先生
エントランスホールから通じるテラスにソファがあった事を思い出し、会場を出て迷わずそこへ向かう。
「はぁ……やっぱ来るんじゃなかった」
ソファへ座ると共にため息と独り言が漏れた。
「どした?」
「おわッ。何だ先生か」
周りに誰も居ないつもりだったので、後ろから声を掛けられ変な驚き方をしてしまう。予想外の人物だったので尚更。
「何だって何だよ」
「いや、悪い意味ではなくてですね……、聞かれたのが兼吉先生で良かったなって意味です。あ、ご無沙汰しております」
戸惑い過ぎて妙なタイミングでの挨拶となってしまった。
「おう、ご無沙汰。で? 来るんじゃなかったって、どうかしたのか? そう言えば笹森とも一緒にいなかったしな」
「あ〜いや〜笹とはちょっと色々ありまして……。まぁ私、高校時代に良い思い出が無いじゃないですかぁ」
正直に打ち明けると首を傾げられる。
「そうだっけ?」
「そうなんですよ。1回先生にも言ったことあるんですけど、人間不信になりそうだ! って。そしたら先生、ニンジンフシン? とか言い出して、もうマジで嫌いになりそうだった」
「でも嫌いにならなかっただろ?」
自信に満ち溢れた顔で聞いてくる。
「……うん、大好きでした」
「知ってる。だって昇降口前の廊下で、愛してるぞーって叫んできたもんな」
意外なエピソードが出てきて妙に嬉しくなった。真面目に告白する勇気は無かったものの、放課後の校内にてふざけ半分で先生への愛を叫んでみた事がある。
「それ完全に忘れられてると思ってた。覚えてたんですね」
「忘れないだろ。学校の入口であんな大声出して愛を叫ぶ生徒なんて」
「あの時も、知ってるって言われましたね、確か」
「そんな気もするけど、それは忘れた」
この話題を出すか迷ったが、やはり言わずにはいられなかった。
「笹と、キスしたって聞きましたよ? そんで、私だったら絶対そのまま押し倒してるって話してたんです」
殆ど顔色一つ変えずに先生は言う。
「じゃあ今夜、押し倒してみるか?」
だから、本気にしてしまいそうになる自分を笑って誤魔化した。
「あははッ。先生酔ってるでしょ」
「かもな」
「冗談でも、そんな事言ったら私本気にして襲いに行っちゃいますよ?」
「来いよ、襲いに」
私が固まるのに呼応して瞬間、時が止まったかのように思えた。
「また冗談を───」
「携帯貸りるよ」
言いながら手に持っていた携帯を取り上げられる。
「え……ちょっと、先生?」
有無も言わさずロック画面を開かされ、勝手に私の携帯から先生の携帯へワン切りして手際良く電話番号を登録する。
「はいコレ俺の番号。とりあえず二次会は断って終わったらこの辺にいて。ま、いなかったら電話するけど」
簡単な説明だけを残して、また先生は会場内へと戻って行ってしまった。
◆❖◇◇❖◆
そうこうしている間に、同窓会はお開きとなる。
ほぼ全員が二次会のお店へと出発して閑散として来た中、幹事の1人である笹が先生に捲し立てる声が聞こえた。
「かねきち二次会も来るって言ってたじゃん!」
「悪い。明日嫁を朝から送ってかなきゃならんの忘れてた」
会話が微かに聞き取れる場所で、私は中学時代からのたった1人の親友を二次会へと送り出していた。あの魔の高校入学当初期間で遠ざかって行ってしまっていた、親友と同窓会終了間際に旧交を温めたのだ。
「全然話し足りんかった」
「お互いを最後の最後で見つけたからね。里有ちゃんはもう帰るんだ?」
「うん、今日もここ来るギリギリまで仕事だったから疲れた。早く帰って寝る」
適当な言い訳が心苦しくて、どちらにしろ初めから二次会まで行くつもりが無かったのは事実だと、自分の胸に言い聞かせた。
「そっか。じゃあまた別の日に会おうよ! 連絡する!」
「おぉ良いね、待ってる。連絡して。二次会楽しんどいで」
そう言ってタクシーに乗るまで見届けて、もう話す人も居なくなりどうしようかと外へ足を向けた瞬間、不意に思い至った。
笹と一言も口を聞かなかったな、と。
でも今更声をかけるのも躊躇われるし、日を改めてメールをしようと決めた。たとえ許して貰えなくても謝って、彼女との蟠りと関係に区切りをつけようと。
決心した矢先、先生からお呼びがかかる。
「市町、帰るのか? なら次いでに駅まで送ってくよ」
「え? ……あ、はい。有難うございます」
名前もちゃんと覚えてたんだ、なんて考えてたら返事がワンテンポ遅れた。
「皆、幹事有難うな、あと少し頑張れよ。じゃあな」
笹を含む幹事の子達に挨拶をする先生につられて軽く会釈をして、私達はその場を離れる。
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