【第一話】日本国 ③

そんなことを言いながら、2人は椅子から立ち上がると、その足で息子と娘に会いにいくことにした。


国としての話し合いも煮詰まっていたし、頃合いとしては丁度よかったかもしれない。


良い考えを浮かべるには、気晴らしも重要だ。


2人は応接間を出ると、屋敷の廊下に出て玄関へと向かう。


子どもたちの遊び場、もとい修行場は屋敷の外にあって、毎回履き替えなければならなかった。


まぁ距離はほとんど無いに等しいため、特に気にするほどでもない。


2人は玄関で下駄に履き替えると、外に出る。


すると、


その2人の肩に、パラパラと水滴が落ちてきた。



「ん……?雨か…………」


「タイミング悪いですね…………」



空を見上げると、その雲は少しばかり黒ずんでいた。


これから降り出すかもしれない。


だが、


修行場はここからそれほど距離もないため、あまり考えず、2人は結局そのまま向かうことにした。


どうせ屋敷に戻るなら、息子と娘たちも一緒だからだ。


2人は並んで歩く。



「『瞬動』が使えるのなら、もう我らと手合わせできる日も近いかな?」


「いや、それは流石に早すぎるでしょう…………」



そんなことを話しながら歩いていると、2人は程なくして修行場に到着した。


到着すると、ちょうど小さな男の子と女の子の2人が、向かい合わせに立っている。


木刀を構えて、今にも"戦い"の空気だ。


どうやら、2人の子ども…………『恭司』と『優香』は、正に子ども同士で手合わせをしている真っ最中だったらしい。


程よい緊張感が場を包んでいた。



「やぁっ!!」



身の丈に合わない長大な木刀を手にした女の子が、壁を三角飛びをして振り下ろしの一撃を繰り出す。


男の子の頭上に向かう縦の一閃ーー。


フワリと宙を舞うその姿は、彼女自身の愛らしさと合わせて、まるで妖精のようだった。


顔つきも大きなクリクリの瞳で愛らしいが、その振り下ろされた一撃は鋭く、重い。


木刀の長大さもまるで気にしていないようで、あの細腕のどこにそんな力があるのかと疑いたくなるくらいの強烈な一撃だ。


そう、


彼女が『優香』だった。


元気で活発な性格で、基本的にいつも明るく、ここぞという時には思い切りのいい一手も打てるタイプだ。


今の振り下ろしも、全体重をかけた少し博打要素の入った一撃だが、彼女に物怖じした様子は一切見受けられない。


当たれば終わりで、受けるにもしんどい一撃だ。


だが、


相対する男の子に、慌てた様子はほとんど見受けられなかった。


同じく長大な木刀を手にした彼は、地に足をつけたまま、優香の一撃を冷静に見定め、受けるための力を本能的に計算する。


その時間は、傍からは一瞬たりとも感じとれない。


正に、本能そのものなのだ。


男の子はまるで鞘の無い居合いのような振りで木刀を動かすと、優香の一撃にジャストタイミングでかち当てる。


カンーーッと高い音が鳴り、2人の間でほんの一瞬ギリリと膠着したが、宙にいる状態の彼女と地に足を付けた状態の彼では、込められる力に違いがあった。


膠着はあっという間に瓦解し、男の子の振り切った一撃に、優香は難なく吹き飛ばされる。



「わわっ!!ヤバい!!」



優香が慌てた声を上げた。


しかし、


そんな様子を見せつつも、これくらいなら優香はすぐに体制を整えてしまうことを、男の子は経験上既に分かっている。


すぐさま追い討ちに移行し、一瞬、足に力を込めた。


途端、


男の子の身体は瞬く間にそこから移動し、優香の目前に迫るーー。


まるで瞬間移動のようだが、彼らを見守る親たちは一切驚かない。


そう、


何を隠そうあの瞬間移動のような移動術こそが、


三谷の基本技が一つ『瞬動』だからだ。


まるで流れるように瞬動を使いこなしてみせた男の子は、容赦ない追撃で木刀を振り下ろそうとしている。


だが、


優香はそんな中でも全く引かなかった。


空中で器用に体幹を操作し、ほぼ一回転して無理矢理作り出した勢いごと、木刀を振り上げる。


まさかの反撃に恭司はギリギリで木刀をかち当てるも、今度は膠着せず、互いに弾かれ合った。


優香は地に足を付けた瞬間、風のような素早さでその場を撤退し、体制を整える。


男の子は悔しそうにその様子を見つめながら、もう一度木刀を構え直した。


一応、相打ちだ。


優香もまた木刀を構え直し、2人の間で仕切り直しの空気が流れる。


しかし、


そこで小さな拍手の音が聞こえた。



「見事だ。2人とも成長したな」



拍手をしていたのは恭一郎だった。


その隣には修吾もいる。


声をかけるにはちょうどいいタイミングだったのだ。


2人はそちらに目を向けると、優香の方はパッと表情を輝かせた。



「お父さんッ!!おじさんッ!!」



優香は瞬時に構えを解くと、一目散に親のもとへと駆けていった。


男の子はやれやれとばかりに肩を竦め、優香の後に続いてゆっくり歩いていく。


手合わせは、2人の親登場によって、一時中断になったようだった。



「恭司君もお疲れだね。技の冴えも見事だった。さすがはこの三谷の次期当主だな」



修吾が男の子に話しかける。


男の子は…………『恭司』は、そう言われて少し照れくさそうに頭をかいた。


その様子を、恭一郎は微笑ましげに見つめる。



「えーーッ!!お父さん、私は?私は?」



優香が非難の眼差しを修吾に向けた。


まるで子犬だ。


修吾は嬉しそうに笑い、優香の頭をなでる。



「優香も見事だった。成長したな」



優香は天使のような笑顔でニコッと笑うと、そのままガバッと修吾に抱きついた。


修吾は優香の頭をなでながら、我が子の体をしっかり受け止める。


その様子に、恭司ではなく恭一郎の方が羨ましそうな目を向けていたことについては、修吾は気付かないフリをした。

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