第3章 とある女子生徒の告白

12 一生夏休みならいいのに

 えっと、何から話せばいいですか?

 あ、自己紹介ですか?


 はい。ええと、わたしは藍葉あいば礼嶺あやねです。

 普通科の一年生です。

 あっ、高校です。高校一年。


 特技はこれといってないです。すみません。

 趣味は、うーんと、趣味と言えるほどじゃないですけど、たまにお裁縫とかします。


 えっ、これですか? 違います違います!

 わたしが作ったんじゃありません!

 あー、でも、穴が空いちゃったんで、そこだけは自分で縫いました。

 よく見るとちょっと不格好ですねぇ。


 えっと、なんでしたっけ。……ああ、そうでした。

 あの時の話ですよね。

 本当に何から話したらいいのかな。

 実はわたしもよく覚えてないことが多くて。


 クラスはAの三組ですけど。

 そうです、高校からの一般入試。


 ええっ、そんなことないですよ!

 全然、わたしなんか、全然そんなことないです。

 勉強だって必死についていってる感じで。


 友達は、いつも一緒にいる子たちが二人います。

 ええ? どうでしょう。

 でも、うーん、多分、わたしがいなくてもそんなに変わらないんじゃないですかね?


 こここっ、恋人なんていません!

 気になる人も……いません。

 本当ですっ!!


 あのっ! どうしてこんなこと聞くんですか?

 これ、あのときの話に関係あるんですか?




*****




 高校に入学して、半年。

 憧れて入学した学校だったけど、入ってみたら少ししんどかった。

 入試の成績が思ったよりも良くて、すごく頭のいい人たちのクラスになってしまったから。


 一学期は、なんとかついていこうと思って必死だった。

 受験の時よりずっと沢山勉強した甲斐あって、なんとか成績は上位をキープできた。


 そうしたら、先生が来年はAの一組に上がれるように頑張れって言ってきた。

 もう十分頑張ってるのになぁ。


 高校から電車通学になって、毎朝憂鬱で堪らなかった。

 ぎゅうぎゅうに押し潰される満員電車に慣れないうちは、息苦しくて、骨が折れるんじゃないかと思うこともあった。


 痴漢なんてのも、話には聞いてたけどホントにいるんだって知って、まさか私がそんな目に遭うなんて、ってびっくりした。

 誰かに知られるのが恥ずかしくて声も出せなくて、なんとか触られないようにって体を動かしたら腕を抓られちゃった。


 まるで、わたしが悪いことしたって怒られたみたいで悲しかった。


 友達もできた。

 仲良し三人組で、いつも一緒に行動してる。


 でも、ある日一人が欠席したら、もう一人はずっとその子の悪口を言っていて。

 同意を求められたから、わたし思わず、うん、って頷いちゃった。


 もしかして、わたしがいないときは二人でわたしの悪口で盛り上がってるんだろうか。


 中学の時と違って、高校になると男子と女子ってあんまり対立しないんだね。

 男子ともよく話をするようになって、割と仲のいい子も何人かいた。


 けど、体育でリレーをしたとき、胸が邪魔してるから足が遅いんだってからかい交じりに責められて、「ごめん」ってへらへら笑ってみせたけど、本当は恥ずかしくてすごく嫌だった。


 夏休みになって、張り詰めてた糸が切れちゃったのかな。


 やらなきゃ、って思うのに、全然課題をやる気になれないし、夜遅くまで友達とSNSで話したり、動画を見たりするのが楽しくて、毎日お昼過ぎまで寝てるようになっちゃった。


 お母さんに怒られて、そりゃ悪いのはわたしだと思うけど、勝手に部屋に入ってきて毎朝耳元で怒鳴られるのには、結構腹が立った。


 暑くて食欲ないし、とっておいたアイスを食べようとしたら、弟に食べられてた。

 しかも、勝手にわたしの部屋から漫画を持ち出してて、そこにアイスを溢してた。


 弟を捕まえて殴ったら、お母さんに叱られた。

 好きで年上やってるわけじゃないのに。


 一生夏休みならいいのに、って思っても、勝手に九月はやって来る。

 ずっと昼夜逆転の生活だったからかな。

 なんだか体が怠くて、頭もぼーっとしてた。


 放課後、気分転換に一人で散歩したのは、ただの思い付きだった。

 せっかく観識学園に入学したのに、駅と校舎の往復しかしてないって気付いちゃったんだもん。


 なんとなく人があんまり居ないところに行きたくて、音楽棟の裏の並木道を歩いてたら、門があった。

 そこから学園の外に出られるみたい。


 学園は広いから、一周するのにどのくらいかかるんだろうって単純な好奇心で、塀に沿って歩き始めた。

 三十分くらい歩いても何もないし、もう帰ろうかなって思ってたら、すごく素敵な公園を見つけた。

 広いしキレイだし、しかも誰もいない。


 それから何度か通ってみたけど、一度も誰にも会うことがなかった。


 誰もいない、広くて素敵なわたしだけの場所。

 ちょっと開放的な気分になって、大声で叫んでみたらすごくすっきりした。


 そのうち、嫌なことをここで叫ぶのが日課になった。


 公園に来ると、なんだか愉しくて、帰りたくなくて、帰るときには気分が沈んで体がすごく重く感じるようになった。


 その日は、家から水色のウサギの人形を持ってきた。

 小さい頃お母さんに買ってもらった人形だけど、ずっと仕舞いっぱなしで忘れてたくらいだから別に壊れてもいいかな、って。


 最近お母さんは小言しか言わないから、「うるせえクソババア!」なんて、絶対本人には言えないような悪口をお母さんの代わりに人形にぶつけながら地面に叩きつけてみた。


 すごく愉しかった。

 汚れて腕が取れかけた人形を見たら、なんだかゾクゾクした。


 帰ったらウサギの腕を適当に縫い付けて、次の日も持って行った。


 今日は弟。

 明日は友達。

 明後日は先生。


 毎日毎日、誰かに見立てて叩きつけてるうちに、もっといいことを思いついた。


 人形をね、カッターで切り裂くの!

 血が出ないのがちょっと残念だけど、わたが出てきたらすごく愉しいと思う!


 でもね、結局できなかった。

 だって、切り裂いてしまったら明日からの楽しみがなくなっちゃう。

 今までだって少しずつ直してきたけど、切り裂いたら、直すのも大変でしょ。


 だから、どうしても我慢できなくなるまで、カッターはしまっておこう。ガマンガマン。




*****




 今にして思うと、怖いですね。

 でもこれが、あの時のわたしの正直な気持ちだったんです。

 あの時の気持ち、今でもはっきり覚えてます。

 うまく説明できないけど、あの時はそうするのが正しいことだって信じてて。


 わたしの言ってることわかりますか?

 ……いえ、やっぱりいいです。


 先生は専門家だと聞きましたが、やっぱりわたし、精神疾患なんでしょうか?

 あっ、はい。そうですね、そうでした。


 わたし、ちゃんと知りたいんです。

 だから、全部お話するって決めて来ました。

 はい、大丈夫です。続けます。


 えっと、ここからは覚えてないことも多くて。

 記憶に靄がかかったような感じというか。

 無意識に、思い出したくないことを記憶の底に沈めて思い出さないようにしてる感じなんです。


 えっ? 適当に言ってみただけですけど。

 何か気になることがあったんですか?






【次回予告】 スマホの画面に知らないアプリがあったら、絶対に開いてはいけない。開いたら最後、あなたはもうこの世界には戻れなくなる。覚悟があるなら、開いてみればいい。きっと、後悔するから。


予告は当然嘘ですが、たぶんそれは悪質詐欺アプリだと思います。知らないメールも知らないメッセージも、開いてはいけません。ご了承ください。

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