4話 扉を開けたいお年頃


 昼食後、私たちはローズ領の屋敷に瞬間移動した。

 私とローレッタがよく訓練していた庭である。

 掃除をしていた侍女が少し驚いたが、私たちだと分かって挨拶をした。

 私たちというのは、私、ローレッタ、ノエルの3人。


「ミア様とローレッタ様の気配がしたっ!!」


 フィリスが屋敷から飛び出した。

 君、いつから気配とか察せるようになったの!?


「うわぁぁぁん! ローレッタ様ぁぁぁ!」


 フィリスはヘッドスライディングするように庭を移動し、そのままローレッタを抱き締める。

 身長差があるので、フィリスは膝立ちの状態だね。


「フィ、フィリス!?」


 さすがのローレッタも驚きを隠せないようだね。

 いい大人が泣きながら幼女を抱き締めるという構図に、私とノエルも驚いた。


「大丈夫ですか?」


 ローレッタはフィリスに抱き締められたまま、そう声をかけた。

 はい優しい!

 世界優しい子選手権があったら、ローレッタの優勝間違いなし!


「大丈夫じゃないですよぉぉぉ! わたしの結婚がぁぁぁ! なくなって……ぐすん」

「そんなに相手の方を愛していたのですか?」

「いえ全然」

「そうですよね……え?」


 フィリスの返答に、ローレッタは目を丸くした。 

 私も丸くしたね。

 ついでに言うと、ノエルの目も丸くなっている。


「結婚は家同士の決め事でしたから、振られたせいで家に居づらくなってしまって……」


 フィリスはメイド服の袖で涙を拭った。

 あー、あるよねぇ、なんか別れたら女が悪いみたいな風潮。


「な、なるほど……」ローレッタが言う。「それなら、またあたしの側仕えとしてローズ公国に来ますか?」


「いいんですか!?」


 フィリスは瞳をキラキラと輝かせて言った。

 私もローレッタも、公国の方では側仕えを選んでないんだよね。


「良かったですねフィリス」


 庭に出てきたセシリアが言った。

 私の側仕えだったセシリアは、我が家の侍女に戻っている。


「はい! 早速、引っ越しの準備をしますね!」


 フィリスはさっきまでとは打って変わって、笑顔で屋敷の中に戻った。


「ミア様、お久しぶりです。ローレッタ様とノエル様も」


 セシリアは淡々と挨拶した。

 私はセシリアをジッと見詰めた。

 私も側仕え欲しいなぁ!!

 セシリアがいいなぁ!!


 私の視線と意図に気付いたセシリアが、少し困った風な表情を見せた。

 分かってるよ、君には家族がいるんだよね。

 ローズ領を離れる気はないんだよね?

 私はたぶん、寂しそうな表情をしたのだと思う。

 セシリアが咳払いしてから、両手を広げた。


「お帰りなさいませ、お嬢様」

「ただいまセシリア!」


 私はセシリアの胸に飛び込んだ。

 ナデナデと、セシリアが私の頭を撫でる。

 あー、やっぱセシリアがいいなぁ!

 要は毎回、瞬間移動で送り迎えすればよくね?

 いやむしろ、セシリア専用ワープポータルを作った方がよくない?

 セシリアの都合で、あっちとこっちの屋敷を自由に行き来できるみたいな。


 私の全能ならそれが可能だけど、問題は創造主様が許すかどうか、ってとこかな。

 セシリア専用だから個人利用で通るかな?

 これ明らかにこの世界にない技術だし、これから先も産まれない技術だと思う。

 いや、今後魔導科学みたいなのが発展したら有り得るかな?

 だとしてもずっと未来の話だろうから、創造主様の世界観に引っかかる可能性もある。

 まぁ直接何か言われたことはないし、アスラの又聞きだけどさ。


「ところでミア様、今日はどうしたのでしょう?」


 セシリアが私から離れて言った。


「目的地は王都なんだけど、先にちょっと寄ったんだよ」


 私はチラッとローレッタを見た。


「フィリスが心配だったのです」


 ローレッタが微笑みながら言った。

 はい可愛い!

 はい優しい!

 可愛くて優しいとか、私の妹は完璧かっ!

 ノエルもそう思うよね!

 私がノエルに視線を送ると、ノエルはキョトンとした。

 伝わらなかったかー。


「なるほど。王都では何を?」とセシリア。


「情報ギルドを使ってみようと思ってね」

「そうですか。ローズ領やローズ公国の諜報機関は使わないのですか?」

「欲しい情報まで手が伸びてない、って感じかな」


 諜報網というのは、ポンと出来上がるものではない。

 今のローズ公国の諜報網よりも、情報ギルドの方が遙かに優秀な諜報網を持っている。


「分かりました。お茶を飲んでから行きますか?」

「そうだね。そうするよ」


 私たちはセシリアの淹れてくれた温かいお茶を飲んでから、王都に瞬間移動した。



「ほう。情報ギルドか! 面白そうだな!」


 ジェイドが楽しそうに言った。

 私たちは王城の中庭に瞬間移動した。

 なぜ王城の中庭だったのかって?

 王都で正確にイメージできるのが、そこだけだったから!

 で。

 中庭ではジェイドが歴史の勉強をしている最中だった。


「いけません王子。今は歴史の授業中ですぞ」


 バーソロミュー・サンズが私を睨みながら言った。

 バーソロミューはジェイドが『ジイ』と呼ぶ60歳ぐらいの男性で、ジェイドの教育係。

 なぜか私のことが大嫌いみたい。


「ジイよ、俺様は過去に興味はないっ! 大切なのは未来だ! 行くぞミア! ローレッタ! ノエル!」


 ジェイドは律儀に全員の名前を呼んでから走り出す。

 私たちは咄嗟にジェイドに続く。


「あー、王子! おのれミア・ローズめぇぇぇ! 我が王子を堕落させおってからにぃぃぃ!」


 バーソロミューの声は怨嗟たっぷりだった。



 私たちは護衛騎士数名に囲まれながら街を歩いている。

 いやー、目立つねぇ。

 ちなみに、情報ギルドの場所は護衛騎士が知っていた。

 情報ギルドというなんとも怪しい名称だが、普通に合法的な組織である。

 税金だって納めている。


 まぁ、情報の収集方法まで合法かどうかは知らないけれど。

 今回、情報ギルドがどの程度有用か、私は見極めたいと思っている。

 使えそうならローズ公国に誘致してもいい。

 ローズ公国の規模では、全世界に諜報網を張り巡らせるのは不可能だしね。


「つ、つまり神殿と喧嘩になりそうだ、と?」


 ジェイドが呆れた表情で言った。

 私はなぜ情報ギルドに行くのか、かいつまんで説明した。


「まぁ端的に言うとそうだね」


 私は肩を竦めた。


「喧嘩というのは控え目な表現ですよ……」とノエル。

「最悪は聖戦ですね」とローレッタ。


「……建国してまだ日が浅いのに、早くも揉めるとは……」ジェイドが言う。「さすがミアだな」


「でもザカライアを助けたからオッケー!」


 私はグッと拳を握って親指を立てた。


「そいつ、行く当てがないなら、俺様が預かってやってもいいぞ?」


「え? ジェイド……そういう趣味が……?」と私。


「違う! 何を言い出すんだミア!?」ジェイドが慌てて言う。「俺様はただ、仕事をやろうと言ってるだけじゃないか!」


「年上のお兄さん好きですか?」とローレッタ。


「違うと言うに!!」

「冗談だよ」


 私が笑うと、ローレッタも一緒に笑った。

 ジェイドはムスーっと頬を膨らませ、ノエルは少し困った風に笑った。


「心配しなくても、うちの国にも仕事ぐらいあるよ」


「そうですよジェイド」ローレッタが言う。「なんならハウザクト王国より豊かになる可能性があります」


「いやいや、公爵領1つだろう? さすがに14公爵領を治める我が国には及ばんだろう」


 ジェイドが言うと、ローレッタがニヤッと笑う。

 そして。


「今は……ね」


 今後、領土が増えそうなことを呟くのであった。

 もちろん、その予定は今のところないよ?

 本当だよ?


「王子、大公」護衛騎士の1人が言う。「情報ギルドに到着しました」


 そこは極めて普通の酒場、って感じの建物だった。

 うん、知ってた。

 ゲームでこの佇まい見たことある。

 その時から思ってたんだけど、西部劇風のスイングドアがイケてる!

 大人の胸の辺りにドアパネルがあって、上下がスカスカで前後どっちにも開くあのドア!


「突撃ぃ!」


 先に入ろうとした護衛騎士の隣を走り抜け、私が先に突っ込んだ。

 ローレッタ、ノエル、ジェイドが続き、護衛騎士たちが慌てる。

 ごめんね!

 スイングドアをどうしてもバァンっと開けたかったの!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る