【第三話】雷の悪夢 ①

それから、ミッドカオスの容赦ない追撃戦が行われた。


隠れてもすぐに居場所を特定され、兵たちは次々と消耗し、削り取られ、日本国の人間は見るも明らかに数を擦り減らしていったのだ。


体力的にも精神的にも、既に限界がきている。


いかに一騎当千の兵が集まる日本国とはいえ、こうまで数で圧倒されれば成す術がなかった。


戦略はその悉くが覆され、もはや指揮は機能していない状態だ。


日本国に対する忠誠心だけが、兵たちをここに踏みとどまらせている。


そして、そうこうしている内に、


日本国はとうとう、自分たちの本拠地にまで追いやられた。


家族などの非戦闘員がいる以上、彼らはもうこれ以上引くことは出来ない。


コレが軍としての、最後の関門だ。


ホームに戻って早々、兵たちは自分たちの家族のもとへ走り、今は各部族の長だけが恭一郎の家に集まっている。


恭一郎を除いて、彼らは家族のもとへは戻れなかった。


こんな状況でも…………いや、だからこそ、今後の方針を固めなければならないためだ。


恭一郎は家の中で最も大きい部屋に全員を集合させると、皆揃っていることを確認してから、口を開く。



「まずは、この事態に陥っていることを皆に謝らせてくれ。完全に俺の読み違いだ。皆には、詫びても詫びきれない」



恭一郎はそう言って、深々と頭を下げた。


今回の戦争は恭一郎が総指揮で、しかも三谷一族という隠密最大戦力を有していたのだ。


最も戦局を動かせる立場にあったと言える。


敵の情報は恭一郎が最も掴める立場にいたし、実際掴んでいる情報もあった。


その上で敗戦という結果になってしまったのは、一重に恭一郎の判断ミスだ。


もう取り返しはつかない。


恭一郎は切腹もじさない覚悟だった。



「やめてくれ…………。別に誰も、お前のせいだなんて思っていない。敵の指揮官は、本物の化け物だ」



弓の部族の長はそう言ってフォローする。


高所から援護射撃を担っていた彼らには、今回の戦争の状況が一番よく見える立場だった。


その上で、今回の敵の動きはあまりにも神がかっていたのだ。


まるで天から見下ろしているかのようにこちらの動きを把握し、必要な時に必要な分だけ戦力を繰り出してくる。


しかもそれを常にリアルタイムでやってくるものだから、日本国は追撃戦が始まって以来、常に後手に回らされていたのだ。



「俺もそう思うぜ。第一、何故奴らはこうも俺たちの居場所を正確に把握できるんだ?俺たちは瞬動で移動しているんだぞ」



他の部族の長も賛同する。


通常、嵐の中の森で敵の居場所をリアルタイムで正確に把握することなど不可能だ。


視界の悪さは勿論、足跡や音など、敵を見つけるための手掛かりが最も少ない環境下でそれをやるのは、正に神に等しい行為だと言って良い。


それを思えば、恭一郎が対応し切れなかったのも頷ける話だった。


戦争において、情報は何よりも大切な武器なのだ。


それを一方的に把握されている以上、誰が指揮を取っていても同じ結果だったに違いない。



「皆ありがとう……。だが、こうなってしまった以上、敵は我々がこの隠れ里に戻っていることも把握しているだろう。時間がないから、早急に、"決"を取らなければならない」


「「「………………」」」



何を?と聞く者はいなかった。


部族の長たちは、皆沈んだ顔で項垂れる。


恭一郎の言っていることは、勿論分かっているつもりだ。


これだけ居場所を探り当てることに長けている敵を相手に、このままずっと隠れ続けることは出来ないだろう。


となれば、


日本国は二択を選ばなければならない。


そう、


『逃げる』か『戦う』かを…………だ。



「逃げるなんて選択肢があるのか?今回の戦いで我らの仲間が一体どれほど殺されたと思っている。仇討ちせねば奴らが浮かばれんわ!!」



長の1人が声を荒げる。



「だが、それで全滅しては元も子もないぞ。仇討ちは生き残ってからでも遅くないはずだ」


「逃げるといってどこに逃げる?里を移した所で、敵は追ってくるのではないか?」


「大体、女子供はどうする。どのみち、非戦闘員たちには逃げてもらわないと困る」



仇討ち派と逃げる派で意見は分かれたが、どちらかと言えば後者の意見の方が多かった。


三谷を筆頭に、日本国の人間は仲間の死を非常に尊いものとして考える。


だからこそ、


既に死んだ人間たちの仇討ちと、今の人間たちを生かすことに意見が分かれているのだが、


単純に『仇討ちは生き延びた後からでも出来る』という意見が勝った。


日本国の人間たちは敵への怨みを決して忘れることが出来ない。


何年経ってでも、国民一丸となって復讐を成し遂げる。


その民族性がある以上、今は逃げることが先決だという結論にまとまった。


恭一郎は彼らの意見をまとめると、勢いよく立ち上がる。



「よし…………。方針は固まった。こうなればもう時間がない。皆は各部族をまとめ、速やかに準備を整えろ!!10分後に出発する!!」



総指揮としての号令ーー。


途端、


各部族の長たちは瞬動ですぐにその場から消えた。


国民全てに逃亡する準備を10分で整えさせるなど普通は不可能だが、彼らなら可能だ。


他に類を見ない圧倒的チームワークで、彼らはそれを成し遂げるだろう。


恭一郎も急ぐ。



「修吾!!一族全員をここに集めろ!!準備は後回しだ!!とにかく急がせろ!!」


「はっ!!」



唯一部屋に残っていた修吾に、恭一郎はそう命じた。


途端に修吾も瞬動で素早く消え、部屋には恭一郎だけが最後に残る形となる。


己の無様さに吐き気がしそうだ。


無力な自分に腹が立って仕方がない。


だが、


敵の指揮官は本当の化け物だ。


おそらくは、この決断を踏まえた上でも、相当な被害を及ぼすことになるだろう。


分かりきった話だ。


一族全員で移動すれば、軍の時よりも速度が落ちる上、人数が多い分、気取られやすい。


精鋭だけを固めた部隊でも気取られるのに、非戦闘員を連れて無事で済むわけがないのだ。


恭一郎は涙を流しながら、決意する。



「せめて……ッ!!せめて里の子供たちだけは逃がす……ッ!!次代の芽だけは……ッ!!決して潰させないぞ!!」



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