【第二話】ミッドカオス戦 ②

「…………なんてことだ…………」



一方、場面は移り変わり、


作戦行動で奇襲部隊を率いて目的地に到着した修吾は、驚愕に満ちた表情で立ち竦んでいた。


今は作戦の終盤に差し掛かった辺りで、敵の側面をついて山の中から敵の本陣前に辿り着いた所だ。


これから敵の本陣に襲い掛かる直前とも言える状況だが、そこに集まった三谷一族は全員が愕然としていた。


本陣に人がいないのだ。


椅子や旗は用意されていて、戦前に遠目から確認した通りであるものの、肝心の人がそこにいない。


さらに、


荷物や本陣の様子を見ても、それが散らかったりしている様子は無く、取り繕った気配すら見当たらなかった。


急遽行われたものでないことは明らかだ。


敵は、余裕を持って移動している。



「…………戦前に見たときは確かにいたはずだ。まさか我らの奇襲を読まれていた……?いや、それにしたって、時間的猶予を考えれば……。……ッ!?」



修吾は現状を把握するべく一人言を紡いだが、それを言い終わらないうちに、飛んできたナイフを刀で打ち落とした。


依然として山の中に身を隠す彼に向かって、ナイフは1本だけまっすぐに修吾へ向かってきたのだ。


場所を握られているのは確実ーー。


この場所を見破られているうえ、修吾には敵の存在は察知出来ていなかった。


並みの使い手じゃない。


修吾はナイフの飛んできた方向を睨みつけた。



「誰だ…………ッ!!」



殺気混じりに響く声ーー。


なんせ、この状況でナイフが飛んできたのだ。


罠の可能性が高すぎる。


修吾は本格的に殺気を飛ばすと、ナイフを投げた張本人は、悠々と茂みから顔を覗かせた。



「クックックックックッ……。すごいな。『バルキー』の旦那の言った通りだ」



若い男だった。


戦闘服ですらない明らかな私服を身に纏い、軽薄そうな口調で遊びに来たかのような態度をしている。


修吾は無表情なままで、その男を引き続き睨み付けた。


見たところフリーハンドで武器は所持していないようだが、さっきのナイフのことがある。


修吾は慎重な姿勢を崩さなかった。



「クフフフフフ…………。お前らがここに来ることは完全に予想通りだったんだぜ?バルキーの旦那はお前らの作戦も居処も完璧に把握していた。俺はそんな旦那の指示に従っただけさ。だから、そんなに怖い顔で睨まないでおくれよ。柊修吾さん?」



男は尚も軽薄そうな口調で、修吾に話し掛けてきた。


すぐにでも仲間と共に襲い掛かってもいいが、男の放つ雰囲気はあまりに独特だ。


こちらの軍勢に対し、向こうは一見して一人のように見えるが、物怖じした様子は一切見受けられない。


もしかしたら伏兵がいるのかもしれないが、だとしても戦闘前に情報収集する必要があった。


その男の発言に、どうしても気になる所があるのだ。



「作戦がバレていたことは…………まぁいい。だが、居処が掴めていたとはどういうことだ?」



気になる所というのは正にこのことだった。


作戦がバレていたことについては、むしろ大概の国がそうだと言っていい。


日本国の兵士に替えがきかないことも、人数的に長期戦が難しいことも、他国にとっては半ば常識のようなものだ。


『奇襲』というそれ自体に対しては、予想出来ない国の方が少ないくらいだと認識している。


どの国にも参謀くらいいるし、参謀にまでなる人間なら、そこまでの結論にさして時間もかからない。


だが、


居処の方は違う。


日本国は自国の地形を誤認させやすいように、敢えて偽の地図を世に出回らせているのだ。


その上、三谷一族には『瞬動』という移動手段があって、彼らはこの国の地形を完全完璧に把握している。


今いるこの場所も世に出回らせた偽の地図には無いルートだし、この場所には瞬動という反則技で移動してきているのだ。


さらに言えば、


三谷一族はすべからく全員が暗業に長けている。


レベルの低い人間相手なら、1日中だってそいつの側で身を隠し続けられるくらいだ。


そんな彼らが、この場にすらいない敵の指揮官に居処を掴まれたというのだ。


気になるのはむしろ当然だった。



「それを俺が言うと思うのか?見たら分かると思うが、俺はミッドカオス側の人間だ。そんな大事な情報を、よりにもよって敵の参謀殿にお教えするわけにはいかないだろうよ」


「…………」



男の軽薄な態度は相変わらずだったが、言っていることは正しくその通りだった。


修吾は無言のまま刀を抜き放ち、構える。


これ以上の問答は無用だと判断した。


さっさと片付けて、修吾はこのことをすぐにでも恭一郎に伝えなければならない。



「捕らえて尋問する。各自、周囲を警戒しつつ、この男の捕獲に注力せよ。喋れさえすれば、他はどうなってもいい」



修吾の言葉は、周りの三谷一族の人間に向けられていた。


この近辺から濃密な殺意の層が生まれ出る。


奇襲部隊を任されるほどだ。


ここに参じた人間は、三谷一族の中でも精鋭中の精鋭ーー。


修吾と合わせて11人の彼らは、こういう時の対処に慣れている。



「ハハァ!!流石容赦ないねぇ!!俺1人相手に全員で来るつもりかァ!?」



男の挑発するような声が響く。


だが、


修吾は気にしなかった。


三谷は武士じゃない。


奇襲や暗殺を主とした、裏の一族だ。


だから、


関係ない。


修吾は構えた刀の切っ先を男に向けると、


そこから一瞬のような速さで、


男の目の前に踊り出た。



「何ッ!?」



男の驚くような声が聞こえる。


遠くからいきなり目の前に現れた修吾に、男は驚愕を禁じ得なかった。


修吾は放つ。


まずは瞬動を使用した様子見ーー。


振り上げられた刀身から、速さと威力を優先した強烈な振り下ろしが繰り出される。



「死ね」



大きな振りと共にやってきた縦の斬撃。


圧倒的速度に、圧倒的威力ーー。


見たら分かるほどに濃密な殺意ーー。


男はギリギリでそれに反応すると、すぐに後ろへ跳んだ。


振り下ろされた刀は空を斬り、修吾に隙が生まれる。


しかし、


男はその隙を生かすことは出来なかった。


初撃でこんな大振りをしたのはわざとだ。


本当の意味での攻撃はここからーー。


この戦いはあくまでも11対1。


後ろに跳んだ男のもとに、残る10人は一斉に攻撃を仕掛けた。

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