第2章 パパと悪魔とペット
09 完全に黒歴史
今日も今日とて、勤労学生――もとい、生徒会執行部の丁稚奉公である俺は、人気のない放課後の学園内を練り歩く。
床の隅とか、棚の上とか、置きっぱなしの荷物をどけた所とか、どれだけ散らしても埃と
日中は、鬼に寄生されそうな生徒がいないかそれとなく視察する。
取り巻く鬼素が不穏な色をしていたら、要注意だ。
俺に睨まれた――そのままの意味で――生徒が震えたり泣いたりしていることがあるようだが、ちょっと目付きが悪いだけでそこまで怖がることはないだろ……。
一つずつ、毀れないよう慎重に回収ケースに入れて、ケースごと特別管理棟に設置された箱に入れておく。
蛋はいつの間にか箱から消えているから、研究とか実験とか、必要としている誰かが持っていってるんだろう。
時折、自分の角を取り出して掲げてみることもある。
もしも反応する奴がいれば、俺の角が視えてるってことだ。
俺は鬼相手には容赦しねえ。
といっても、大声で吠えたり暴力的だったりする凶暴な鬼だったらすげえ怖いからな。
命令して動きを縛ってから角を折るのが俺の常勝パターンだ。
しかしながら、一度怖いと思ってしまうと自分の意思とは無関係に身体が竦んで動かなくなるし、そもそも目を合わせないと命令できないわけで。
そんなときは、モモに頭を下げて術で身体を動かしてもらってる。
だが、凶暴な鬼より怖いのは、決して俺の耳には入ってこない俺の噂話だ。
俺の知らないうちに、俺が誰かの持ち物を壊してたなんて噂が立ってたらフツーに怖えだろ。
この前も、どっかの一年男子が十万円もする最新のスマホを壊されたなんて騒いでたらしい。
ソイツは「スマホを真っ二つにできるようなのは、あの鬼しかいない!」と息巻いて俺を犯人だと決めつけていたようだが、生憎と俺は無関係だ。
奴がでけぇ声で騒いでたから偶々俺の耳にも入ってきてしまったが、俺は無関係だ。
俺がやったという証拠も証人もないんだから、俺は無関係に違いない。
一応、角として破壊された物は、できるだけモモが代替品を用意している。
生徒会費で。
文房具だとかキーホルダーだとかハンカチだとか、学生の持ち物だから、そういった物が多い。
基本的にはその生徒の欲望の象徴なので、一点物や想いの籠もった品だったりすることもある。
物は用意できても思い出までは用意できないので、そこはまあ仕方なく……本当に仕方なく、
それから、最新スマホみたいな高額な物も用意できないみたいだ。諦めろ、マウンテンゴリラ少年。
騒がしくて厄介なことも多いけど、それなりに毎日楽しく過ごせていると思う。
陰鬼素を排除した校内は、ゆらゆらきらきらと明鬼素が漂っていて気持ちがいい。
誰にも顧みられることはなくとも、鬼を駆除することで誰かの役に立っているというのも無上の喜びだ。
多分、俺の今までの人生の中で、今が一番充実しているんじゃないか。
だけど、時々ふとした時にひどく疲れたと思うことがある。
今日も、なんとなく気怠い体を引き摺って、いつもの場所にやってきた。
第一学習棟に隠れるようにして、裏手にぽつんと建っている第三図書館の、三階いちばん奥。
窓から遠く、光が届かない薄暗い書棚の前に座り込む。
元々、専門書ばかり置いてある第三図書館は、普段から訪れる人など殆どいない。
寧ろ、その存在すら知らない人の方が多いかもしれない。
しかも三階なんて、本というより誰かの書き付けみたいな資料とか、古ぼけて黄ばんだ紙束くらいしか置かれていない。
司書すら見かけないこの場所で、この紙たちは誰にも管理されずに長年ここにいるのかもしれない。
日も当たらない、黴臭いこの場所は、だけど俺の大切な場所なのだ。
いつもの場所から古いノートを引っ張り出すと、書棚に背を預けてノートを開く。
俺の親友の名前が表紙に書かれているものだ。
黄ばんでところどころシミになっているノートの中には、小難しい数式だとか、祝詞みたいな謎の言葉だとか、読めないほど汚い字の走り書きだとかに混じって、あいつの心の強さが垣間見えた。
『絶対に諦めない』
『ぼくが正しいことを証明してやる』
『今に見てろ』
赤字で力強く書かれたその文字は、いつも俺に大きな勇気と少しの寂しさを与えてくれる。
「おーい、親友。元気でやってるかぁ?」
遠くの窓から少しだけ覗く青空に、親友への言葉を投げる。
俺たちは数週間しか一緒にいることはなかったけれど、確かに親友だった。
それまで俺一人しかいなかった世界に、初めてできた理解者だった。
別れる時は、「もう一人じゃないから大丈夫だろ」と言い残して、笑って行ってしまった俺の親友。
「……シキ」
耳元で不意に俺を呼ぶ声が聞こえて、一瞬あいつに呼ばれたのかと思ったが、すぐに
「どこでサボってんの? 今日は生徒会室に来いって言ってあったでしょ」
「あー、そうだった。今から行くから待ってろ」
「まったく、どいつもこいつも……私を待たせるとはいい度胸。けと、寛大な私はあと十秒だけ待ってあげる。ほら、いーち、にーぃ……」
本当に、騒がしくて楽しい毎日だ。
楽しくて、お前がいないことを寂しいなんて思う暇もない。
だから、俺は大丈夫だから。
「ぅおおおおいっ! ちょ、待て待て待て待て!!」
俺は慌てて立ち上がると、決して俺を一人にはしてくれない、大事な主人の元へと必死に走り出した。
*****
「おー、まだここにあったか、コレ」
誰もいない書棚の前で、男が感嘆の声を上げた。
男は一見、少年といった方がいい年齢に見えるが、よく観察してみれば、間違いなく年相応の壮年の男だとわかる。
意識的に振る舞っている男の無邪気さや人懐こい笑顔が、彼を年若い少年のように錯覚させているのだ。
薄暗く黴臭いこの書庫は、男にとってあまり良い思い出はないが、とても懐かしい場所だった。
手に取った古いノートをぱらぱらと捲り、時々ページを戻ったりしながら目を細めて眺めていると、ところどころのページの端に、赤字で青臭いことが妙に力強く書かれている。
男は苦笑いを浮かべつつ「完全に黒歴史なんだけど」と、これを書いた時の気持ちを思い出していた。
「……あれ?」
赤字の決意表明にばかり気を取られていたが、そこに添うように、フォントのような整った特徴的な文字が書かれているのが目に入った。
『天国に行っても、研究は続けろよ』
男は首を傾げる。
見覚えのない字だ。誰だか知らないが、男を激励してくれているらしい。
「どうでもいいけど、勝手にぼくを殺さないでほしいんだけどなー」
男は笑って、ノートを元の場所に戻した。
本当は、まだこの場所にノートがあるならば回収して廃棄しようと思って確認に来たのだったが。
若気の至りと言い捨ててしまうには、男はまだノートへの未練を捨てきれていない。
それに、暫く放置していた間に、流麗なフォントの新しい未練ができてしまっていた。
「まだ、諦めてないよ」
そう言うと、男はその場を離れ、現在の目的に向かって歩き出したのだった。
【次回予告】 我らが観識学園生徒会執行部のメンバーを狙うのは、悪の組織キガークノト!?
予告は予告なくたまに本当の予告のことがありますが、概ね嘘です。ご了承ください。
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