05 俺専用の執務机
結論から言おう。
スマホは見付からなかった。
廊下から、現場まで三往復した。第一学習棟の廊下も、使われていない教室も、隈なく探した。
見付からなかった。
その瞬間、俺の運命が確定された。
「はぁ~~~~~~~~~~」
長い、長いモモの溜息が生徒会室に漂っている。
観識学園の生徒会は、生徒のための組織であるくせに、生徒に対しては閉鎖的だ。
生徒会の執行役員か生徒会長の許可した者以外、生徒会室はおろか、生徒会室のある特別管理棟に立ち入ることはできない。
これは一般区域の者だろうが、特別区域の者だろうが関係ない。
だから、殆どの生徒は生徒会室がどんなところか知らない。
俺だって、初めて来るまでは生徒会室がどこにあるのかすら知らなかった。
噂では、高級ホテルの一室のような場所だと囁かれていると聞いたことがあるが、その噂は一部が合っていて、殆どが外れている。
足音すら消してしまう毛足の長いふかふかの絨毯……は、ところどころ禿げたり焦げたりしている。
よく磨かれ、顔が映るくらいに艶がある重厚な木製のデスク……は、無数の傷が付けられ、抉られた跡もある。
天井から吊るされた豪華なシャンデリア……は、鎖の一部が切れて斜めに傾ぎ、三分の一が割れて消失している。
瀟洒な模様の白い壁紙……は、至る所に染みができていて、なんというか、血飛沫に見えないこともない。
きっとそんなことはないだろうが。
藍色の天鵞絨のカーテンは破れて半分以上なくなっているし、棚に飾られている物は辛うじてアンティークの置物の残骸だとわかる程度だし、書棚の本も、本というよりただの紙屑になっているし。
まるで、放置された殺人現場が時を経て幽霊屋敷になったみたいな部屋だ。
俺が初めて生徒会室を訪れた時は既にこの状態だったから、何があったのかは知らない。
だがこの部屋を見れば、歴代の生徒会執行役員が碌でもない奴らだったことはなんとなく感じられる。
そして、俺が成り行きで生徒会長になってから、俺の権限とは一切関係なく設置されたものがある。
豪華な絨毯の上に敷かれた、何の変哲もない薄っぺらい座布団だ。大きく百円と示されたタグが付いている。
なんと、俺専用の執務机らしい。わあ、すごい。
対して、今モモが腰掛けているのは、副会長専用ソファだそうだ。
腰が沈むくらい柔らかいカウチソファで、手触りも滑らかなのだろうことが見てわかる。
触らせてもらえないから知らんけど。
他にも、副会長専用デスクとか、副会長専用キャビネットとか、副会長専用ティーセットとか、副会長専用テレビとか、副会長専用なんちゃらが溢れているけど、俺には一切関係ない。
その、俺専用執務机に正座して、俺は断罪の時を静かに待っていた。
「つまり、その時の女の子がスマホを持って行ったってことだろうね」
「すみませんでした」
「で、その女の子も見つからなかった、と」
「すみませんでした」
「その子が誰か、シキは知らないんだよね」
「すみませんでした」
「ネクタイすら見てなかった」
「すみませんでした」
モモの追及に、俺はただただ濁った瞳で「すみませんでした」と言うだけの機械みたいになっている。
「もー! どうすんのよー!」
憤慨して叫ぶモモの機嫌を窺いながら、俺はおずおずと発言する。
「あの二人は知り合いぽかったから、明日普通科の一年生から当たって探そうかと思います。もし違ったら、見つかるまで探します」
「はぁ、もう、それしかないよね。けど、その子が持ってるのはただのスマホじゃないってことはわかってるよね」
俺は、神妙に首肯する。
あれは鬼の角だ。
寄生してる鬼の性質までは判然としないが、思い返してみれば良くない感じがしていたような気がする。
角は、鬼そのものであると言っても過言ではない。
例え宿主でなくても、角を持っていればあの女子にも何らかの影響があることは当然考えられる。
厄介なのは、あの女子が既に蛋に寄生されていた場合だ。
鬼の角に触発されて、彼女の蛋が急激に孵化してしまう可能性もある。
鬼による害は、寄生された本人が犯罪を犯すだけでなく、周囲の人を巻き込んで新たな鬼害者を作る二次鬼害を誘発する。
だからこそ、見つけた鬼は早めに駆除しなければならない。
俺は、寄生されていたあの男のことを思い出す。
すっかり忘れていたが、奴は結局あのまま廊下に転がされ、放置されているのだった。
それに比べたら、座布団の上で正座してる俺、かなりカーストの上位にいるんじゃねえの? なんてどうでもいいことを考えていたからか、モモがまた、不穏な声を出した。
「わかってんなら、今からでも……」
マズイ。非常にマズイ。
モモがすっと小指を持ち上げる。
それを遮るように、慌てて俺は声を上げた。
「待て待て待て待て! 俺が今ここから離れたら、あの鬼が目覚めるぞ!」
ぴたり、とモモの動きが途中で止まった。
俺は、ここぞとばかりに早口で捲し立てる。
「俺がアイツを抑えられるのは、せいぜいこの校舎内くらいの範囲だけだ。あの女子を探しに外に出るのは得策じゃねえ」
ヒトは契約で鬼を縛るが、鬼は力で鬼を縛る。
力の強い上位の鬼は、下位の鬼をある程度縛ることができるのだ。
目を合わせて強く念じれば、それだけでモモが俺にするように、俺は簡単に他の鬼の自由を奪い命令することができる。
鬼の力とは、単純にこの世に存在している時間なのだそうだ。
俺がいつから鬼だったのかは知らないが、多分、物心ついた頃には既にそうだったのだろう。
ヒトとしての筋力や運動神経には全く自身はないが、鬼としての強さなら十数年のキャリアの俺と、たかが数日だか数時間だかのアイツでは勝負にもならない。
現在俺はあの鬼を縛り、宿主である男に眠ることを強要している。
とはいえ、離れてしまえば俺の影響下から抜け出して、すぐに目覚めてしまうのだ。
俺の言葉に一瞬だけ目を細めたモモは、無言で中途半端な位置にいた小指を今度こそしっかり唇に寄せた。
「
「ぅわわあああああああああああ!!」
すっかり暮れて暗くなった放課後の学園内を、呻きながら四つん這いで全力疾走する妖怪に背負われた男子生徒が攫われた、という怪談が噂されるようになるまで、あと十数分。
【次回予告】 学園の近くの公園にて、バトルロイヤル頂上決戦!?
予告は本編とは関係ないことがあります。ご了承ください。
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