願いを賭けた決闘

なめなめ

第1話 願いを賭けた決闘

  キィィィーーーン!!

 満身創痍の二人の騎士が僅かに残った力を振り絞りで剣をぶつける!

 その火花が散る程の剣戟は凄まじく、互いの余力に反比例する矛盾さえ感じる程の丁々発止ちょうちょうはっしだ!


 今の二人は自分にあと何回剣を振れるのかなどの計算は理解してない。

 ただ、『相手よりも一回だけ多く剣を振れたらいい!』そう思い剣を振るうのだ!


 その一回で、必ずこの決闘に勝利するという気力で。そして……互いの絶対に叶えたい『願い』を賭けて!


 キィィィィーーーン!!

 何度目の金属音だろうか?

 限界に近い二人の体力を考えれば全力で打ち合えるのは最早、数度程度が限界なのは明白。

 だが、その数度は二人にとって何よりも苦しく濃密な時間でもあった。


 しかしながら……時間が有限であるように、この戦いにも終わりがある。二人の内一人の膝がついに地面をついた。


「わ、私の、か、勝ちだ……ヤマモト=トシハル!」


 相手の喉元に剣を突きつけ、勝利を宣言するゾイ=ロック。


「はぁ、はぁ、こ、降参です。ゾイ……」


 敗北を認めたのは、山元 利春ヤマモト=トシハルという男だった。

 彼の気力はまだ充分であったが、身体の方がついてこられなくなっていたのだ。


 一見互角に見えたこの戦いも、利春にしてみれば予想通りの展開であり、結果だった……


 もちろん、彼の予想通りだったのには理由がある。それは数日前に負った肩の傷だ。

 本来この傷は、勝敗に影響する程の深刻なものでもなかった。

 少なくとも利春自身にしてみれば、どんなに大袈裟に見繕ってもかすり傷に毛が生えたくらいの些細な部類に入る傷だったからだ。


 ただ、実力が拮抗した強者同士の戦いには、その『些細』というものが致命的な『差』を生んでしまう。


 利春自身それは、重々承知であった。

 もし、決闘の日があと一日……いや、半日も待てばその傷は完治し、差は完全になくなっていたに違いなかった。


 では、なぜ彼は待たなかったのだろうか?

 決闘の日取りが決っていたから?

 相手のゾイが延期を認めなかったから?


 どれも違う!

 今回の決闘に限っていえば、日取りを延期すること自体は可能だった。


 無論、決闘は騎士にとって神聖なものである。

 なので、普通なら如何なることがあろうと、そんな神聖な決闘の日時を変えることは許される訳がない!


 だが、例外的に異を唱えられる者は少なからず存在する。


 例えば決闘をする相手……もしくは高貴な身分の……そう、王族クラス程の者が異を唱えれば、それがどんなに軽い気まぐれであろうと問題なく変更が可能であった。


 そして実際に、その身分の高い者は利春の傷の話を聞いて日時の変更を希望した。


 常識で考えれば、この希望は何事もなく通るはずであった……が!


 何とそれに反対する者が存在した。高貴な身分の者が異を唱えたにも関わらずにだ!

 そして、その反対した者こそが傷を負ってしまった本人……山本利春ヤマモト=トシハルその人だった!


 そう、敬虔な騎士の彼にしてみれば、自分の不手際で神聖な決闘が先伸ばしされることを許せるはずもなかった。

 さらに彼は、騎士としての誇りを誰よりも強く重んじる男でもあった……だからこそ、彼は期日通りの決闘を強く望んだ。


 しかし、逆に慌てたのが日時の変更を希望した者……ゾイ=ロック。利春の対戦相手だった。


 もちろん、ゾイ自身にも決闘を望む理由はあった。

 どうしても、利春と戦わなければならない理由はあった! だかそれは、あくまでも公平が条件となるものだった。


 何より、そうするだけの……そうでなければいけない理由もあった!!


 でも残念ながら、ゾイのそんな想いも虚しく、決闘は期日通りに行われる運びとなってしまった。


 最早ここまで来たら、ゾイが何を言っても不粋なだけ……後は潔く決闘に全力を尽くすしかなかった。


 同じく対戦相手の利春もまた、そんなゾイに愚直に向き合うだけたった。


 互いに想うものを持つ二人てあったが、勝負は残酷な程までに当然な形で決着がついた。


 決め手はやはり利春の怪我が原因だった。

 しかしそれでも、利春には結果を受け入れるだけの覚悟はあった……できていた。


 ただ、この決着について解せないこともあった。

 それは利春がこの決闘に挑んだ姿勢だ。

 もし、利春がゾイの立場ならばどうだっただろうか?


 彼の性格上、間違いなくゾイのために決闘の延期を希望したはずだ。

 なぜなら、誇り高い決闘をするに至って、相手にも万全の状態で挑んで欲しいという想いがあるからだ。


 なのに利春自身は、自分が万全の状態で挑むことを拒否してまで決闘に挑んだ!!


 万全の状態で挑んでくれることを切望する相手に対して利春は手負いで挑むという“愚”を犯していたのだ!


 これは彼の誇り高い精神性にとって、明らかに矛盾を生むものだった。


 この矛盾に説明をつけるとしたら……一体何だろうか?

 もしや、利春は自らの敗北を望んでいたのだろうか?


 だとしたら、どうして利春は敗北を望んだのか? 思い当たる理由は……ある!


 それは、この決闘には人知れずに二人だけの取り決めがあった。

 そして、その取り決めとは相手の願いを聞くこと……


 そう……願いをではなく、ことだった!


 さらに言えば、その取り決めは『敗れた方が嫌なら無視しても良い』という程にあやふやな取り決めでもあった。


 にもかかわらず利春は、はっきりと敗北を認めた。望んだ敗北を……そして、そんな利春に対してゾイが言い放った“願い”は……


「約束です。私と結婚してください……」


 ゾイは『自分が勝てば、利春と結婚する』という取り決めを利春に伝えていたのだ。

 そして、これこそが利春が敗北を望む理由だった。


「年貢の納め時ですね……」


 利春は諦める……というよりかは、安堵とも思える様な口調で囁いた。


「利春……あなたに聞きたいことがあるのだが、いいだろうか?」

「フッ、私は負けたんです。何でも聞いて下さい」


 観念した様に答える利春に対し、ゾイは話を続ける。


「無作法を承知で聞くが、この決闘には互いの願いを賭けていた。もしよければ、あなたの賭けていた願いとやらを聞かせてもらえないだろうか?」


 それは、ゾイは利春に願いを伝えていたが、利春がゾイに願いを伝えてなかったからこそ出た質問だった。


「願いですか……フフフ……ハッハハハハハハ!!」

「な、何がおかしい?」


 利春の腹の底から出す様な笑い声にゾイは困惑した表情を見せる。


「あなたと同じに決ってるでしょ?」

「えっ?」


 そう、不器用な二人は、こういうやり方でしか己の想いを相手に伝えることしかできなかったのだ。


 しかしながら、そんな不器用な二人の未来には、きっと眩しい程の幸せが待っているに違いない。


 誰もが認めてくれなくとも、誰もが許さなくても関係ない!


 盛大に祈りたいものだ……の幸せを!!     

 

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