2話 汚職司祭と狂信助祭


 まぁでも、殺したらさすがに即聖戦だよねぇ。

 私は1度、ゆっくりと深呼吸した。

 私はもう傭兵じゃない。

 私は大公、私は責任ある立場、私は軽々しく戦争しない。


「気に入ったから売って欲しいのだけど?」

「ガーチー?」


 オードリーは酷く驚いた風に言った。

 私だって驚いている。

 正直、奪い取ったっていいんだよ?

 私の感性からすると、子供への性的虐待なんて許せない。

 少年の絶望的な瞳が、合意の上でないことを物語っている。


 とはいえ、この世界ではまだ普通に奴隷とか性奴隷とかが存在している。

 禁止の国も多いけど、神殿は容認している。

 ちなみにハウザクト王国では禁止だけど、神殿の方が立場が上なので、奴隷を連れていても問題ない。

 前世で言うところの外交官特権みたいなのがあるのだ。

 もちろん神殿関係者全員にあるわけじゃないけれど。


「冗談では言わないよ」


 私はポケットに手を突っ込んだ。

 私の服装は、今日も正装である軍服ワンピースだ。


「ふぅん」


 オードリーが値踏みするように私を見た。

 私はとりあえず、金貨を1枚出してテーブルに置いた。


「それじゃあ足りないねぇ」


 ニヤニヤとオードリー。

 足下見やがってぶっ殺……おっと、私は大公、私は大公、使者を殺したりしない。

 私は頬をヒクヒクさせながら、再びポケットに手を突っ込む。

 そして更に金貨を仮創造。


 ふふっ、さっきの金貨も仮創造なんだよね!

 クソ女にお金あげるわけないじゃーん!

 この金貨、3時間ぐらいで消えてなくなる魔力の塊に過ぎないんだよね!

 私は最初の金貨の上に、更に2枚の金貨を置いた。


「あと2枚」とオードリー

「高すぎない?」と私。


 別に痛くも痒くもないけど、ポンポンお金を払ったら怪しいかなって思って。


「嫌なら別にいいのよ? こいつ――」オードリーが振り返って少年を見る。「――ガチで上手いのよ? ガキにしては顔も悪くないし?」


 私は酷くイラッとしたけれど、笑顔を浮かべる。

 若干、笑顔が引きつったけれど仕方ない。

 こいつがうちの国民だったら速攻で逮捕してるけどね、ガチで。

 おっと、オードリーの口癖「ガチ」が移ってしまった。


「あと2枚ね……」


 私はポケットに手を突っ込んで、金貨を2枚、ゆっくりと仮創造。

 やや迷っている風を装ってから、2枚の金貨を3枚の金貨の上に重ねる。


「いいポケット持ってるのねぇ。さすが大公だわ」

「お小遣いは多いんだよ、君よりずっとね」

「わたしのお小遣いも、捨てたもんじゃないわよ?」


 ヘラヘラと笑いながら、オードリーが金貨5枚に手を伸ばす。

 オードリーは金貨を掴んで、乱暴に自分のポケットに突っ込んだ。

 それから、奴隷の少年にあっちに行けと指示。

 奴隷の少年は私の方に寄ってきて、跪いた。

 いきなり跪いたので、私は少しビックリした。


「新しいご主人様よ」オードリーが言う。「挨拶なさい」


「はい。ご主人様、どうか毎晩可愛がってください」


 少年は淡々と言った。

 まるで感情が死んでいるような声音だった。

 私はブチ切れそうになったけれど、短く何度か呼吸して落ち着く。


「立って」


 私が言うと、少年は素直に立ち上がる。


「良い感じでしょ? ガチでしっかり躾けてあるのよ」


 ああ、撃ち殺したいなこいつ。


「隣に座って」と私。


 私が座っているのは横長のソファなので、普通に隣に座れる。

 少年は言われた通り、私の隣に腰を下ろす。

 けれど。

 めっちゃ距離近いんですけど!?

 てゆーか私に貼り付くように座ってますけれど!?

 ちょっとドキドキするけど、私はオードリーとは違うからね!

 今は仕事中、私は大公、責任ある立場、ちょっと顔がいいからって密着されて嬉しいとかそんなこと……あるよね!


「少し離れておくれ!」


 私は両手で少年を軽く押す。

 危うくデレデレしてしまうところだったよ。

 少年は無表情でスッと離れた。

 人間1人分ぐらい、私と距離を取った。

 オードリーはヘラヘラと笑っていた。

 私はコホン、と咳払い。


「それでは本題に入ろうか」

「そうね。さっさとサインして。自分の神殿に帰りたいのよ。まったく、私が1番若いからって仕事を押しつけられてるのよね。面倒臭い」


 若いというのは、この大陸の司祭の中で、という意味だ。

 オードリーの年齢はどう見ても20代の半ば。

 25歳前後。

 本来、その年齢ならまだ助祭であることが多い。

 司祭は各神殿に1人ずつ。


 その神殿の全てを取り仕切る主である。

 だから数はそこまで多くない。

 神殿については軽く調べている。

 もちろん、表向きのことだけね。

 裏側まで調べる時間はなかったと言うか、忙しくて忘れてたんだよね。


「サインはしないよ」

「はぁ?」


 私は両手を広げ、オードリーは顔を歪める。

 オードリーの隣の助祭のお兄さんは「ほら、やっぱり」という表情。


「だいたいさぁ、なんで私らがお金も土地も差し出さないといけないわけ?」


「メリットはこいつが」オードリーが助祭のお兄さんの頭を叩いた。「前に説明したでしょ? ガチで理解できてないわけ?」


「理解はしているよ。神聖連邦に入れるんだろう? 別に入りたくないし」


 それが侵略的な連邦であることは、すでに知っている。

 聖戦と謳えば、加盟国は必ず支援しなくてはいけない。

 そして今までに起こった聖戦のほとんどが侵略戦争だ。


「あとなんだっけ? 教皇様から正当性を保証して貰えるんだっけ? 別にそれも必要ないよ。私を排除なんて誰にできる?」


 教皇が正当性を保証するのは、神殿に従うと誓った王様にのみだ。


「はぁ……」


 オードリーが深い溜息を吐いた。


「神殿を建てるのは、このエーワンゲリウムに住む者たちの義務だ!」


 助祭の兄さんが勢いよく立ち上がりながら言った。

 かなり興奮した様子。

 ちなみに、エーワンゲリウムというのはこの世界の名前だね。

 地球みたいなもん。

 だいたいは略されてエーゲと呼ばれる。

 エーゲ海を思い出すね!

 何の思い出もないけど!

 名前を知ってるだけ!


「あぁ、そういうのタルいわぁ」


 オードリーがやれやれと首を振った。


「司祭様! 全ての国が神殿を建て、ユグドラシル様を讃えるべきです!」

「はいはい、そうねぇ」


 オードリーが私を見る。

 私は肩を竦めて、「でも断る」と言った。


「バカな! こんな吹けば飛ぶような小国風情が!」助祭の兄さんが言う。「我々神殿を敵に回すと!?」


「おっと本音が出たね?」私はニヤッと笑う。「うちの国が公爵領1個の小国だから、強気なだけじゃないか」


 当たり前だけどね。

 神殿の勢力が強力だと言っても、全ての国に対してこんな態度なわけない。

 神殿を建てないなら聖戦だ! なんて大国には言わないはず。


「不敬な! 我々神の使徒に対してなんという態度! 以前から貴様は気に入らなかった!」


 助祭のお兄さんが私をビシッと指さす。


「生きて帰りたいなら――」


 私はさすがにイラッとして、右手に剣を仮創造。

 その剣は見るからに豪華で強そうな聖剣っぽい感じにした。

 威圧感があるかなって思って。


「――あんまり舐めた態度を取るなよ、クソ神殿のクソ神に仕えるクソ野郎め」

「我々に何かあれば! それは即ち聖戦を意味する!」

「上等だよ。聖戦するなら君は敵で、だったら今ここで殺してもいいよね?」

「落ち着きなさいバカ」


 オードリーが溜息混じりに言って、助祭のお兄さんは悔しそうに拳を握りしめた。


「悪かったわ大公」オードリーが言う。「神殿を建てるかどうかは、その国の自由よ。話は終わり。帰るわ」


 オードリーが立ち上がり、そのままスタスタと歩き始める。


「見送りはいらないだろう?」と私。


 オードリーは何も答えなかった。

 助祭のお兄さんは酷く鋭い目で私を睨んでいた。

 うーん、これは聖戦かな?

 オードリーは面倒事が嫌いみたいだけど、助祭のお兄さんは狂信的すぎる。

 私は深い溜息を吐きつつ、剣を消した。


「ご主人様、慰めましょうか?」


 少年がスッと私に寄ってきた。

 きゃーーーーー!!

 君はまぁまぁイケメンだって理解してぇぇぇ!


「そんなこと、しなくていいよ。君はもう奴隷じゃないのだから」


 私はギリギリで理性を保ち、キリッとした声で言った。

 たぶんキリッとしていたはず。

 キリッとしたと思う。

 私の言葉を理解できなかったのか、少年はキョトンと首を傾げた。

  

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