【第二話】ミッドカオス戦 ④

修吾の指示であの場を離れた10人は、それぞれ適度な距離を保ちながら瞬動で移動していた。


この山の中では、下手に馬を走らせるよりも速いくらいだ。


彼らも三谷の精鋭部隊ーー。


当然、その速度は一族の中でも有数の実力を誇る。


だが、


彼らの中でしんがりを務める1人が、背後からの人間の接近に気づいた。



「…………ッ!!修吾じゃない!!全員、散れッ!!」



その呼び掛けに応じて、答える間も無く全員が左右に分かれた。


その瞬間、


彼らの間を無数のナイフが走り抜け、10人のうち5人が抜刀する。


残り5人は引き続き前進を続け、


足止め役として残った5人は、男に向けて一斉に風の刃を放った。



「ぬるいんだよオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」



まだ姿の見えぬ木々の奥から、さっきの男の声が響く。


男は何でもないように風の刃を潜り抜けながら、ナイフに乗って5人の前に躍り出た。



「もうお前らに構ってる暇はねぇんだ!!」



男はナイフを展開しながら、数十あまりのナイフをそれぞれに向けて走らせる。


目眩し代わりにして追い抜くのが狙いだが、さすがに彼らもこの超能力に慣れてきていた。


飛んできたナイフは瞬動で躱し、再び男に襲い掛かる。


男はさらなる舌打ちを漏らしながら応戦するが、やはり時間がないのは事実だ。


少しでも早くこの5人を秒殺し、先に行った彼らを追わなければならない。


男はナイフを100本頭上に展開すると、不意を打って一斉に振り落とした。


しかし、



「上だ」



死角からの攻撃で不意をついたはずのそれでも、彼らは全員が避けてしまう。


男は認識の甘さを感じ取ったが、それでもまだ、甘いと言わざるを得なかった。


彼らは再び殺影で分身を作り、残った5人だったはずの彼らは、いきなり総勢10人に成り変わったのだ。



「それはさっき見たぞォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」



男はナイフを外向きに360度展開する。


同じなら、これで防げるはずだった。


だが、



「やれ」



次に繰り出されたのは突撃ではなかった。


10人が同じモーションで刀を振り上げ、振り下ろす。


そこに生まれ出たのは10の風の刃。


三日月の形を描くその斬撃は、分身の放ったものも含めて全て男に向けられた。


そう、


修吾も先ほど放っていたこの風の刃こそ、


三谷の基本技が一つ、『大三日月』。



「畜生ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」



男は悔しさのあまり叫んだ。


彼らはあくまで時間稼ぎに徹している。


彼らは裏の仕事を専門にする三谷の精鋭部隊だ。


多対一で一人の強者を足止めするなどお手の物ーー。


10の刃のうち5つは分身の放った幻影のはずだが、もはや男にはそれを見極めている時間すら無い。


展開済みのナイフたちを全て飛ばし、幻影も含めて全て撃ち落とした。


しかし、


これでもまだ終わらない。


むしろ、ここからが彼らの本領だった。


『大三日月』による攻撃で男の防御陣が無くなった今こそがチャンスだ。


分身と一緒に全員が、


全く異なるモーションで、


少し違うタイミングで、


全方位から一斉に男に襲い掛かる。


瞬動と合わせて行われたこの一斉攻撃は、三谷の中でも奥義の一つに数えられる代物だ。


その名は、『乱れ刃』。



「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



男はナイフで斬撃をさばきながら、手に足に傷を負っていった。


ナイフは逐次猛スピードで展開を続けているが、10人(5人)が恐ろしい手数でナイフを打ち落としていくのだ。


とても間に合わない。


そして何より厄介なのは、潰したはずの分身が再び現れて、退けたはずの人間が周りの木々を足場にして何度も跳ね返り、襲い掛かってくることだ。


この超スピードの無限の手数がいつまでも続き続ける。


無言のまま完全完璧な連携を見せる彼らに、男もさすがに舌を巻いた。



「道理で……ッ!!死神なんて呼ばれてるわけだ!!」



周囲の木々をバネにしながら5人がかりで止めどなく繰り広げられる猛ラッシュに、男は防ぐだけで精一杯だった。


潰しても潰しても意味がない。


分身は再出現を繰り返して、本体には攻撃が当たらないときている。


複数で1人を殺すためだけにあるような技だ。


このままでは、いずれ男の体力が尽きるか、その前に増援が来てしまうことになるだろう。


男は最後に大きな舌打ちを漏らすと、残り5人の追撃は諦めることにした。


もう追っても追いつけないだろうし、そろそろ修吾が背後から追い付いてくるはずだ。


ここまでくると、優先すべきは自分の命。


男はナイフを展開するさながら、懐に片手を忍ばせた。



「……ッ!!何かくるぞ!!」



5人のうち1人が叫ぶ。


途端、


男を眩い光が包んだ。


閃光玉だ。


ここでナイフ以外の道具を使ってくるとは思わなかった。


視界を封じられ、5人はとりあえず距離を取ったが、男がその気なら今のうちに誰か殺せるだろう。


全員がそれを覚悟して構えたが、光が消えた時、男がいないのは勿論だが、誰も殺されてはいなかった。


男はただ逃走だけを果たし、ここにいる人間を殺していかなかったのだ。


5人はそれぞれが不思議そうな顔で見合わせる。


不気味な違和感だけが残ったが、


その時、


修吾が戻ってきた。



「おいっ!!大丈夫か!?」



自分の部下が5人しかいないことを確認しつつ、修吾が悲鳴のような声で尋ねかける。


閃光玉による光は、遠目から修吾も視認していた。


自分自身に被害はなかったものの、気になるのは直撃したはずの彼らだ。


状況を考えても、アレは男がやったもののはず。



「大丈夫です。我らの半分はあの男が接近した段階で別れたため分かりませんが、ここにいるメンバーに被害はありません」


「そうか……。簡単でいいから、ここで起きたことを説明してもらえるか?」


「分かりました」



修吾の指示を受けて、さっき説明した部下が続けて説明する。


修吾は頷いた。



「状況は分かった。それなら他の5人は既に本陣へ着いているだろう。男も逃げ出したと思われる。このまま我らも本陣へ戻り、当主様の指示を仰ぐぞ」


「「「「「分かりました」」」」」



修吾の指示出しに、部下5人は間髪いれずに了解の意を示した。


要は作戦中止ということで、本来予定していた活動はしないという方針だが、敵本陣に誰もいないということと、あの男の『仕事』が気になる。


自分たちの『居処が知られていた』というのも、由々しき事態だ。


敵には間違いなく何かしらの策略がある。


修吾は激しくなる一方な嵐の空を見上げながら、味方本陣のことを想った。


要の奇襲の失敗と、敵の策略。


これからの戦争の行方は、恭一郎の判断にかかっている。


修吾は己の主人を信じて、5人部下と共に味方本陣へ向かった。


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