【第二話】ミッドカオス戦 ①

その日は酷い嵐だった。


まるでシャワーのような大雨に、吹き荒れる豪風、鳴り響く雷鳴ーー。


前はほとんど見えず、周りに誰がいるかも分からず、地面はぬかるんで、火薬に火も点かない。


そんな中でも、ミッドカオスと日本国の戦いは続いていた。


日本国内の山岳地で繰り広げられるそれは、傍から見ても地獄の一言だ。


敵に向けた攻撃が味方に当たるなど序の口。


気が付けば敵陣のど真ん中に取り残されていることにすら気付けないくらい、戦場は混沌を極めていた。


今回の日本国は、侍の部族を中央に固め、周りで鉄砲隊が側撃を狙うというシンプルな布陣だ。


侍がその突破力で敵陣を抜きつつ、鉄砲隊が左右からフォローと追撃と担当している。


敵は恐ろしく多勢でありつつも、この嵐と山岳の動きづらさに上手く連携できていないようだった。


山であるが故に平地はほとんど存在せず、木や葉などの障害物も多いことから、せっかくの大部隊もその数を上手く扱いきれないのだ。


要は、数を生かすための"密集"が取りにくい状況になっている。


逆に、日本国はこの嵐の中でもスムーズに連携を取ることが出来ていた。


侍も鉄砲隊も、この土地のことはほとんど知り尽くしている。


木の根や枝がどこにどう伸びているのかーー。


どこが死角でどこが見つかりやすいのかーー。


障害物の位置取りをほぼ把握しているからこそ、視界が悪くても戦いに集中することができるのだ。


完全に地の利を得た日本国は、少数ながらも破竹の勢いで敵を蹂躙し、この山岳地を敵の血で染め上げていった。


彼らにとっては勝手知ったる土地なのだ。


特に侍の勢いは止まることを知らず、部族を率いる長はこの嵐の中でも恐ろしく燃えていく。



「進めエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!先日の皆の仇を討つのだ!!奴隷だろうと何だろうと関係ない!!ミッドカオス兵は全て皆殺しだァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



雷鳴と砲撃音が重なる中、侍の部族の長の激昂が響く。


それを聞いた部族たちは、鬼のごとく闘志を燃え上がらせた。


先日の初戦で失った仲間のことを、彼らは決して忘れていない。


全て駆逐するまでは絶対に攻撃を止めたりしない。


鉄砲隊も同じ気持ちで側撃を行ってはいるものの、彼らの勢いに付いていくのが精一杯だった。


この嵐で弾を敵に当てにくいという事情もある。


だがそれ以上に、侍の進む速度が速すぎるのだ。


全員が一騎当千のこの日本国でも、白兵戦において侍の右に出る部族はほとんどいない。


そんな彼らが怒りのままに通常以上の速度で敵をなぎ倒していくのだ。


鉄砲隊も通常よりペースを上げないと、あっという間に置いていかれてしまう。


士気は上々、地の利も得ている。


完全に優勢と言っても差し支えないが、それを後方で見つめる恭一郎の表情は、あまり優れたものではなかった。



「当主様、どうかなさいましたか?」



恭一郎の横でサポートについている修吾が、恭一郎の様子に気付いて話しかける。


恭一郎は思案する素振りを見せながら、小さい声で応答した。



「いや…………何か上手く行き過ぎている気がしてな。この台風といい、どうにもスムーズ過ぎる」


「…………何かお気づきになられたのですか?」


「そういうわけじゃない。あくまで気になるだけだ。これといって問題点があるわけでもないしな。うちの奇襲部隊の準備も抜かりないか?」


「はい。部隊は全て我らが三谷一族で構成し、作戦を進めております。元々見つかる可能性の低いルートですが、この嵐でほとんど見えなくなっているかと思いますので、成功率はむしろ増したかと存じます」


「…………一応、皆には注意するよう呼びかけておいてくれ。昨日のこともあったばかりだ」


「かしこまりました」



修吾は瞬動でその場から消えたように移動した。


恭一郎からの言伝と状況確認のために、部隊のある位置へ向かったのだ。


恭一郎は口を閉じたまま、鋭い瞳で優勢な自陣を見つめる。


報告では、先日も『最初は』優勢だったと聞かされているのだ。



(奇襲もトラップも全て見破られたんだったか。今回は問題ないとは思うが…………)



恭一郎は小さく息を吐く。


報告を聞く限りだと、先日は奇襲のタイミングで戦況が傾いたとのことだった。


それまでは優勢だったところに、奇襲の失敗から大きく戦況を覆されたと聞いている。


三谷一族は先日は戦争に参加していないが、転換点はここだとハッキリ確信していた。


だからこそ、


今回の奇襲部隊は全て三谷一族で構成したのだ。


三谷の本来の姿は忍術を活用した暗殺集団。


こういった山岳地帯の奇襲作戦はお手の物だ。


侍並みの戦闘力と合わせて考えてみても、三谷がこの作戦で遅れをとることは考えられない。


しかし……



「…………フタを開けてみないことには分からないか」



恭一郎はそう言って刀に手を当てる。


先日と同じ轍を踏まないようにするために自分がきたものの、今は様子を見ることしかできない。


優勢は間違いなく優勢な状況で、問題は起きていないのだ。


奇襲部隊は修吾に任せたし、自分はこっちの侍部隊と鉄砲部隊を見なければならない。


一見順調に見えるこっちの戦場も、長引けば体力を削られていずれ負けるのだ。


少数な上に兵士の替えがきかない日本国は、そうした長期戦にこそ弱点を持っている。


奇襲で短期決戦を狙わなければならないからこそ、兵士の体力が尽きる前に、敵が新たな増援を用意する前に、最初から優勢ですぐに終わらせないといけないのだ。


そういう意味でも、今回の三谷一族の働きには小さくない期待がのしかかっている。


恭一郎が行う全部隊の指揮も勿論だが、戦争を短期決戦に持ち込む正道は奇襲攻撃だ。


先日の時とは違い、今回は奇襲・暗殺のプロフェッショナルである三谷一族が奇襲作戦の全てを任されている。


世界中に轟く悪名と合わせて、三谷に期待が集まるのは当然のことだった。



「要の奇襲部隊の方は修吾に任せた。俺は、俺のやるべき役目を果たそう」



恭一郎は覚悟を決めた声で呟く。


恭一郎の役目とは、三谷の奇襲を込みにしてこっちの戦場をミスなくやり遂げることだ。


今のこの場における恭一郎は、三谷一族の長ではなく、日本国の総指揮官としての立場にある。


部族の成功ではなく、国の勝利が彼のミッションだ。


三谷だけでなく、他部族の士気を落とさないよう注意しながら、場の状況をコントロールして、作戦の成功まで上手く戦況を誘導しなければならない。


そこには、当然ながら純粋な総指揮官としての力量も必要になる。


要は間違いなく修吾の奇襲部隊側だが、その三谷の動きを理解しながら全軍を指揮って勝利に導ける者など、恭一郎をおいて他にはいなかった。


敵が卓越した戦術眼を持っているなら尚更だ。


三谷の動きを把握しつつ、特色の大きく異なる各部族を納得させて戦略を動かせる人材など、恭一郎以外には考えられない。


だが……



(…………悪い予感が、当たらなければいいが…………)



恭一郎は内心でそう祈りながら、気付かれないよう静かに息を吐いた。


この状況でため息など吐いていれば、味方の指揮にも影響しかねない。


兵士には泰然とした姿勢を見せるよう、恭一郎はなるべく普段通りの平静を装いながら、ゆっくりと本陣の指揮に戻っていった。


そろそろ侍たちの突出を宥め、改めて全軍の動きをコントロールしなければならないのだ。


そこで不確かな予感に焦っている姿など見せてしまえば、兵士たちに恭一郎の指示に対する不安を抱かせることに繋がってしまう。


しかし、


後の事を考えると、恭一郎はここでその懸念の追求に動いていた方が良かったかもしれない。


彼の感じている懸念と同様のことを考えている者は、現時点ではこの日本国には1人もいなかったのだ。


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