【第二話】ミッドカオス戦 ③

「「「「「死ねッ!!」」」」」



一瞬の間に男の周囲を固めた10人の攻撃は、まるで示し合わせたかのように全く同じタイミングで行われた。


上から下から前から後ろから。


瞬動を利用した電光石火の一撃が、10人分一斉に男へと向かう。



「流石は……ッ!!いい連携だな!!」



しかし、


それに対する男の反応は素早かった。


瞬動を用いた斬りかかりはさっきも見ている。


一瞬のことで何をしたかは分からなかったが、何かしたことだけは分かった。


10人それぞれが斬りかかる間際、


その10人に向けて、ナイフが数十本一斉に飛んできたのだ。



「「「「「なッ!?」」」」」



彼らは一時攻撃を中断せざるを得なかった。


急遽ナイフを弾き、刀を構え直す。


男はその間により離れた位置へ移動し、距離を取った。


修吾はその様子を傍目で見ていたが、なんとも奇妙な展開だ。



(あのナイフ、どこから出した……?)



疑問点は即座に解消するに限る。


修吾は右手を上げると、10人それぞれの体が2倍に増えていった。


比喩的な表現ではない。


正に文字通り、彼らの体から全く同じ姿をした分身が出現したのだ。


顔も体も傷も服も武器もそのままーー。


術者そっくりな幻影が現れた。


そう、


これこそが、三谷の基本技が一つ、『殺影』。



「ハハッ!!これはすごい!!」



歓喜する男など無視して、現れた分身たちは再び男に向けて突撃した。


術者本人はその位置を動かず、殺影によって現れた分身10人だけが男に向かったのだ。


男はそれに対し、手を広げる。


すると、


男の周囲に数十ものナイフがいきなり現れた。



「なんだ……ッ!?」



修吾は訝しげにその光景を見つめる。


何もなかった空中にいきなり出現したナイフは、その全てが宙に浮いていた。


いきなり現れたことやその数も勿論だが、宙に浮いたナイフはその全てが男の外に向けられている。


さっきの光景と合わせて、修吾は警戒を強めた。



「次は俺の番だなァ!!」



男は広げた手を一気に振ると、そのナイフたちは一斉に弾け飛んだ。


刃を外に向けたナイフ群はそれぞれの分身に向かって飛び、分身たちを貫いていく。


貫かれた分身はそのまま透明になって消え、ナイフは止まらずに進み続けた。


男は、超能力者だったのだ。


それに気づいた修吾は、すぐさま刀を構え直す。



「くそッ!!」



分身を貫いたナイフは、引き続き宙を進み、その向こう側にいる術者本人たちに襲い掛かった。


飛んできたナイフに速度の衰えは無い。


分身は実体が無いのだから当たり前だ。


10人はそれぞれがそれぞれで対処する。


弾く者もいれば、避けた者もいた。


パッと見て、取り急ぎ全員無事だったのは確かだ。


だが、


この状況で、そんなことでは安心できるはずもない。


男は超能力者で、ナイフを空中操作できるのだ。


これまでの男の攻撃を思い返すーー。


修吾は気付いた。


男の攻撃は、まだ終わってなどいないーー。



「全員、気を付けろ!!後ろだァ!!」


「ハハァッ!!間に合うかよッ!!」



男の狂気に満ちた声が響く。


男のこれまでの攻撃に対し、修吾たちはナイフを弾くなり避けたりで対処してきたが、男の能力はナイフを操作することなのだ。


攻撃後のナイフが、死んだとは限らない。



「畜生ッ!!」



修吾は咄嗟に後ろを振り向くと、案の定、宙に浮いたナイフが修吾の背後で構えていた。


猛烈な速度で飛んできたそれに対し、修吾は瞬動で移動して、そのナイフを辛くも躱す。


だが、


男を見ると、既に新しいナイフが宙に浮かび上がり、装填されていた。


先に放たれていた数十本とそれを合わせると、その数は100にも届くかもしれない。



「さぁぁぁぁ!!パーティーの時間さァ!!」



男はそれらを操作しながら、100あまりのナイフをこの場に飛び回らせた。


正面から背後から右から左から飛んでくるナイフに、修吾もさすがに手一杯になる。


他のメンバーも同じような状況のようだ。


こんな隠し球を持っているなど、一体誰が予想できただろう。



「ハハハハハハハァァ!!まだまだァ!!もっともっといくぜェ!!200本だァ!!」


「なッ!?」



修吾が驚く間にも、男はさらなるナイフを宙に展開していた。


その数は正に100。


既に放たれているものと合わせて、200本だ。


修吾はさすがに焦りを感じた。



「全員、直ちに帰還せよ!!当主様に現状報告だ!!こいつは俺が相手をする!!」



決断は早めに出した。


それもいつもの手振りではなく、口頭での指示だ。


今は手振りでやり取りができるほど、修吾にも他のメンバーにも余裕がない。


追加で現れた100のナイフは、今まさに放たれたばかりなのだ。



「バカがァ!!逃がすわけねぇだろうがよッ!!お前らは全員ここで死ね!!」



総勢200本のナイフは、改めて周囲を巻き込みながら彼らに襲い掛かった。


元々の嵐のスケールと合わせ、無数のナイフが自らに迫り来る今の現状は、さしずめ激流の中に身を投じているかのような心境だ。


修吾はそれを見ながら、何も無い空中で刀を振る。


すると、


その刀身から風の刃が放たれた。


巨大な三日月を描いたようなその斬撃は、飛び回るナイフを何十本か斬り裂き、まだ生きている10人の退路を確保する。



「あぁ!?」



男は苛ついた声を上げてその様子を見ていたが、途端に気付いてその場を移動した。


さっきの風の刃が、次は自分に向かって飛んできたのだ。


男は驚愕に目を見開くが、驚くのはこれからだ。


修吾は瞬動で男に追撃をかけ、直接の刀身を男に振り下ろす。


男は咄嗟にナイフで防いだものの、急激な斬撃の勢いに弾き飛ばされた。


追撃の時間ーー。


これまでやられたことを返すかのように、修吾の反撃が始まった。



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」



縦横上下と、幾度となく繰り出される斬撃。


瞬動で移動しながら繰り出されるその攻撃は、正に苛烈の一言だった。


目にも見えない速度で幾度となく攻撃を仕掛けられ続け、男は次第に後退させられていく。


しかし、



「ハハァ!!参謀殿自らがお相手か!!嬉しいねぇ!!だが、俺も仕事なもんでね!!」



そうは言いつつ、男にはまだ余裕がありそうだった。


この風のように素早い攻撃をいくつも受けながら、男はそれらを軽やかな動きで対処していく。


この速度にも慣れてきたのだ。


それに、


最初はナイフで防いでいた男の動きが、いつの間にか躱すようになってきている。


どうやらナイフの特殊能力だけでなく、本人の身体能力も高いらしい。



「このまま逃がすわけにはいかねぇからなァ!!悪いが、少し本気でやらせてもらうぞ!!」



男はそう叫ぶと、激烈な修吾の攻撃を躱す最中に、追加でナイフをいくつも展開していった。


どう見ても反撃の構えだ。


それをどうするつもりかは予想がつく。


しかし、


男の周りにナイフが数十本出現していく中でも、男自身の軽やかな動きは変わらなかった。


全てを完全に回避と準備を同時進行で完璧にこなしている。


妨害する隙が無いーー。


凄まじい戦闘センスだ。


そして、


男は、その展開したナイフが100にも到達すると、不意にそれらを飛ばす。


一瞬のような速さで飛ばされたナイフ群は、修吾の部下たちに向かっていた。



「何ィッ!?」



思わず声が出た。


修吾の攻撃と攻撃の間を突く速攻技だ。


出し抜かれたーー。


だが、


それで終わらせる訳にはいかない。


修吾は男に向けていた刀身を不意にナイフの方向に向けると、即座に振り下ろす。


すると、


その刀身から先ほどの風の斬撃が飛び出し、飛んでいたナイフ群を吹き飛ばしてしまった。



「あぁッ!?」



男の苛つきに満ち満ちた声が後に残る。


同じ手による、二度目の妨害ーー。


どうやら、さっきのは見間違いでも何でもなかったらしい。


今度は男が驚く番だった。


三日月のような形をしたその風の斬撃はそこからさらに他のナイフも葬り去っていき、男の方から舌打ちの音が聞こえる。


その間に、


修吾の部下たちは活動を再開し、もう見えなくなった。



「くそがァァァッ!!」



男は忌々しそうな目で修吾を睨みつける。


勿論、修吾がそんなことで怖気付いたりするはずはなく、修吾の追撃は、再び改めて再開された。


こうなってはもう無理をする必要もない。


彼らが増援を呼んで来るまで、無難に戦いながら時間を稼げばいいのだ。


遠距離技で凌いでもいいし、防御に徹してもいい。


男は体をワナワナと震わせつつ、怒りが収まらないようだった。


このままだと失敗だ。


むざむざと彼らを逃がすことになる。



「フザッけんなあァァアアアアアアアアア!!逃がすわけにはいかねぇんだよォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」



男はここで一気に300近いナイフを展開すると、その全てを修吾に向けて放った。



「何ッ!?」



一瞬で視界がナイフで埋め尽くされる。


修吾は瞬時に判断してさっきの風の刃を放つと、ナイフは音を立てて弾け飛んだ。


視界が開け、再び男の姿を目視する。


しかし、


男の狙いはあくまで目眩しだった。


視界が開けたその瞬間、


男は展開したナイフに跳び乗り、宙に浮いていたのだ。


ナイフは男を上に乗せても落ちることなく、そのまま上に浮かび上がる。


修吾はそれを見てすぐに男の意図に気づいたが、今一歩遅かった。



「あんたの前にアレを片付けるのが先だァ!!悪いがトンズラさせてもらうぞ!!」



男はナイフの上に乗ったまま、ナイフは去った10人の方向へ宙を爆進した。


修吾はそれを風の刃で打ち落とそうとするも、間に合わない。


男はナイフと共に、修吾の部下たちの背中を追いかけた。



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