13 あなたは天使なんじゃない?

 二学期になっても、夏休みから日課になっている友達との深夜のSNSでのお喋りは、まだ続いていた。

 グループの人数もちょっとずつ増えている。


 ピロン


 今、グループで話していたメンバーの一人から、個別メッセージが来た。

 割と仲が良い男子で、クラスでも中心的な存在の子。


 まあまあイケメンかな。

 博識で色々教えてくれるし、できないこととか苦手なことがあるといつも手伝ってくれる優しい人。

 彼みたいな人、すごくモテると思うのに、あまりそういう話は聞かない。


 前に、同じグループの子たちと男子の話になったけど、二人とも「あいつはナイナイ」って言ってたのがわたしには不思議だった。

 そんな彼が、何の用だろう?


【話したいことがあるんだけど】


【明日の放課後、第一学習棟の三階まで来て欲しい】


 なんだろう? ちょっとびっくりした。

 わざわざあんな人の来ないところに呼び出すなんて、あんまり人に聞かれたくないことなのかな?


 もしかして。

 告白、だったりして?


【何? 今言えないこと?】


 内心のドキドキを隠すようにしたら、ちょっと冷たい感じになっちゃった。


【見せたいものがあるから】


 すぐに返信がきた。

 なんだ、告白じゃないのか。


 まあそうだよね、わたしみたいな地味で何の取り柄もない女子に、クラスの人気者イケメンが興味持つわけないもんね。


 なんの話か全然見当もつかないけど、きっと相談じゃないかなぁ。

 ほら、わたし中学まで委員長キャラだったし。

 未だにコンタクトが怖くてメガネだし。


 人に知られたくないような重大な秘密だったらどうしよう。

 上手くアドバイスできるかな?


 それか、悪戯とか?

 なわけないか。

 彼がそんなことするとは思えないもの。


「い・い・よ、と」


 送信ボタンを押す。

 暫く待っても返信が来ないから、もう話は終わりかも。


 個別メッセージを閉じてグループメッセージ画面を開くと、もうみんなの話は終わってた。

 最後のメッセージは六分前。

 わたし以外のグループ全員が【おやすみ】って入れてる。


「ええー! わたしだけ送ってないー!」


 遅れたけど、わたしも【おやすみ】って送信するか迷って、迷ってるうちに最後のメッセージが八分前になってしまったので、結局メッセージは送らなかった。


 それにしても、話たいことってなんだろう?

 見せたいものってなんだろう?


 でも、もしも、もしも。

 万が一告白だったら……?

 そしたら、どうしよう。

 私たち、付き合っちゃったりするのかな?






「えっ?」


 耳鳴りがする。なんだろう、よく聞こえない。

 放課後の、誰もいない校舎に彼と二人きり。


 もしかして告白かも、なんて有り得ない妄想をしてた自分がひどく馬鹿みたいに思えた。


 ついこの前まで空はいつまでも明るかったのに、いつの間にか夕方が早くなっていた。

 窓の外から、夕方と夜の境界線が少しずつ迫ってくる。

 夏は終わりかけてるけど、まだ寒くなるような時期じゃない。


 なのに、わたしの膝はブルブル震えて、耳の近くで歯がカタカタ鳴る音がする。


「よく撮れてるだろ? この画像、幾らの価値があると思う?」


 告白でも、相談でも、悪戯でもなかった。

 脅迫――。

 嘘だよね。

 なんで? そんなわけないよ。

 だって、あんなところ誰も来るわけがないもの。

 今まで誰にも会ったことないもの。


 でも、わたしの震えは止まらない。


「動画の音声は、結構クリアに録れてると思うんだよね」


 嘘! 嘘だよ! だって、だって、でも……!!


 自分のことだもの。

 嘘じゃないって、わかってる。

 でも、でも、信じたくない。

 なんで? どうして? そんな筈ないよ!


 言いたいこと、聞きたいことはいっぱいあるのに、言葉がちっとも出てこない。


「や、め……」


 それだけ言うのが精一杯で。

 でも、わたしの精一杯は、彼には全く意味がなかった。


 急に、彼が怒鳴りだす。

 怖い。怖い。

 わたしの知ってる彼は、朗らかで、優しくて、ちょっとだけ格好良くて。


 本当かな? 本当にそんな人いたんだっけ?

 わたしが知ってるのは、目の前にいる化け物だったんじゃないかな?


 怖い。

 ねえ、なんでそんなこと言うの?

 なんでわたし、そんなふうに言われなきゃいけないの?

 本当は、いつもわたしのことそんなふうに思ってたの?


 涙が止まらない。

 なんでだろう、なんで泣いてるんだろう?


 ああ。

 わたし、殴られるの?

 わたしが悪いから?

 わたしは正しくないから? 

 正しくないから、罰を与えられるの?

 痛いのは嫌だなあ。

 でも、わたしが正しくないから、仕方ないのかなあ。


 ……あれ?

 わたし、殴られたんだっけ?

 でも痛くないから、殴られてないんだっけ?

 まあいいか。


 そっか。わたしは正しくないから、殴られるんじゃなくて、殺されるんだったのか。


 息ができない。

 □が来たよ。

 ああ、なんでわたしはまだ生きてるんだろう。

 わたしを殺しに□が来たのに。


 日が暮れた。

 なあんだ。

 □は、わたしを殺さずに、彼を殺しに来たんだ。

 可哀想な彼。

 やっぱりわたしは正しかったんだ。

 正しくないのは彼の方だったから、だからわたしは□に見逃されたんだ。






 真っ暗な廊下の真ん中で、わたしは座っていた。

 なんだっけ、帰らなくちゃ。


 立ち上がろうとしたとき、わたしはそれに気が付いた。

 なんだっけ、これ。

 禍々しく光ってる、美しい、これ。

 そうだ、□□□だ。


 わたしは嬉しくなって、彼が持っていた□□□をポケットに放り込んだ。


 ぐらぐらする。

 体が重くて、とても気持ちが良い。


 行かなくちゃ。

 あれを持って行かなくちゃ。

 いつもの、あれ。

 なんだっけ、あれ。


 そうそう、わたしの□だ。

 すごい。

 きっと彼のお陰だ。

 いつもよりずっと□□が□い。


 □□に行ったら、どうなっちゃうんだろう。

 きっと、吐き気がして最高の気分になれるんだろうな。

 とってもキレイな吐瀉物や糞尿を垂れ流して、血と、腸と、脳が芳しい異臭を放つんだ。

 なんて最低で素敵なんだろう。


 早く、早く行かなくちゃ。




*****




 すみません。なんか、思い出したら涙が出てきちゃって。

 いえ、大丈夫です。

 先生こそ大丈夫ですか?

 かなり気持ち悪いんじゃないですか?


 ……そうですか。

 じゃあ、続けます。


 でも、思い出せないことが多くて。

 なんだか申し訳ないです。

 そうですね。そう言ってもらえると、ちょっと楽になります。

 

 なんですか? 角、ですか?

 いえ……ごめんなさい、ちょっとわかりません。




*****




「なんで! なんでなんでなんでなんでなんで!!」


 壊れない! なんで!?

 壊したいのに、わたしの罪を消してなかったことにしたいのに。


 違う!

 ダメ。正しくないことをしてはいけない。


 いいえ、壊さなくちゃ。正しいことのために壊さなくちゃ。

 でも、□を壊したら、もう□□が□□られない!!


 正しくないのは、わたしじゃなくてアイツらじゃない!

 違う、そうじゃない。

 やっぱり、わたしが正しくない。


 壊してしまえ。

 そうだ、壊してしまえ。

 

 何を今更怖がっていたんだろう。

 わたしは、□になったんだ!

 愉しい! 愉しい!

 □□□が、わたしを強くした!


 ああ。わたしは□になんかなりたくない!

 誰か、助けて。

 誰でもいいから、助けて。

 お願い。

 □がまだ壊れないうちに。

 わたしがまだ□じゃないうちに。

 ねえ。お願いよ。

 誰か、私を止めて。






 誰?

 わたしのウサちゃん、あんなにボロボロなの。

 ねえ、誰なの?

 早くウサちゃん直してあげないと。

 明日また遊べなくなっちゃう。


「まだ、□が残ってる」


 何?

 あなたは、誰?

 ああそっか、あなたは……


「なんだ。ただの□か」


 誰だか知らないけれど、微笑った方がいいよ。

 とっても素敵な笑顔だもの。


 それに、とってもキレイ。

 もしかして、あなたは天使なんじゃない?

 だって、あなたの持ってるの、すごくキレイな□だよ。

 それ、神様があなたにくれたんでしょ?

 だから、ほら。

 あなたがわたしを助けてくれて。

 わたしは□にならなかった。


 だけど一つだけ言わせて。

 そのイヤーカフ、あなたに全然似合ってないよ。


 だってそれ、あなたから自由な翼を奪う錘なんでしょ?






【次回予告】 振り返っても誰もいない。でも、絶対に誰かがずっと見ている。ほら、今も。あなたの後ろから……私がずっと見ているよ。


予告は夜中に鏡で自分の後ろを見るのが怖いです。たまに家族がわざと驚かせてくるので。

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