【第一話】日本国 ④
「さて…………2人が気付いているかは分からないが、今日はもう雨が降ってきそうだ。本格的に降り出す前に、家に上がろう」
そう言ったのは恭一郎だ。
確かに、先ほどよりも雨が強くなってきていて、これから本降りになりそうな気配を漂わせている。
恭司はコクリと頷くと、4人仲良く屋敷に戻っていった。
優香は相変わらず修吾に抱っこされたままで、恭司はその後ろについていく。
やはり恭一郎が少し物足りなさそうな顔をしていたが、修吾はあくまでも気付かない振りを貫き通した。
言ったが最後ーー。
あとで酷い目に遭うのは目に見えている。
当主である三谷家と柊家は同じ家ーー正確には柊家が住み込みで働いているため、気まずくなったら色々とややこしいのだ。
まぁ当然、その子どもたちはそんな事情、知ったことではないのだがーー。
「今日はね、恭司と"シュンドー"のジシュレンをしてたんだよ」
優香が無邪気に修行の話題を振ってくれて、いくらか空気が和んだ。
「お、おおッ!!そうだな、見てたぞッ!!ずっと手合わせしてたのか?」
修吾がすぐさまその話題に飛び付く。
少し不自然なほど高いテンションだったが、誰も気にはしてなかった。
しかし、
それとは別に、優香が「あれ?どうだったかな?」といった顔をしている。
恭司はその様子を見て「やれやれ」と言わんばかりに肩を竦めると、話し手を代わった。
「手合わせは最後だけだよ。それまでは『型合わせ』と『鬼斬り』やってた」
恭司は修行の内容について、簡単に説明を始めた。
修吾と恭一郎は、その内容を聞いて満足そうに頷く。
ーー『型合わせ』とは、三谷の基本技を2人1組で何度も実践するというものだ。
通常の刀技から瞬動のような三谷特有の技まで、互いに何度も打ち込みあい、反復させて身に染み込ませる。
要は相手のいる素振りのようなものだ。
そして、
『鬼斬り』はその発展で、三谷の技で生身の人間を"実際に斬る"修行だ。
勿論、三谷の人間ではない。
戦争で仕入れた他国の人間の死体を保存加工し、宙にぶら下げて斬り付けてみるのだ。
本当の人間を使う分、通常のような竹や薪による人形とは違い、限りなくリアルな体感とコツを身に付けることができる。
三谷では、子ども向けの修行によく使われるメニューだった。
「そうか、『鬼斬り』もやっていたのか。偉いぞ。だが、今回はミルドの弱兵だったからな…………。少し手ごたえがなかったんじゃないか?」
恭一郎が会話に入ってくる。
恭司は素直に頷いた。
ーー『鬼斬り』に使われる死体や人間は、1度斬ったらすぐに使えなくなってしまうため、大人たちによって回収と供給が常に行われていた。
回収は基本的に戦争が終わった時に持ち帰ってくるが、それだと持ち運びに難がある上に危険なため、時には他国の村から生きたまま回収に動くこともある。
要はその村からここまで生きたまま連れて帰り、里で綺麗な形のまま死体にするのだ。
そうすると人間に歩かせることが出来る上、殺す時にも五体を残しやすく、何より新鮮な状態で子どもたちの修行に提供することができるため、戦争が無い時はこのパターンでの回収がほとんどだった。
そして、
そういった形で回収される死体の中でも、アタリとハズレはある。
何をアタリと見なすかは人それぞれだが、回収された人間次第で、斬りやすいものと斬りにくいものがあるのだ。
今回2人に提供された死体はミルドという国の兵士だったが、恭司や優香からすれば、この程度のレベルでは斬り易すぎていた。
兵士の体は筋肉が程よくついていて、戦争時に相対する感覚としても一致し易いが、その中でも強度はマチマチだ。
今回のように斬りやすい肉体相手だと、2人のレベルでは修行にならないことも多い。
簡単にバラバラになるのでは、藁や竹を斬っているのと変わらないからだ。
「次はもう少しハードル高いのがいい」
恭司は優香ほど愛想はよくないが、自分の意見はしっかり述べるタイプだった。
そこは恭一郎似だ。
恭一郎は満足そうに笑う。
「そうか。次は善処するから、期待しておいてくれ。修吾に任せたらきっちり用意してくれるはずだ」
「はは。結局、私ですか…………」
修吾が仕方なさそうに笑う。
だが、
満更でもなさそうだった。
子のために苦労するのは、親の誇るべき務めなのだ。
三谷では、それが他よりも色濃く受け継がれているため、修吾も内心では不満なんて無い。
「それか、次のシュギョーでもいいよー。シュンドーはもう大体使いこなしたし!!」
すると、
優香が修吾の胸の中でエヘンと胸を張った。
修吾は思わず恭一郎の方を見る。
恭一郎もちょうどそれを提案しようと思っていたのだ。
恭一郎はコホンと咳払いすると、『言われたから仕方なく』といった感じで、威厳そこそこに話し出す。
「それなら、次は『殺影』をやってみるか。明日教えてあげよう」
「やったーッ!!」
優香は修吾の胸の中で、両手を上げて喜んだ。
ふと目を向けると、恭司も言葉には出さないが嬉しそうだ。
恭一郎と修吾はそんな子どもたちの様子を見て笑いながら、それぞれの子どもと共に、屋敷の中へと入っていく。
外では雨が徐々に強さを増し、強い風が吹き始めていた。
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