第1話 LOVE AFFAIR ①

 衣藤蓮いとうれんのスカートは、いつも短すぎる。


 ホームルームが終わり、放課後が始まろうとしている教室。

 俺は、クラスメイトのスカート丈についてぼんやりと考えていた。

 窓から差し込むオレンジ色の日差しが、騒がしく巻き上げられた埃に反射して煌めく。

 誰かの制汗剤なのか柑橘まじりの香りが漂っている。

 外では、最近鳴き始めた蝉たちが限られた命の中で存在感を知らせている。


 すぐそこに高校三年生の夏休みが迫っていた。

 人生の岐路に立った生徒たちの、緊張したムードと少しの浮かれた空気が混じる独特の焦燥感。


柊木ひいらぎ、柊木大和やまと!」

 名前を呼ばれて現実に戻る。

「進路は決まったのか? 前にも言ったが、進路希望まだ決まってないのはもうお前くらいなんだぞ」

 いつまでも進路希望を伝えない俺に業を煮やした担任だった。

「そろそろ決めなければと思っているのですが、家の事情もあり悩んでしまって」



 現在、俺の父は海外で働いている。

 俺が高校を卒業したら父さんのところに行く、と母が言い出したのは少し前のことだった。


 ずっと父のそばに行くかどうか一緒に考えてはいた。

 でも俺にとって、海外の学校に通ったりするのはあまり現実味が感じられず、高校卒業まで一旦保留ということになっていたのだ。

 自分だけ行ってしまうと俺を一人にさせると悩んでいた母だったが、父が激務で体調を崩してしまったこともあり今回の決断に至った。

 

 高校卒業後、日本で進学や就職する場合も最大限のサポートをするし、希望の道を歩んでほしいと言われている。

 さすがに、もう成人近いのだから一人暮らしくらい余裕だと思うが……


 俺の彼女なのかと言いたくなるレベルで心配症の母親だ。

 さらに天然ボケなところがあるのでむしろこちらが心配になる。

 できれば俺も一緒に行って安心させてあげたいのだが、父は俺がいるよりも母さんと二人のほうがいいだろう。



「……親御さんのこともあったな。自分の人生、よく考えて早く決めろよ」

 担任はそう言って去っていった。


 この高校は、いわゆる偏差値高めの進学校だ。しかも勉強だけでなくスポーツや文化活動にも長けた生徒が多い。

 受験倍率も高かったため、努力の末に合格したときは本当に感動したものだ。


 海外留学経験者も多いのだろうが、俺は今まで何の準備もしていないわけで。

 それで外国で進学なり就職なりできるのだろうか?

 でも、それは日本を離れたくない言い訳なのかもしれない。


「大和、大丈夫ー? また進路催促とかダリィーな」

 担任の後ろ姿を見ながら、俺を心配して声を掛けてきたのはクラスメイトで幼馴染の井上翔太しょうた

 翔太は難関大学に進学希望だ。俺とは対照的に少しチャラいが、イケメンで人望もある。

 全てが優秀なのに優しさまで兼ね備えている彼のことを、俺は昔から大好きだ。


「大和は、品行方正バカ真面目で成績もいいから期待されてるんじゃね?」

「いやいや、本当早く進路決めないとだよ。金持ちになります! とか言ってみればよかったかな」

「最高だな! それで、グラビアアイドルを秘書にするんだよな?」

「そう! 社長になって一攫千金! そしてアイドルを秘書にしますーって、違うっ!」

 翔太の前では、とにかく素早いツッコミが必要だ。

 俺の日課がグラビアチェックということが、この男にはバレている。


「あ、でも秘書には第一候補がいたよね」

「ん?翔太か?」

 翔太が、整った顔に少し意地悪な笑みを浮かべて言った。

「蓮ちゃんを秘書にします! とか言えばよかったんじゃないの?」

「ぶっ!」

 唐突な名詞の登場に思わず噴いてしまう。


 ────衣藤蓮。

 目線で探すと、まだ教室内で友達と笑顔で会話している姿があった。


 ヘーゼルカラーのロングヘア。クールな中に甘さと品のある顔立ち。細いのにメリハリのある均整のとれたスタイル。

 そして短すぎるスカートに、華やかなギャルの雰囲気。


 うちの高校は、偏差値が高い生徒が多いゆえに校則は生徒自身に委ねられている。

 スカートが短かろうが、髪を染めていようが、見た目がギャルだろうがオラついていようが、中身が品行方正であればよほどじゃない限りは自由なのだ。


「蓮ちゃんも、俺の第一志望の模試判定Aだったって言ってたな」

 翔太が思い出したように呟いた。

「まじか、あの難関大学まで……」

 そう。蓮は容姿端麗、頭脳明晰、それに加えてお金持ちのお嬢様。なんというハイスペック美少女ギャル!

 趣味は、株・ファッション・ネイル。好きな有名人は、ココ・シャネル。

 スーパークール。こいつは、ただの女子高生じゃあないぜ!


「めちゃくちゃ好きだよな~。大和、蓮ちゃんのこと」

「な……っ……クラスメイトの、友達だっつーの!」

 翔太に図星を突かれて、心臓がスピードを上げる。

 極限まで圧縮した後に最大までブーストしたようなハートビートが自分でも聞き取れる。


「蓮バイバーイ」

 気が付くと、ギャル友たちが蓮に挨拶して教室を出て行くところだった。

 そろそろ俺も帰る準備をするかな、そう思った瞬間。

「おーい蓮ちゃーん!」

 あろうことか翔太が声をかけた。

「し、翔太! お前……っ」

 慌てふためく俺を見て、翔太は明らかに楽しんでいた。 

「どうしたの?」

 目の前まで蓮が近づいてくる。ふわっとエキゾチックで甘い香水の香りが鼻孔をくすぐった。


「大和が動画配信チャンネル作るから、企画案を聞いてくれって」

 なんて無茶ぶりをするんだ。

「大和、何の配信するの?」

「いやいや、ゲーム……そう、王様ゲーム! 企画が成り立つか検証したいからちょっと参加してくれないか」

 我ながら……名案……なのか? 謎だ。


「王様ゲームって、くじを引いて王様になった人がしもべたちに命令できるやつよね? 見て見て! 私、今日すごく運勢いいから絶対王様!」

 蓮がスマホの占いページを開き、指でたどりはじめた。その行方を俺は知っている。

 ──双子座

「今日1位なんだ。こういうの、ちょっとうれしくない?」

「れ、蓮……さんが占い好きとか意外だな。クールキャラだしそういうの苦手かと思った」

 久しぶりに蓮の名前を呼んだ気がして、思わず他人行儀になってしまう。


「『蓮さん』って何? 前は『蓮』って呼んでくれてた」

 少し膨れたような表情で蓮が言った。


 蓮とは今年クラスメイトになる前からの付き合いだが、色々あって微妙な距離感が続いている。


「い、いや親しき中にも礼儀ありかと思ったんだ」

 翔太の視線を感じて、変に意識して微妙なことを口走ってしまう。


「蓮ちゃんと俺ら、知り合って割りと経つけどまだまだ知らないこと多いしもっと仲良くなれそうだね♡」

 フォローのつもりなのかっ、天然たらしめ。


 

 そう言っている間に、翔太がノートの切れ端で3枚くじを作って手に持った。

「好きなくじを引いてくださーい」


 蓮が引き、俺も引いた。残りは翔太のだ。


「王様だーれだっ!」

 3人声を合わせてくじを開く。


「はーい! 王様は俺でーす!」


 翔太が元気よく手をあげた。

「おいいいい!?」

 絶対何か小細工してただろう!?


「王様じゃなかったあー」

 蓮がノートの切れ端をひらひらさせながら駄々っ子みたいに拗ねている。

 

 これは不穏な流れを感じざるを得ない。

 

 俺は、1番だ。

 

 一生懸命考えているふりをして、翔太が言った。

「んーじゃあ、2番が1番の体のどこかに自分の体のどこかをくっつけてください!」


「何だそりゃああああ!!!!!!!!!!」


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LOVE / ラディカル マジカル ストラテジー Rio @riona

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