「当主様、もうおやめください」
木を殴り続ける恭一郎の腕を背後から止めた修吾は、静かにそう言った。
気持ちなら痛いほど分かる。
分かりすぎる。
自分だってそうだ。
さっきまで隣にいた人間が死んだなど、すぐに割り切れるもんじゃない。
しかし、
恭一郎は三谷のーー日本国の総大将なのだ。
ここでこんなことをしている場合ではないのだ。
恭一郎は息を切らしながら呆然と拳を引っ込め、自らの異常なほど大量の血で染まった手を見つめる。
ポタポタと地面に赤色を作るソレは、明らかに常軌を逸していた。
恭一郎は修吾の言葉で冷静になり、ペコリと頭を下げる。
「すまない……。見苦しい所を見せた。今はとりあえず、行動を起こさないとな」
そう言う恭一郎の声には力がなかった。
空虚に言わなければならないことを言っているかのようで、それが逆に痛々しかった。
だが、
皆、子どもでさえも、そこには突っ込まない。
気持ちは皆分かっていた。
「これから森を抜け、人心地付けそうな所まで逃げる。まだ万全じゃないだろうが、堪えてくれ」
恭一郎は何とか力を振り絞り、それだけを言った。
みんな頷く。
しかし、
そうこうしている内に、人の気配がした。
「ッ!!誰だ!!」
修吾と恭一郎はすぐに刀を抜く。
気配は自分たちの向かおうとしている方向から感じた。
多くなかった。
1つだった。
多勢を旨とするミッドカオスらしくないが、この状況でのソレは、ほぼ間違いなく追手だろう。
先回りされていたということだ。
修吾と恭一郎は警戒を強め、恭司と優香も刀を構える。
いざとなったら、2人も戦うつもりだ。
生きた肉体との戦闘は初めてだったが、鬼斬りのおかげでそれほど精神的な葛藤は無い。
あとは経験だけだ。
2人は固唾をグッと喉の奥に呑み込む。
すると、
茂みの奥から1人の男が現れた。
「こんにちは~」
現れたのは若い男だった。
戦場にも関わらず明らかな私服を身に纏い、軽薄な口調でニヤニヤと笑っている。
男は木々の間を抜けると、一行の前に立ち塞がった。
最初に反応したのは、勿論、修吾だ。
「お前は……あの時の……」
修吾たちの奇襲作戦の折に戦った、あの男だった。
名は聞いていないが、修吾もこの男のことはよく覚えている。
人間離れした実力だった。
「修吾……こいつが……」
「ええ。あの時の男です」
先のことは当然、恭一郎にも報告してある。
武器や戦い方など、あったことは全て伝えたが、修吾自身、まだこの男のことを把握し切れているわけでもないのだ。
それに、
今は隣に恭一郎もいるが、後ろに子どもたちも控えている。
2対1とはいえ、警戒する必要があった。
「そう怖い顔して睨み付けないでくれよ。お互いもう知らない仲でもないんだしさァ」
男は修吾に話しかける。
まだナイフは見えないが、この男は空中に何も無い所から展開出来たはずだ。
油断出来ない。
「とはいえ、あの時は急だったから、まだ名乗りも出来ていなかったなァ。俺の名は『ビス・ヨルゲン』。"今は"ミッドカオスの諜報部隊に所属する者だ。仲良くしようぜ、お二人さん」
「「…………」」
諜報の人間が敵に諜報だと名乗っている時点で怪しさは満点だった。
嘘かブラフかーー。
もちろん間には受けない。
修吾は刀の切っ先を男に向け、尋ねる。
「一体、何の用だ『ビス・ヨルゲン』。こちらは急いでいるのだがね」
修吾は刀に"風"を纏わせながら、隠すことなく殺気を剥き出しにした。
あの時は仕留め切れなかったが、今回こそ仕留める。
今は恭一郎もいるし、子どもたちの安全も確保できるはずだ。
しかし、
そんな修吾の殺気を前にした中でも、男……ビスは笑みを崩さなかった。
「クックックックッ。俺がここに来る意味なんてたった一択だろう?どうやら"坊ちゃん"の雷撃が終わったみたいだから、白兵戦でトドメをさしに来たのさ。いわゆる残党狩り。稼ぎ時って奴さ」
その言葉に、恭一郎がピクリと反応した。
"坊ちゃん"。
それが、日本国を襲った雷の術者ということだ。
やはり人為的だったのだ。
「……仲良くするんじゃなかったのか?もう化けの皮が剥がれてるぞ」
恭一郎が暴走する前に、修吾はビスに返答する。
ビスはわざとらしく掌を頭に当てた。
「おーっとっとっと。これだから話術ってのは難しい。ついつい喋り過ぎちまう」
「…………」
「まぁ、バルキーの旦那も坊ちゃんも、アンタら三谷には関心高い様子だったからなァ。ここでお前らを殺して得られる報酬のことを考えたら、ついついテンションも高くなっちまうってもんだ」
「そんなことでお喋りになってしまうんなら諜報は向いてないんじゃないか?今すぐ転職をオススメするよ」
「ハハハ、手厳しいねぇ……。だが、俺の名は覚えておいた方がいいぜ。なんせ、旦那と坊ちゃんを除けば、俺がミッドカオスで1番の実力者で、これから昇格してビッグになるんだからなァ!!!!」
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