【第一話】日本国 ②

「…………一体、どうなっている?作戦は順調なはずではなかったのか?」



日本国内にある、三谷一族の本拠地。


山間部に隠れた集落の中でも一際大きな屋敷の応接間で、現三谷一族当主である『三谷恭一郎』は、困惑した表情で口を開いた。


話し相手は恭一郎の側近を務める男だ。


恭一郎の右腕となる人物でもある。


男は静かに首を横に振った。



「失敗の要因はまだ判明しきってはいないようです。相手の死角をついたはずの奇襲が全て見破られ、トラップも何もかもを看破されたと」


「…………あの作戦の内容には俺も関わっている。諜報も送っていた。失敗は正直、考えてもいなかったんだが…………」


「全員がそうです。裏付けも含め、全てにおいて抜かりは無かったかと思います。本当に……何故バレたのか不思議なくらいで…………」



この応接間で話す2人の間柄は、相当に古いものだった。


三谷一族現当主である恭一郎と彼、『柊修吾』は幼い頃からの付き合いで、互いに人柄も能力も分かりきっている。


だからこその右腕だ。


心から、何でも気兼ねなく話し合える関係性だった。



「修吾…………。お前にも分からないのか?」



恭一郎は問いかける。


"一応"の確認だ。


修吾は困った表情を浮かべた。



「私にも正直分かりません。奴らは一体どこで見破ったのか……。裏切りの線は別に考えてはいないんですが…………」



修吾は正直に答える。


恭一郎も、その点には同意だった。



「そうだな。日本国には裏切り者はいない。それはそう『決まっている』。となると、どの時点でどうやって見抜かれたかだな…………」


「そうですね」


「何かミスはなかったのか?誰か指示と違うことをやったというのは?」


「その点はすぐに調べましたが、残念ながら見つかりませんでした。まぁ、隠密性重視の作戦でしたので、本人が気づいてないだけかもしれませんが…………」


「そうか…………。まぁでも、不謹慎であるが、我が一族に被害がなかったのは幸いだったな。先方に立っていた部族には同情を禁じえないが…………」


「そうですね…………。当主はカンカンでしょう。復讐戦は間違いなく行われるものと考えられますが、その時はどう致しますか?」


「そうだな。他の部族とはいえ、日本国の人間がやられたんだ。様子見なんて選択肢は無い。相手の先方部隊は皆殺しだ」


「そうですね」



2人の会話はその後も続き、作戦失敗の要因と対抗策を、それこそ日が暮れるまで話し合い続けた。


それくらい、今回の日本国として行った作戦には自信を持っていて、失敗したことに納得いっていないということでもある。


しかし、


失敗はどう考え直しても失敗で、事実だ。


受け入れなければならないものの、その事実に至った原因が一切分かっていないがために、結局最後まで、納得のいく結論を出すことはできなかった。


やがて雰囲気も暗くなっていき、外の景色にもオレンジが差し込み始めた頃、恭一郎はフゥと息を吐く。



「…………そういえば、恭司と優香は、今日も2人で遊んでるのか?」



恭一郎は呟くようにそう尋ねた。


気分転換だ。


唐突な話題だったが、暗くなった雰囲気を変えるためだと理解した修吾は、それを察知してすぐに頷く。



「ええ。相変わらず仲がいいようで。次期当主殿に迷惑がられてなきゃいいですが」


「はは。迷惑どころかいつも楽しそうにしているよ。よっぽど気が合うんだろうな。それに、確かに家督はあいつが継ぐことになるだろうが、そこは気にしなくてもいい。優香相手なら俺もよく知っているし、俺もあいつも身分なんて考えたこともない」


「ありがたい話ですね。優香もお蔭様でいつも楽しそうです。あれほどの才能が孤立せずにやってこれたのは、間違いなく恭司君のおかげでしょうね…………」


「それはお互い様だ。恭司も既に普通の子ども相手では遊びにすらならないほどの実力を持っている。本当に、2人が同じ時代に生まれてくれてよかった」


「ははは。おかげで物心ついた時からずっと2人ぼっちで遊んでますけどね」



修吾の少し複雑そうな笑い声が響く。


恭一郎と修吾の2人には、それぞれ同い年くらいの子どもがいた。


恭一郎の息子の名は『三谷恭司』ーー。


この三谷一族の次期当主だ。


武芸については大人にも引けを取らない才を持つ天才で、既に"実戦"も経験している傑物ーー。


そして、


修吾の娘の名は『柊優香』ーー。


恭司の幼馴染だ。


恭司ほどのレベルではないものの、武芸の才能は他の子供たちを圧倒している。


恭司がおかしすぎるだけで、優香もまた、紛れもない天才だ。


2人は微笑む。



「…………恭司は10歳で、優香は9歳か。早いものだな」


「そうですね。2人とも武芸については大人顔負けの実力ですから、将来が楽しみです」


「ふふ。2人とも親がいいのさ」


「ははは。そうですね」



三谷一族では、将来の戦力増強のために、子どもにも大人にも武芸の修練を積ませていた。


基本的には大人と子どもで分けられているが、恭司と優香については子どもの中でも断トツ過ぎて、もはや同じ修練は受けていない。


基本技をある程度マスターした2人は、既に奥義の修練に入っており、他の子どもたちとは違う内容で修行を始めている。


他の子どもと同じ修練にしても、あまりの実力差に自信を無くさせるだけだからだ。



「2人は『瞬動』はもう会得したんだったか。次は『殺影』だな」


「普通、子どものうちからそこまでいきませんけどね…………。まぁ、瞬動も危なげなく使いこなしてますし、我が子ながら恐ろしい才能ですよ」


「…………次の修行と言えば、あいつらは怒るだろうか?」


「いや、むしろ喜ぶと思いますよ?彼らにとっては修行も遊びも同じようなものですから」


「そうか………….。まぁ、応接間に閉じこもっているのも何だし、少し様子を見てくるか」


「当主様も親馬鹿ですね」


「お前に言われたくはない」

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