第3話 竜宮城へようこそ!

 そこだけは建物の造りが違い、豪華絢爛な形だった。周りの無機質な建物よりも装飾が認められる。宮廷とでも言うべき荘厳な造りと色とりどりの幾何学模様をあしらった城だ。

[乙姫様。人間の客人を招きました]

 カメが言い終わる前にぎいっと大きな門が開く。漏れ出た光が眩しくて一瞬視界をブラックアウトさせた。そして視界を開くとそこはこの世のものではないくらいに美しかった。

 大理石のタイル、煌びやかな宝石、美しい音楽、芳しく咲く鮮やかな花、壁に飾られたエフェクト、穏やかな雰囲気。どれをとっても酔ってしまうほどの贅沢を感じる。

[KM184592とHK691357か。良い。ご苦労であった。そしてその人間を模した表示体が客人か]

 カメの声やホッケの声とは明らかに違う響きが頭に流れこんでくる。美しく気品のある素敵な音だ。

[我は乙姫と呼ばれている。この世界の主だ。この度はKM184592を救ったと聞く。礼を言おう。さぁこちらへ]

 ぐいっと背中をカメに押される。進めということか?一歩前に出ると、真ん中の玉座とも言うべき椅子がくるりと回転し乙姫の姿が現れた。

[ささやかではあるが宴を催そう。またこの宮廷内の自由な見学と、この世界の滞 在に許可を。代わりに研究者達が其方に接触を図ることもあるかもしれないが、協力を頼む。生身の人間から直接情報を聞き出せる機会は貴重でな]

 正直半分くらいは聞いてなかった。乙姫に心が奪われていた。真珠のような肌、瑠璃色の瞳、薄く開いた口元。首にはエラのような筋があり、腰から下にかけて鱗が生えていて人魚のようになっている。腕にはヒレのような突起があり、指先はエラを張っている。頭と胸元に薄いベールなようなものがかかっており、様々なものを超越した美しさを持っていた。

[この姿はかつての肉体を再現したものだ。気に障ったのならすまない]

「い、いえ、美しくて、言葉では言い表せないほど」

 しばらく呆けていたようで唐突に声をかけられ飛び上がってしまった。それほど美しかった。

[不快にならないのならそれは良かった。人間は目に見える存在の方が認知しやすいと聞き、久々にこの姿に戻ったのだがいやはや]

  乙姫は玉座を降りてこちらへ歩み出る。

[好きなだけこの世界に居れば良い]

 そうして頰を許ませた。


  そこからは怒涛の歓迎の連続。魚スタイルの方々、タイとかヒラメとかに見えた、がよく分からん楽器を披露してくれる。プロジェクションマッピングみたいなものが華々しく周りに散る。魚が踊る踊る。その姿は例えが分からないけど、とりあえずすごい。その豪華な演目の間も美しい姫君は美しく在り続けておりくらくらする。惚れてる。恋してる。とは思うもののそのような俗っぽい感情を超えたところに存在しており、魅了されるだけである。



[其方を人間と種族名で呼ぶのはいささか失礼だろう。外では何と呼ばれているのか]

「……う、浦島、太郎と申します」

[ほうほう。浦島太郎。客人を歓迎することなどそうそう無い。楽しめただろうか]

「ええ!ええ、美しくてそれはもう!」

[気に入ったのなら良い]

 乙姫様は微笑まれた。揺れるベールと下がる目尻、横に引く大きく浅い口元。それはそれは優美だった。


「美しかったな……」

 宮殿から退出し、人間研究部?という輩にいろいろ詰め寄られ、人間界?のことを洗いざらい喋った後、カメとホッケさんと合流した。カメは慣れたような顔をしてたがホッケさんは宮殿に入った経験が浅いらしく、同じようにおよおよしていた。

「なんで、ホッケさんとカメで乙姫さんに対する態度が違うの?」

 思い切って聴いてみるとカメは手振りでさぁ?とジェスチャーする。え?

[それは私の問題でして。創始者様はこの世界の核なのでございます。創始者様がいるからこの世界は廻っているのですよ。つまり何かあってはならない、と。勝手に自粛するようになってしまって]

[考え方の違いのようなものだ。そも生まれた順、というのもあるかな。HKの方が後に生まれた分、祖という信仰のような意識が強いのだろう]

 ホッケさんは気まずそうに顔を背けている。考え方の違い、か。なら、

「身分の差とかは無いのか」

  カメは不意をつかれたように黙った。つられてホッケさんも考え込むようなポーズを見せる。え、あるの?それは嫌だな。

[人間世界を熟知している訳では無いが、身分というのは富があるから発生するものだろう。それならこの世界に存在しない]

  カメは言い切った。マジで?

[ええ、そうですね。言うなればここは意識が見せるもので作られています。完成されたここに新たなものは生まれないし、失われない。即物的なものは無いのですよ]

  ホッケさんはさらに続ける。

[人間の身分の優劣や争いの始まりは資源でしょう。食料を始め、建築物、文化、宗教。私たちには全て必要無いのです。強いて言うなら娯楽はもちろんありますけど。娯楽の品もイメージで作り出せます。頭に構想があればここに出力して反映させる。それで完成。あなたには仮想空間と言った方が分かりやすいでしょうか]

  ホッケさんはカメを見遣り、カメも満足そうに頷く。この人の説明は分かりやすくて、ホッケさんが学校の先生ならいいのに、と切実に思う。

「身分も金も無いのか」

 宮殿に行く前の問答に感じたむしゃくしゃした気持ちがすっと落ち着いた。身分や金の話は嫌いだ。そんなのは出生の問題であって偶然としか言いようがないのに、生き方が決まってしまうのは嫌いだ。今の社会に身分は無いが深層心理にはある。絶対に。あの冷たい目線は、肌に感じる見下された態度は忘れられない。

 ここにはそれがない。幸せだろうな。

「なら普段は何してるの?」

文脈をそのまま受け止める限り、仕事もないことになる。では何をしてるのか。

[そうですね、勉強したり本を読んだりしてますよ]

[ゲームだな]

 え? マジで遊んで暮らしてるの?

[先程頭の構想で何でも作れると言ったでしょう。この建物で分けられているようにそれぞれがいろいろな建物の中で得意分野の構想を練り、形にし、それを他の人が享受します。私はパズルを作ったりしますね]

  なにそれ。

「え、カメは」

[何も作っては無いが]

  無職!なんだよお前無職じゃんか。というかすごいな、この世界。趣味を楽しんで生きていけるんだ。

[その代わり研究協力はしたりする。外の世界を研究する担当がいて、地形や自然、天気、生物を含めいろいろと研究してる。これもやりたい奴が勝手にやってるだけだ。オレはデータを持って、人間の体を拵えて陸上に上がったりしてる。それがあの出来事だ]

  ほ〜ん、ほ、

「あ! そういう! そういうことか!」

 これでやっと繋がってきた。そうか、そういうね。確かにこの世界はほぼバーチャルみたいなもんだし、表示体はみんなアンドロイドのような金属寄りの見た目だ。よって服を纏わない。肉体が無いなら気温も関係無いし服という概念が無かったのも道理だ。だから服を忘れて、

[正直当たり前すぎて忘れていたが人間は肉体がある。気候変動に左右される。服を着るべきだったと気づき、戻ろうとしたが未発達な人間に捕まったという訳だ]

カメはちっと舌打ちでもするように言い捨てた。そういうことかぁ。

[別にあの場で海に消えれば何も問題無かったのだが、お前を見つけたから引き摺ってきた。良さそうだったからな]

  あ、一応引き摺ってきたって言ってるから巻き込んだ自覚はあるんだ。へぇ〜。

「でも、乙姫様には恩人的な感じで伝わってたよね」

[あ〜、その方がスムーズに事が進んだからな]

  なんか素直じゃないな。

「というか、俺じゃなくてもよかったんじゃん。たまたま居たから連れてこられたんでしょ?人間だったら誰でも良かったんだろ」

  面倒な彼女みたいな言い草になってしまったがカメの言うことはそういうことだろ。カメはん〜と低く唸る。

[誰でも良かったわけじゃない。お前が良かったよ]

 え、告白? マ?

[お前、未成熟の人間に財をやっただろ]

「え、お金のこと?」

待って待って。あれは俺の知り得る数少ない対抗手段であって、普段から金をばらまいてるわけではないし、金持ちではない。むしろその逆。

[お前の行動の後、お前をスキャンした。その情報を竜宮城の人間研究部に送った。そして情報を総括した結果、お前の家は富の蓄えが世間一般の平均と比べて少ないと分かった。だがお前は見ず知らずの誰かを助けようとしてその財を出した。そこから判断したんだ]

  淡々と語るカメの言葉に俺は呆然としてしまった。

[良心があったから。ここに害は無いと思って連れてきたんだ]

「はぁ」

[富が占める世界で誰かのために自分の財産を分け与えることができる貴方の、心が綺麗と言いたいんですよ]

「へぇ」

 褒められてる、んだと思う。困っている人を助けるのに金を使うことしか出来ない、卑しい自分なのに。褒められているのか。そうなのか。

「心が綺麗なんてね。ふ〜ん。顔もたいして良くないし、取り柄も無いのに」

  気恥ずかしくなってそう呟くとカメとホッケは黙った。何?

[顔の良さとか、美醜の判断が分からん]

[そうですね。芸術的に美しいものはありますが、それ以外について外見を意識したことってないですね。人間は外見を判断するんですっけ]

  カメとホッケさんは腑に落ちないような顔をしてぽそぽそと呟いてる。

「え、イケメンとか美女とかそういった、ほら乙姫様とかめちゃくちゃ美しかったじゃん?」

[あ〜祖は綺麗だが]

[ええ、だからって他が劣ることないですね。あっ、そうか。分かりました。繁殖機能がある生き物は見た目で優劣つけるクセがありましたね。しかしここは表示体など、自分が見たい見せたいビジョンが立体化しているので、比較することは無いんですよ]

「あっ、だから、判断基準が心」

 やばい。ちょっと泣けてくる。涙出ないけど。不遇と言われながらもグレずに真っ直ぐ生きようと思っていたし、そうやって母さんも育ててくれた。それが証明されたみたいで、うるっときてしまう。

「お金も関係無いし、心が評価されるなんて、竜宮城って本当に良いところだな」

 感極まって漏れ出た本音にホッケさんは笑ってくれた。カメは、

[まぁお前の生きてる場所よりよっぽど発達してるからな]

  と鼻で笑った。絶対そういう音がした

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