【第三話】雷の悪夢 ②

そうして、


日本国の人間全員が家の庭に集められた。


その中には恭司と優香の姿もある。


2人は他の子どもたちと固まって、不安そうに事の次第を見守っていた。


優香は恭司の腕に掴まり、体を小刻みに震わせている。



「恭司ー、コレ何なの……?皆、顔が怖いよ……」



恭一郎からの報告はまだ無い。


2人は10分前に修吾から集まるようにだけ言われ、とりあえず来ただけなのだ。


何のことかは分からないし、他の大人たちは揃って険しい顔をしている。


それも、


恭一郎たちは今日帰ってきたばかりで、先ほど会議らしきことをしていたのは2人も分かっているのだ。


内容は分からないにしても、良くないことが起きていることだけは分かっている。


恭司も優香の手前、気丈に振る舞ってはいるが、心境としては優香と一緒だった。


分からない以上、今は報告を待つしかないが、だからこそ不安が大きく募ってくる。


すると、


家の中から恭一郎や修吾、部族の長たちが一斉に出てきた。


ようやく説明が行われるのだろう。


2人は手を繋ぎ合い、恭一郎の言葉に耳を傾けた。



「皆、まずはいきなり呼び付けたことを謝らせてくれ。それぞれやることもあっただろうが、一大事ですぐに動かなければならなかった故、こうして集まってもらった」



恭一郎は少し緊張した面持ちだった。


日本国の歴史上、コレは初めての事態なのだ。


長たちと話し合った末とはいえ、十分な時間を取ったわけでもない。


緊張するのは当然と言えた。



「既に帰ってきた兵たちから聞いている者も多いだろうが、先の戦でのことをまずは報告する。


ーー我らは負けた。完膚なきまでにだ。敵は嵐の中だろうと恐ろしく精密に我らの居所を掴んでくる化け物だ。この場所もおそらくすぐに見つけ出されてしまうだろう。それに戦っても勝てる見込みが薄い。だから逃げることにした。今すぐここから離れ、敵を巻くまで逃げ続ける。悪いが準備する時間は無い。申し訳ないが、このまま全員で森に向かうぞ」



……一瞬、場が凍り付いた。


一息に状況を説明してきた恭一郎の言葉に、皆絶句し、固まってしまっている。


ーー単純に信じられなかった。


今までこんなことはなかった。


起きるべき混乱はすぐには起きず、皆開けた口が塞がらない様子で、恭司たちもそこは同じだった。


日本国は戦争自体に負けることはあっても、里を襲撃されるなどという事態には陥ったことはなかったのだ。


隠密重視の人間ばかりが集まるこの日本国では、そこはもはや常識的で、負けても生き延びて最後には復讐する、というスタンスを保ち続けてきた国だ。


前にも負けて戦死者を出し、次も負けて戦死者がいる中、最終的に居場所が知られて逃げ出すなんてことは今までに無かった。


だからこそ、


皆固まってしまったのだ。


ここまで、ここまで圧倒的な敗北を、彼らは経験したことがなかったからーー。



「う、嘘だ……。今まで負けたって、最後には全部勝っていたじゃないか。戦死者の仇討ちは?私の息子は?それにここを捨てるだなんて……」



集まった内の1人の老人が信じられなさそうに声を発する。


おそらく、彼の息子は今回の戦死者の1人だったのだろう。


だから、


今初めて知ったのだ。


日本国の伝統が、伝説が、打ち破られたことを。



「……復讐は後に必ず果たすと約束しよう。だが、今は……」


「嘘だッ!!こんなの今までになかったじゃないか!!今回はアンタら三谷も出て、完璧なはずじゃなかったのか!!それに……この里を、家を捨てるだなんて……」



途端、


他の者からも一斉に声が上がった。


堰き止めていた水を解放したかのように、固まっていた人間たちからこぞって声が上がる。


団結力こそを武器とする彼らだが、それが故に、愛国心と誇りでそれを認められなかった。


それだけ"当たり前"だったのだ。


信じる信じないではなく、それを日常としていた彼らにとって、それは現実感の崩壊をも意味していた。


恭一郎は落ち着いて宥めにかかる。



「皆落ち着いてくれ。状況は刻一刻を争う。謝罪なら後でいくらでもしよう。事が済んだら罪も償おう。だが、今は火急の事態なのだ。だからすぐに出立を……」



しかし……



「た、大変だー!!」



恭一郎が宥めに入った矢先、突然この場に慌てた声が響いた。


恭一郎はすぐに切り替える。



「どうした!!」


「敵がやって来たぞ!!数はおよそ20万!!あと数時間の距離だ!!」


「…………ッッ!!聞いた通りだ!!準備など許さん!!今すぐ出立するぞ!!」



恭一郎は悲鳴のような声で叫んだ。


納得している人間よりしていない人間の方が多かったが、もう仕方がない。


恭一郎は指示を出し、長を中心に一斉に移動を開始させた。


だが……


事態はそれだけには、終わらなかった。


突如、


里の上空に、雨雲が出現し始めたのだ。



「は……?」



思わず素っ頓狂な声が出た。


それだけ、恭一郎も困惑する事態だったということだ。


冷静に考えてみても、何が起きているのか分からない。


嵐は昨日だったはずだ。


今日は既に止んでいて、さっきまで雲一つなかったはずだ。


なのに、


何故、今になっていきなり雨雲が出現する?


訳が分からない。


その瞬間、


突然出現した雨雲がピカリと光り、雷が落ちてきた。


雨は降っていない。


雷だけが落ちてきたのだ。


雷は集合していた場所からは離れていたものの、凄まじい威力だった。


家は焼け、地は捲り上がり、集まっていなかったら既に大勢の人間が死んでいただろう。


恭一郎は再び叫ぶ。



「敵の攻撃だ!!どういうものかは分からないが、自然現象ではない!!すぐに動け!!」



恭一郎の言葉に、今度はすぐに対応した。


集まった人間たちは瞬動で一気に森へと駆け、長たちが慌てて追随する。


もうパニックだった。


よく分からない中、状況だけが動き、展開の速さに皆付いていけなくなっているのだ。


場に残されたのは、瞬動の使えない子供たちと、恭司と優香。


恭一郎は2人に向かって叫んだ。



「お前たちもすぐに逃げろ!!俺たちが一緒に付いていく!!恭司と優香は自分で逃げて、他の子は俺たちが背負う!!急げ!!」



そう言われて、


恭司と優香は一目散に逃げた。


もう何が何だか分からない。


とにかく走るしかなかった。


他の子は皆、恭一郎と修吾、手隙の長たちに抱き抱えられて、ただただ一目散に逃げるしかない状況だ。


恭司と優香はその後に続くように着いていって、もう何も訳が分かっていなかった。


とりあえず後を追うしかなかった。


何も分からないけど逃げた。


動かなければならなかった。


2人はとりあえず走り、森の中を走る人間に追いついて、ひとまず安堵する。


だが、


その時、再び雨雲が出現した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る