06 多分最新モデルだよ
観識学園の側に、大きな公園がある。
キレイに整備された芝の広場や、四季折々の花が咲く花壇、ボートがゆったりと揺蕩う清浄な池、木漏れ日が差し込む木々の遊歩道。
ちょっとお目にかかれないくらいの規模の癒しスポットであるのに、ここに人が居るのを見たことがない。
出入り口が一ヶ所しかなくて、そこが学園からちょっと遠いことが原因なんだと思う。
観識学園の関係者でも、わざわざこの公園に来ようなんて思う人はいないから。
観識学園は規模の大きな学校だ。
中学と高校に分かれているが、どちらも生徒が三千人以上在籍している。合わせたら六千人。
そこに教師や学校運営に携わる職員が加われば、一万人以上が一カ所に集まっていることになる。
ちょっとした町くらいの規模があって、学園の敷地は当然かなり広い。
だから学園の真ん中には『観識学園中央駅』があって、関係者は全寮制の特別技術科生以外の全員がこの駅を使って通勤通学している。
セキュリティの関係上、この駅の改札は学生証か許可証でしか通過できないようになっているから、関係者以外は実質立入禁止のようなものだ。
その上、学園の外には公園以外何もない。
飲食店も、娯楽施設も、公共施設も、何もない。
そもそも、ちょっとした食事や買い物ができる店は学園の敷地内にあるし、図書館も体育館も学校に立派なものがある。
遠くに、団地みたいに同じような建物が幾つも並んでいる場所が見えるけれど、人は住んでいなさそうだ。
灰色の高い壁に囲まれた無機質で堅牢な建物に、到底人が住んでいるとは思えない。
つまり、今のところ公園に来る人はわたしだけ、らしい。
きちんと整備されてはいるから、それなりに管理の人は来ているのだと思うけど、わたしがここに来るのは放課後の一時間程度だから、今まで誰にも会ったことがない。
だから、油断していた。
まさか、クラスメートに動画を撮られているとは思わなかった。
絶対に誰にも知られてはいけない、わたしが悪い子である証拠。
「なんで! なんでなんでなんでなんでなんで!!」
叫びながら、わたしは何度も何度も彼のスマホを地面に叩きつけて、踏みつける。
筆箱からカッターナイフを取り出して突き立ててみたけど、傷一つ付けることができなかった。
「なんで壊れないのよぉ! なんで、なんで動画なんて撮ってんの! ばかなんじゃないの!」
最初は、もう一度あの写真と動画を確認して、消してしまおうと思った。
でも当然だけど、スマホにはロックが掛かっていて、見ることができなかった。
バックアップがあるかも、とか、勝手にクラスメートのスマホを持ち出してしまった、とか、それまで色々考えていたことが全部吹き飛んで、衝動的にスマホを地面に思い切り叩きつけていた。
一瞬、ヤバいと思ったけど、すぐそんな考えは吹き飛んだ。
そうだ。壊してしまえ。
いつもやっていることだ。
口煩い母に、生意気な弟に、くだらない噂話ばかりの女子に、馬鹿にしてくる男子に、電車で遭った痴漢に、優等生という幻に過剰に期待する教師に。
壊してしまえ。
彼らに見立てて、罵詈雑言を浴びせ、叩きのめし、踏みつけ、気の済むまで虐げていた、あの人形のように。
その姿を動画に録られて脅されたことなど、今更どうでもいい。
誰かが、優しく囁いているようだった。
ああそうだ、私は壊すことに慣れているじゃないか。何を今更怖がっていたんだろう。
心がすうっと重くなり、胸糞が悪くなるくらい高揚する。
「あは。あは、あはははははっはっはははっはっ!」
狂ったように笑い、いつものように愉しもう。
誰か、助けて。
愉しくて愉しくて、私まで壊れてしまう。
もっと、もっと、もっと。壊してしまえ。壊れてしまえ。
吐き気を催すほどの愉悦の中、私は苦しくて苦しくて嬉し涙を流し続ける。
誰でもいいから、助けて。
なのに、どれだけ痛めつけようとも、スマホは壊れない。
とても苛立って正気ではいられないけれど、だから私はまだ正気でいられた。
お願い。
もう、壊したくないの。もっと、壊したいの。
ねえ。お願い。
誰か、私を止めて。
*****
既に、陽は落ち切っていた。
ぼんやり光る屋外灯に照らされて、白く可愛らしいベンチが見える。
風が草木の葉を揺する優しい音が、波のように遠のいたり近付いたりしている。
夜になるとさすがに冷たいと感じるようになってきた秋の風も、さわさわとわたしを通り抜けるだけ。
今まで自分が何をしていたか思い出せず、ちょっとぼんやりしてしまった。
ふと地面を見ると、何か落ちている。
なんでこんな所に私の人形が落ちてるんだろう。
小さい頃にお母さんに買ってもらった、可愛らしい水色のウサギの人形。
古くなったからか、随分ボロボロになっちゃってる。
拾おうと手を伸ばしたら、誰かに手を掴まれた。
「まだ、□が残ってる」
何? よく聞こえなかった。
声のした方を振り仰ぐと、金色に輝く天使がいた。
いや、違うか。すごく怖い顔をした悪魔だ。
それも違うか。悪魔にしては悲しそうな顔をしてる。
「なんだ。ただの鬼か」
ぽそりと呟くと、鬼はちょっとだけ微笑ったように見えた。
私が何も言わないでいると、鬼は私から手を離して人形を拾い上げた。
それから、制服のポケットから綺麗な鍵を取り出して、私のウサギを切り裂いた。
なんてことをするんだろうとびっくりしたけど、鬼の持つ鍵は不思議なほど光り輝いていて、なんだか神様が作った特別な神器のようにも見えたから、じゃあ仕方ないかと何故か納得してしまった。
鬼は、少し離れたところに落ちていたスマホを拾い上げると、それにも何かしているようだ。
あの鍵はいつの間にかしまってたらしい。
鍵じゃスマホに傷は付くかもしれないけど、さすがに切れないもんね。
だけど、鬼の手の中のスマホは、突然キレイに二つに割れてしまった。何をしたのかわからないけど、なんて非常識な。
しかもそれ、多分最新モデルだよ。勿体ない。
そう思ったけど、私はやっぱり、それが正しいことなのだから仕方がないなあと納得してしまった。
鬼はやっぱり少しだけ悲しそうな顔で、私をじっと見ていた。
きらきら輝く金の髪の下の、薄いピンク色のイヤーカフが全然似合ってないな、なんてこっそり思う。
イヤーカフに触れると、鬼は口を開く。
「キオクソウチ、使うから」
今度は聞き取れたけど、意味がわからないよ?
どういうこと、と聞き返そうとして、私は――。
私は……?
【次回予告】 中庭で起きた誘拐事件。手掛かりは、現場に残された白い袋!?
予告は本編と関係ないこともないようなそうでもないようなこともあります。ご了承ください。
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