【第ニ話】ミッドカオス戦 ⑤

恭一郎が奇襲部隊からの報告を受けたのは、ちょうど正午を過ぎたばかりの頃だった。


全速力だったのだろう。


ハァハァと辛そうに息を切らす彼らに、恭一郎はしばらくの休息を命じる。


そして、


改めて指揮官席で戦場を見つめた。


そこには、侍たちの猛攻に対し、必死に抵抗を重ねるミッドカオス兵たちがいる。


愚直で、必死で、何の策も戦略も無さそうだ。


恭一郎には、それが不可解でならなかった。



(彼らは、自分たちの後ろに味方がいないことを知っているのだろうか…………?)



ミッドカオスが戦争に好んで奴隷を使ってくるというのは有名な話だ。


ミッドカオスで新しく王になった男は、敗戦国の兵士や住民を悉く奴隷にして使い潰すと聞いている。


その上で、彼らの背後には敵の本陣がいないときているのだ。


明らかにおかしい。


この目の前にいるミッドカオス兵たちはずっと一心不乱に侍たちへ愚直な突撃を繰り返し続けているが、普通なら、味方の本陣がいない中で必死に戦うことなど出来ないだろう。


一体何を守っているのかという話だ。



(やはり、囮か陽動なんだろうな…………)



恭一郎は内心で確信する。


修吾たちを襲った男の目的について、恭一郎はこの情報を自分たちに知られないようにすることだろうと思っていた。


ミッドカオスが奴隷を好んで使うことと同じく、日本国が好んで奇襲を行うことも世界的に有名な話だ。


そして、


奇襲を行われれば、当然自分たちの本陣の状況を知られることは予想に容易い。


恭一郎は、その超能力者の男の仕事は、恭一郎に本陣の状況を隠し通すことだったのではないかと思っていた。


そう間違った推論でもないだろう。


事実、目の前にいる彼らは、ミッドカオスの戦略に騙され、使い捨てにされているのだ。


普通に考えて、そんな事実は隠したいに決まっている。



(本陣に人がいない以上、この目の前の敵を殲滅しても戦争は終わらない…………。いや、そもそもこいつらはあくまで囮で、メインの策は別にあると考えるべきだな)



時間が刻一刻と過ぎ去る中、恭一郎はひたすら無言で考え続けた。


とりあえず、まとめるとこうだ。



●敵の本陣は人っ子ひとりいない。

●ミッドカオスは奴隷制度を積極的に使用する国で、目の前の兵士も使い潰しの奴隷の可能性が高い。

●超能力者の男の仕事は、本陣の状況を隠し通すことで、それは修吾によって阻止された。



そこまで考えて、恭一郎は奇襲部隊からの報告で、もう一つ気になることを思い出す。



●敵は、分かるはずのない修吾の位置を、この場にいないにもかかわらず見抜いてきた。



(まさか…………)



恭一郎の額に、汗が一滴滴り落ちた。


迸る悪い予感ーー。


不吉な気配ーー。


胸がザワつき、心臓が激しく音を立てる。


久しく感じていない、嫌な空気だーー。


途端、


異変は、突如として引き起こされた。


日本国本陣を囲む周囲の木々から、草を押し退けるような大量の雑音が聞こえてきたのだ。


すぐさまそちらに目を向けると、およそ見たこともないくらいの膨大な数の人間が、木々の間を抜けて走り迫ってくる。


銀色の甲冑に身を包んだそれは、どう見てもミッドカオス兵ーー。


木々を揺るがす大迫力をもって、敵が自陣に攻め込んでくる所だった。



「なッ!?」



それを見て、先陣にいた侍の部族の長が、驚愕の声を上げる。


前にばかりいると思っていた敵が、まさかの横から現れたのだ。


陣形も当然ながら対応出来ていない上、驚愕と混乱が波及するのは避けられない。


恭一郎は自らの予想が当たったことを実感し、歯をギリリと噛みしだいた。


どうやら、してやられたらしい。


本陣は慌てふためくばかりか、攻撃や防御の一つすらままならない状態だ。


このままでは時を置かずして全滅させられかねない。


早急な対処が必要だ。



「一時後退するッ!!各自、森を抜け、安全な所まで避難せよ!!」



悲鳴のような号令ーー。


それを受けて、日本国の人間たちは即座に行動に移した。


彼らならではの身体能力にものを言わせ、急激な方向転換で素早くその場を後にする。


だが、



「…………ッ!?おいッ!!何をしている!!」



先陣の白兵戦で猛威を奮っていた侍たちーー。


彼らだけは、そうはしなかった。


その場から動かず、刀を構えたまま、闘志をより滾らせている。


チームワークを強みとする日本国にとっては、珍しいと言える光景だった。



「止めないでくれ。コレは俺たちにとって、とても大事なことなんだ」



侍の部族を率いる長は、そう言ってミッドカオス兵の1人を斬り飛ばした。


その背中は寂しげで、恭一郎にはその気持ちが痛いほど分かる。


先日の戦いで、最も被害を出したのは彼らだったのだ。


だからこそ、


今回の戦争でも先陣を買って出たし、凄まじい練度と士気で敵を蹴散らしてきた。


しかし、



「ここで死ぬ気か!?生きていれば仇を討つ機会はいくらでもある!!逆に死ねば、一生その機会は訪れないんだぞ!!今は退いて、仇討ちは後にするべきだ!!」



恭一郎は悲痛な思いで叫ぶ。


前回の戦争では自分たちは参加していなかった。


仮に参加していて、彼と自分が逆の立場だったなら、自分も確かに同じことをしたかもしれない。


だが…………


だがしかしそれは…………


日本国にとって、あまりにも愚策。


そう、あまりにも…………愚策なのだ。



「言っていることはよく分かるさ。今は退いた方が良いことも。仇討ちは後でいくらでも出来ることも。その仇討ちにお前らも快く賛同し、手伝ってくれることも…………。そして何より…………お前が、俺の気持ちを分かってくれていることもな」


「…………ッ!!」


「お前は昔から良い奴だったな、恭一郎…………。部族は違えど、お前の下で戦えて本当に良かった。ここで俺が死ねば、お前たちは必ず俺の仇討ちに動くだろう。だが…………それこそ愚策だ。本当は、そんなことをせずに平和を模索した方がよっぽど良い」


「分かってるなら死に急ぐような真似をするな!!俺はお前が死ねば仇討ちを止められないぞ!!ミッドカオスを滅ぼすまで一生戦い続けることになる!!そんなことにはさせないでくれ!!」


「ははは。ミッドカオス殲滅は俺に関係なくするつもりだったじゃないか。本当に優しい奴だ、お前は」


「いいから考え直せ!!」


「残念ながらもう止められないんだ。死者の中には俺の息子もいてな…………。俺はもう、ここを死に場所と決めてしまっている。最後まで迷惑をかけるが…………日本国を宜しく頼む!!」



侍の長はそう言って、敵陣の中に突っ込んでいった。


一振りで幾人もの人間を斬り倒し、どんどんどんどん前進していく。


恭一郎はそれを、歯軋りしながら見ていることしか出来なかった。



「馬鹿やろうが…………ッ!!」



そうして、


日本国の兵たちは踵を返し、三谷を筆頭に速やかに撤退を開始していった。


侍たちが殿を務めてくれたおかげでその作業はスムーズに進行し、その間にもう侍たちは敵陣の海の中へと消えていく。


彼らの、"最期"の姿だ。


恭一郎はそれを、涙を浮かべながら見ることしか出来ない。


だが、


そんな中…………


そんな中だった。


どこからか、突如、ヒュルルルルルーと音が聞こえてきたのだ。



「は…………?」



恭一郎は一瞬呆然とした。


この音は知ってる。


分かってる。


しかし、


このタイミングで聞くものとは思っていなかった。


油断していた。


ふと、


反射的に上を見て、恭一郎は思い出す。


●ミッドカオスは奴隷制度を積極的に使用する国で、目の前の兵士も使い潰しの奴隷の可能性が高い。

●敵は、分かるはずのない修吾の位置を、この場にいないにもかかわらず見抜いてきた。


この2つは把握していたが、正直そこまでするとは思っていなかった。


杞憂だと思っていた。


考えすぎだと思っていた。


まさか、


味方ごと砲撃でメチャクチャにするなんてーーーー。



「ぜ、全員退避ーーッ!!」



再び恭一郎の悲鳴が響く。


途端、


恭一郎の目の前が真っ赤に染まった。


爆炎が轟音と共に火柱を上げ、思わず呆然とする。


爆炎の中心は戦闘のど真ん中だ。


相手の兵士は勿論、侍たちもそこにいた。


恭一郎は愕然とする。



「な、何だ、コレは…………」



侍の長は決死の最期を想って先陣を駆けた。


コレが最期の戦だと、胸を張って出て行った。


なのに、


何だコレは?


どういうことだ?


恭一郎は目の前の爆炎を目にしながら、しばらく放心して動けなかった。


結局、横から入ってきたあの軍も、足留め程度の役割しかなかったということだ。


人を、コマどころか撒き餌か何かくらいにしか思っていない。


すると、


そうしている間に修吾が駆け付けると、恭一郎はそこから無理矢理引っ張られるように身柄を引き取られていった。


巻き上がる爆炎を目に焼き付けながら、恭一郎はズルズルと引きずられるようにその場を後にする。


後に残るのは、耳をつんざくほどの轟音と、目を覆うほどの大火ーー。


火に焼かれる人々の叫び声と、人の肉の焼ける臭いーー。


恭司は呆然と、それらを見つめる。


頭も体も、まるで動こうとはしないーー。


こうして、


日本国は再度、敗北を喫したのだった。



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