3話 違う、私は攫ってない


「お姉様がついに!! ついに美少年を拉致しましたぁぁぁ!!」


 ローレッタが悲痛に満ちた声で叫んだ。

 私が奴隷の少年を連れて帰った第一声である。

 ちなみに自宅の玄関ホール。


「あわわわ! ミア! それは、いけないことです!」


 ノエルはアタフタしながら言った。


「ミア様……元の場所に返してきましょう!」


 侍女長が真剣な表情で言った。

 侍女長は40歳の女性で、名前はメラーニア・ピゴロッティ。

 青緑の髪をポニーテイルの形に括っている。


「そんな犬か猫を拾った時みたいな反応する!?」


 私は驚いて言った。


「いつかやると、あたしはそう思っていました……」

「実は僕も……」

「わたしもでございます」


 ローレッタ、ノエル、メラーニアの3人が結束を示すように見詰め合った。

 結束すんなし。

 ホールにいた侍女たちが面白そうにこっちを見てヒソヒソと話をしている。

 私の尊厳がピンチ!


「いや、私の話も……」

「今ならまだ間に合いますお姉様!」

「そうですよミア!」

「謝罪して金貨を2枚ぐらい渡せば、なかったことにできるでしょう」


 メラーニアがさり気なく隠蔽を勧めてきたっ!

 まぁ犯罪なんてバレなきゃ犯罪じゃないけれど。

 って、大公の私が法を無視してどうするよ?


「私の話も聞いてね!?」


 とりあえず、事情を説明するところから始めよう。


「顔が良かったから、ですよね?」とローレッタ。

「ミア……顔が良ければ誰でもいいんですか?」とノエル。

「顔が全てではございません。世の中は効率が全てでございます」とメラーニア。


 ああんっ!

 もうっ!


「話を聞いてぇぇぇぇ!」


 私は思わず叫んでしまった。

 なんて信用のなさ!

 完全に私が美少年を攫ったことになってるじゃん!

 てか、この少年、そこまで美しいかな!?

 一般人の中ではそりゃね、いい方だけど、こっちは乙女ゲーの主要人物たちが周囲にいるんだよ!?


「聞きましょう」


 ローレッタが私に向き直る。

 ノエルとメラーニアも私を見た。

 3人で私を取り囲むような形である。

 少年は私の右斜め後ろで彫刻みたいに突っ立っている。

 そして、いつの間にかホールに侍女たちが集まって楽しそうにこっちを見ている。

 おおぅ、完全に見世物になっているよ!

 コホン、と私は咳払い。


「私は彼を拉致してない」私は右手で少年を示す。「ちゃんと購入したんだから!」


「お姉様、人間を買ったんですか!?」

「ミア……それは酷いですよ……」

「ああ、ミア様、我が公国はいつから人身売買が合法になったんですか?」


 あ、やべぇ。

 私は慌てて両掌を見せてブンブンと振った。

 そして、しどろもどろな答弁を繰り返した私だったが、最後には事情を理解してもらえた。


「なるほど。つまりお姉様は少年を悪女から救った、ということですね! さすがお姉様!」

「素晴らしいですよミア! やっぱりミアは最高ですね!」

「さすがわたしのご主人様! ミア様が大公で誇らしく存じます!」


 なんて、なんてしなやかな手首!

 掌がクルックルッと素早く回転している!


「……君たちの華麗な手のひら返しに驚いているよ……」

「もぉ、お姉様ったら、あたしは最初からお姉様を信じてましたよっ!」


 デレデレっと可愛い声を出して寄ってくるローレッタ。

 はい可愛い!

 私もデレデレっとなって即座に許してしまう。


「僕も最初から、ミアだけを信じていました」


 ノエルがキリッとした表情で言った。

 はい可愛い!


「わたしがミア様を疑ったことなど、1度でもございましょうか?」


 メラーニアが嘘泣きを交えて言った。

 そして外野の侍女たちが「ミア様最高!」「ミア様素晴らしい!」と盛り上げる。

 私は気分がよくなったので胸を張って高らかに笑った。


「それでミア様」急にメラーニアが真剣に言う。「彼……」


「あ、名前まだ聞いてなかったね」


 私はクルッと振り返って少年に笑顔を振りまく。


「司祭様には、舐め犬と呼ばれていました」


 少年は死んだ魚の瞳で淡々と言った。

 あいつマジで殺すか1回。


「どういう意味です?」とローレッタ。


「さぁ。でも侮辱だと思うから、その名前は禁止ね」私が言う。「本当の名前は?」


 私の質問に、少年はキョトンと首を傾げた。

 どうやら、名前がないらしい。


「ふむ。では私が名付けよう」


 87式偵察警戒車、11式短距離地対空誘導弾、オスプレイ……って、なんで装備品の名前しか出てこないんだ私は!!

 くそっ!

 次に浮かんだのはなぜか野外入浴セット2型だし!

 私は助けを求めるようにメラーニアを見た。


「ザカライア、というのはどうでございましょう?」

「いいね!」


 私は速攻で乗った。


「息子が生まれたらそう名付けようと思っていたのですが、2人とも娘だったもので」


 ニヘラっとメラーニアが笑った。

 そう、メラーニアには2人の娘がいる。

 2人とも成人したので、メラーニアは侍女に復帰したのだ。

 その時、この屋敷はまだ公爵家の屋敷だった。

 そして私が領地ごと貰ったのだけれど。

 で、主が私に変わって多くの侍女が辞めたけれど、メラーニアは残ってくれたのだ。


「お気に召しますか?」


 メラーニアは少年に質問した。

 少年はよく分からないという様子だった。

 そりゃそうか。

 今まで名前がなかったのだから、いきなり名前ができても反応に困るよね。


「まぁ、とにかく君は今日からザカライアと名乗るといい。ファミリーネームが必要なら、また今度あげよう。今はまず、風呂に入りたまえ」


 私が言うと、侍女たちがキラキラした瞳でザカライアを連れて行った。

 大丈夫かな……。

 いや、私の侍女たちに限って、変なことはしないと思うけれど。


「もうすぐ昼食ですので、それまでごゆっくりとお過ごしください」


 そう言い残して、メラーニアは仕事に戻った。

 私、ローレッタ、ノエルはリビングに移動。


「ところでお姉様」


 リビングのソファに深く座りながらローレッタが言った。


「なんだい?」

「ザカライアのこと以外で、司祭とはどんな話を?」


 私は不良司祭オードリーや、狂信者的な助祭とのやり取りを説明した。


「その助祭、聖戦を主張しそうですね」とローレッタ。


「うん。でも大丈夫じゃない? オードリーは性格最悪だけど、面倒は嫌いみたいだし」

「あのー、ミア?」


 申し訳なさそうにノエルが小さく手を挙げた。

 私は「何?」とノエルに視線をやる。

 ちなみにノエルは私の対面に座っている。

 私はローレッタの隣ね。


「ザカライアを購入した金貨は仮創造の偽物なんですよね?」

「そうだよ。あんな悪党にお金を渡したくないし」

「さすがお姉様!」


 ローレッタが嬉しそうに言った。


「悪党を騙したわけですから、黙ってないのでは?」ノエルは再び申し訳なさそうに言う。「助祭と一緒になって聖戦を主張するかも」


「「あ」」


 私とローレッタの声が重なった。

 仲良し姉妹っ!

 でへへ。


「わ、笑い事ではなく……」


 ノエルが引きつった表情で言った。


「まぁ、もう騙しちゃったものは仕方ないよね!」


「開き直るの早っ!」とノエル。


「まぁ元々、うちは聖戦上等だったしね」


「そうですね」ローレッタが同意する。「ひとまず、軍に防衛戦の用意をさせましょう」


「あと神殿の内部事情も知りたいなぁ」


「万年筆を転がします?」とローレッタ?


 全能万年筆転がし。

 前にそれで事件を解決に導いたこともある。


「いや、情報ギルドってやつを雇ってみようかなって」


 情報ギルドは世界中に支部があって、色々な情報を扱っている。

 現代で言うならば民間諜報機関か、規模の大きい探偵事務所ってところかな。


「じゃあ午後から行ってみましょう」ローレッタが楽しそうに言う。「どこにあるんですか!?」


「ローズ公国にはたぶんないから、ハウザクト王国に行こうか」


 ゲーム知識だけど、ハウザクト王国には情報ギルドが存在している。

 場所は王都ってことしか分からないけれど。

 まぁ、全能で探せばいいか。


「だったらフィリスに会って行きましょう」ローレッタが言う。「手紙が届いていたので」


「ああ……振られたんだよね……フィリス……」


 楽しみにしていた結婚が破談になったので、ローズ家の侍女に戻りたいらしい。

 

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