11 役立たずでクソゴミ以下の卑しいぼく

 どうもこんにちは。夜行やこう志貴しきです。


 一時は死ぬかと思いましたが、なんとか生きてます。首の皮一枚です。

 まさか、真剣で斬られるとは思いませんでしたからね。


「安心しなよ、これは鬼しか斬れない刀だから」


 と浮居先生は仰いましたが、そういえば俺は鬼だったのでした。

 いやあ、うっかりしてました。


 首の皮一枚切れました。

 全然安心できません。

 首の皮一枚ついてるだけだったら、もうそれは殆ど死んでますからね、切れただけで本当に良かったですよ。


 桃山とうやまさんが助けてくれたお陰で、なんとか死なずに済みましたが、浮居先生が血走った目で俺を睨みながら「殺す。死なない程度に痛めつけてから殺す。死んでからも殺す。生まれ変わっても殺す。死ぬほど殺す」と呟いているので、なんだか大人しく死んだ方がマシだったのではないかと思ってしまいます。






「黙れおっさん」


 冷ややかなモモの声に、何故か俺がビクリと肩を震わせる。


「だって、ユカちゃんが、契約……。これ、この、こんな……うわああああああん!!」


 一頻り刀を振り回して暴れた後に、人差し指で射抜きそうな勢いで俺を指差しながら号泣とか、まじで勘弁してくれ。

 親友と同じ顔が憎々しげに殺意を持って襲ってきたのだから、泣きたいのはこっちの方だ。


 良く考えたら、俺には殺されるような理由も筋合いも全くないだろうが。

 段々腹が立ってきたぞ。


 モモが教師浮居を邪険にする理由はなんとなくわかったが、そこに俺を巻き込むな。

 半目で教師浮居――もう、面倒くせえからおっさんでいいか!

 半目でおっさんをじとりと睨むと、モモは蟀谷を押さえながら深い溜息を吐く。


 でもまあ、おっさんの気持ちもわからんでもない。

 十数年諦めずに努力してきたことが、一瞬で無意味になったんだもんな。

 モモは悪魔だし、泣きたくなるのも仕方ない。


 しかしだからといって、見た目は少年でも実年齢いい歳のおっさんが大声あげて本気で泣いてる姿は、あんまり見たくねえな。

 なんつーか、単純にキモい。いろんな意味で。


 と、おっさんおっさん言ってるけど、そういえばこの人何歳なんだろうか。

 モモの父親だから、四十くらいか?

 の割に、見れば見るほど十六歳だった俺の親友そっくりで、全く年齢を感じさせない。


 もしかしてモモも、ババアになっても見た目美少女高校生のままだったりするんだろうか。

 うわ、想像したら鳥肌が立ったわ。怖っ。


 俺は、床で丸まって啜り泣くおっさんを改めてよく観察してみた。

 まるで一年前に戻ったみたいで、ちょっと可笑しい。

 そういや親友も、こうやって丸まっていじけてたことがあったっけ。

 懐かしさでちょっと笑い、俺はおっさんに話しかけた。


「なあ、おっ――じゃないわ。先生、ちょっと聞きひぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 俺の言葉は、後半から悲鳴になった。

 さっきまで蹲って泣いてたとは思えない素早さで、おっさんがぴたりと俺の首筋に真剣を当てたからだ。

 さっき斬られたところが、思い出したようにちりちり痛む。


「なにかな、ペット君。『おっ……』の続きはなんて言おうとしてたのかな。まさかさっきみたいに、『お義父様』とか言おうとしたんじゃないよね?」


 いやいや、あれはモモに無理矢理言わされただけだし、気のせいかなんか微妙に漢字が違う気もするぞ。

 もしかして、もしかしてだけどこのおっさん……


「いやあ、ぼくもいきなりでびっくりしちゃって、思わず取り乱しちゃって悪かったね。冷静になったところで、ペット君に聞きたいことがあるんだけど、いいかな」


 とか言いながら漂わせてる鬼素が尋常じゃなく濃厚で濁ってるんだが、ちっとも冷静になってねえだろ。

 目も据わってるくせに、妙な光を放ってるし。

 あと、首筋に当てた刃を垂直にするな!

 首から下の嫌な汗が止まらねえだろうが!


「ユカちゃんに使役鬼ができたのは喜ばしいことだ。ぼくの用意した鬼じゃなかったのは残念だけどユカちゃんに釣り合うような可憐な少女の姿になるように蛋を調整するのがそりゃあもう大変で十年間の研究の全てをそこに費やしたと言っても過言じゃないから残念といえば本当に残念なんだけどさぁ!」


 ものすごい剣幕に、肺活量すげえな、とかアホみたいなことしか頭に浮かばない。

 おっさんの言ってることも大概アホみたいだけど、首筋の刃が気になってそれどころじゃない。


「それはこの際どうでもいいんだ。うん。そんなことより」


 剣呑な鈍い光が、おっさんの瞳の奥で妖しく蠢く。


「本当に契約、したんだね? 天使のようなユカちゃんと、下劣で下品で下賤で下衆な下郎が……ッ」


 もしかして……と思ったけど、やっぱりだ。


 このおっさん、俺が可憐な少女じゃないことに業腹なんだな。

 というか、単純にモモの側に俺――男がいることが我慢ならないんだろう。


 使役鬼だろうがただの執行役員同士だろうがそんなことは関係なく、俺が男である時点でこれはもう詰んでる。


「ごめんねユカちゃん。ぼくが遅くなったから、こんなドブ野郎を使役鬼にする破目になったんだよね。責任とって、パパが新しい使役鬼をプレゼントするね。だから、この古い使役鬼は――廃棄処分にしよう。そうだそれがいいそうしよう」


 ――あ、これ、俺死ぬわ。

 不思議なことに、どうやったら生き残れるかということよりも、どうやったらできるだけ痛くないように死ねるか、ということを間抜けな俺は必死に考えていた。


 そのくらいおっさんの殺意が本気すぎて、本能が回避不能の死を予感してしまったのだ。


 唐突に、世界が回った。

 とうとう首を落とされたのかな、なんて暢気なことを考える。


 けど、二メートルくらい向こうに真剣を構えたままで瞠目したおっさんと、ソファから中腰になって唇に小指を当てたモモが見えたから、俺はまだ死んでない。

 ……多分?

 えっ、死んでねえよな?


 モモからは、怒りと焦りの色が全身から勢いよく立ち昇っていくのが見えた。

 小指の奥の唇は、小さく戦慄いている。

 ソファから完全に立ち上がると、モモは俺を庇うかのようにおっさんとの間に割り込んできた。


「言っとくけど」


 鬼じゃなくても視えそうなくらい明確な怒気を撒き散らして、声高に宣言する。


「シキは私が見つけて、私が選んだ。生半可な気持ちで契約なんてするわけない! 私はシキ以外の鬼なんて欲しくないし、もしシキを傷付けるなら、それが実の親だろうが恩人だろうが躊躇わずにぶっ潰す!」


 キャー! モモさんステキ!

 惚れちゃう抱いてっ!


 しん、とした静寂の中、最初に動いたのはおっさんだった。

 ふっと小さく息を吐いて、納刀する。

 泣きそうな顔で笑っていたけど、背筋をしっかり伸ばして立っていた。


「よかったね、ユカちゃん」


「まあね」


 ふん、とモモが鼻を鳴らす。


「下僕くんも、悪かったね」


 おい。さりげ無く俺はペットから下僕に格下げかよ。


「二人共、怖がらせてごめんね。本当はこの刀には殺傷能力なんてないんだよ。精々、足止めくらいにしか使えない」


 そう言って、おっさんは鞘に納められた刀をモモへと差し出す。

 確かに、首の皮がちょこっと切れたけど、それだけだ。

 そっと触ってみたけど、既に痛みも何もない。


「それでも、お守り代わりにいつも持っていなさい」


 へらへらとしていたおっさんが、ちゃんと親の顔をしていた。


 俺は、モモが呼ぶなら何処へでも駆けつけるし、モモが望むなら何でもするつもりだ。

 だけど、いつもどんな時でもモモを守れるとは限らない。


 俺たちは生徒会執行役員だ。

 直接的に鬼と相対するのは俺の役目だが、モモも後方支援で現場に出ることはあるし、理性を失った人鬼ひとのおにと関わる限り、全く危険がないわけじゃない。


 足止めしかできず大して役に立たないとわかっていても、少しでもモモを守りたいというおっさんの気持ちは痛いほどわかる。

 モモもそれをわかっているからか、おっさんの手から刀を受け取った。


 刀を見て、小さく頷く。


「こんなもん持って歩けるわけないでしょ! バカじゃないの!?」


 そして、床に叩き付けた。


 ああ、やっぱりモモは悪魔だなあ、とおもいました まる




*****




「それより、シキが聞きたいことがあるみたいなの」 


 モモはいつもの専用ソファに座って、優雅にお茶を飲んでいる。

 今日は秋摘みのダージリンをミルクティにしてみた。とっておきのシンブリ茶葉は、モモのお気に入りだ。


 なんで俺がモモの紅茶を淹れてるんだろうとか、考えたら負けだから考えちゃいけない。


 そして俺はといえば、いつもの執務机に座ってる。

 しかも胡座だ。正座じゃない。すげえ昇格だ。


 あと、さっきまで床で丸まってたおっさんは、今は床で膝を抱えて座ってる。


 あれ? もしかして俺、今かなりカースト上位に来てんじゃね? やべえ!


「んー? 役立たずでクソゴミ以下の卑しいぼくに答えられることなんてあるんでしょうか?」


 うわあ、病んでるなあ。

 しかし俺はカースト上位の男。

 教師といえどカースト下位のおっさんに遠慮などしない! わははははははは!


「おっ…いや、先生の親戚かなんかで、先生そっくりだった奴がいないかと思って」


 おっさんは、膝を抱えたまま踵をとんとん鳴らした。

 これも何度か見たことがある、親友と同じ癖だ。

 あいつも、何か考えるときには軽く踵で床を叩いていたものだ。


「さあ。少なくともぼくは知らないな。どうしてだい?」


「先生が俺の親友そっくりだったから、親戚かなんかかと。名前も同じだし」


 ああ、とモモが声を上げる。


「イマジナリーフレンドの」


「ちげーっての! 実在するっての!」


 いまいち信用していない目で、ふーん、とモモが俺を半目で見てる。


「世の中には似てる人が三人はいるって言うしね。全くの他人かもしれないけど、そのうち親戚筋をあたってみようか? なんて名前の子?」


「ん?」


 そういや、俺は親友のファーストネームを知らない。

 別れる前、最後に聞きそびれたからな。


「やっぱりイマジナリーフレンド」


「違うって! モモは見てないから知らねえだろうけど、ちゃんとアイツが実在してた証拠もあるんだって!」


「ちょっと待って、下僕くん。君はぼくの可愛い娘のことを、そんな特別な愛称で呼んだ上に呼び捨てにしてるのかい?」


「アンタはちょっと黙っててくれよ!!」


 全然話が進まない。

 もうやだこいつら親子揃って。


「ふうん。そんな証拠があるなら、見せてよ」


「……いや。証拠はあるが、見せられない。親友のことを嘘と思うんだったら、もうそれでいい」


 モモが小馬鹿にしたように鼻で笑って挑発してくるが、俺は取り合わない。

 あれは、親友と俺の、思い出と秘密の場所なのだ。

 いくらモモの言うことでも、こればかりは聞くわけにはいかない。


「なにそれ。シキが親友親友って言うから……いや、もうどうでもいいか」


 俺が引いたからか、モモはあっさり興味を失ったようだ。

 つまらなそうな顔をして、モモ専用デスクの抽斗を開けると一枚の紙切れを取り出した。


「顧問は学園側からの要請だから。生徒会執行部として就任に賛同するなら、ここに生徒会長のサインをちょうだい」


 淡紅色の爪が指す先に、言われた通りフルネームで署名する。

 書類をモモに渡すと、呆れたような表情を向けられている。


「相変わらず、確認もしないでサインするんだ。ほんと、いつか酷い目に遭うよ?」


 大きなお世話だ。


 モモは、顧問のサインも必要だと、おっさんに書類を渡した。

 受け取ったおっさんが、ひどく驚いた顔をして俺を見たから何事かと思ったが、多分俺の字に驚いたんだろう。


 他人に指摘されるまで気付かなかったし、指摘されても自分ではそう変だとは思わないのだけれど、俺の字はものすごく個性的らしい。

 パソコンなんかにありそうな、フォントみたいな整った字だと言われたことがある。


「はい、お疲れ様でした。ていうかほんとに疲れた。今日はもう解散でいいね」


「はいよ、おつかれさん」


 モモは、ぐったりとソファに寄り掛かる。

 俺もなんかすげえ疲れた。

 今日はもう、早めに風呂入って寝よう。


「ぼくは週一で顔を出す予定だから。また来週……と思ったけど、今の生徒会って君たち二人しかいないんだね。密室に男女二人きりなんて許可できないので、ぼくも明日から毎日来るようにします」


「「来なくていいわ!!」」


 二人しかいない生徒会執行役員の心が、一つになった瞬間だった。






【次回予告】 神様に選ばれた光の戦士? そんなの知らないよ~!! でも……!!


予告は予告なくもうどうやっても嘘でしかありません。ご了承ください。

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