14話 お前も訓練してやろうか!


 キリッとした表情で執務机に座っているお姉様カッコいい。

 こんにちは、ローレッタ・ローズ小公爵です。

 爵位授与式も終わり、忙しくも平和な日々が続いています。

 13月には弟か妹が産まれるので、とっても楽しみですね。


「おや? 神聖連邦からのお手紙ですね」


 あたしは整理していた外交関係の書類や手紙を仕分けしていて、それを見つけた。

 ちなみにここは、あたし、スヴェン、お姉様の3人共同の執務室。

 個人の執務室は別の大臣たちに譲り、あたしたちは3人で意見を交わしながら執務を行うこの部屋に引っ越しました。

 新たな体制に対応するため、城は増改築中です。


「きっとユグドラシル神殿を置け、という内容でしょう」


 スヴェンが内政関連の書類を処理しながら言った。

 あたしは外交、スヴェンは内政、お姉様は軍事の書類を処理することが多いです。


「なるほど。我が国に宗教が必要でしょうか?」

「どうですかな? 神殿があれば、通う者はいるでしょうなぁ」


 この世界に大きな宗教は1つしかありません。

 創世の世界樹であるユグドラシルを崇めるユグドラシル聖教です。

 まぁ、小さい土着の宗教や地域に根付いた中規模の宗教はいくつかありますけれど。

 ついでに悪魔崇拝などの危険な宗教も。

 まぁでも、ユグドラシル聖教と比べたら塵芥みたいなもんです。


「あたしは大公閣下以外が崇拝されるのは嫌ですが……お姉様どう思います?」


 問いながら、あたしはペーパーナイフで神聖連邦からの手紙を開封。


「お姉様?」


 返事がなかったのであたしはお姉様をジッと見詰める。

 まさか寝ているのでは、と思ったのだ。


「……お姉様?」


 反応がない。

 でもお姉様はキリッとした表情で書類を見ている。

 そう、ずっと見ている。

 僅かにも動くことなく。


「【紫電の一撃】」


 あたしはお姉様に雷撃を喰らわせた。


「ローレッタ様!?」


 スヴェンがものすごく驚いた表情で言った。

 そりゃ、執務室でいきなり攻撃魔法を使ったのだから、驚くのも無理はないですね。

 さて電撃を受けたお姉様はというと。

 綺麗さっぱり消え去ってしまいました。

 そう、最初からそこにいなかったかのように。


 ええ。

 比喩ではありません。

 いなかったのです、お姉様は。

 質量のある幻だけを置いていたに過ぎないのです。

 だんだんと仕事のサボり方が巧妙になっています!


「お姉様が、お姉様が……」


 あたしはワナワナと震えながら、なんとか理性を保とうとしたのですが、無理でした。


「逃げましたぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! お姉様がまた!! 逃げましたぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 探せぇぇぇぇぇぇ!! 大公閣下を探せぇぇぇぇぇぇ!!」


 あたしは執務室を飛び出し、叫び回りました。

 ローズ公国は建国したばかりなので、今はすごく忙しいのです。

 それはもう、目が回りそうなぐらい、忙しいのです。

 おかげで訓練する時間が極端に減ってしまいました。

 あたしは耐えられるのですが、お姉様は無理みたい。

 今日みたいに抜け出してはどこかで訓練しているのです。

 お姉様は本当に、訓練中毒なんです!



「未来のローズ軍諸君! 敬礼せよ! 私が大公のミア・ローズだ!」


 私は瓦礫の上に立って、そう叫んだ。

 そうすると、私の前に並んでいる子供たちがビシッと敬礼する。

 ここはローズ公国のスラム街。

 ローズ領にはなかったけれど、ローズ公国にはスラム街がある。

 早急になんとかしなければ、というわけで私は度々視察に訪れている。

 すでに急ピッチで街並みを整え、孤児院を建設し、とスラム街の再開発が進んでいる。


「よろしい諸君! それでは今日の訓練を始めるっ!」


 私は戦闘服姿で、声を張る。

 ちなみに孤児院の敷地内だ。

 私は視察に訪れる度、子供たちを訓練している。

 そう、彼らは未来の優秀な兵士なのだ。

 もちろん、私は強引に無理やり訓練を施しているわけではない。

 兵士になりたい、強くなりたい、という意思のある子供たちとだけ訓練している。


 しかしながら、スラム街の無職の大人たちは全員ローズ公国軍に放り込んだ。

 彼ら的には仕事が貰えて嬉しい、という感じだった。

 まぁそれはそれとして、私は子供たちとストレッチして筋トレして、更に近接格闘術を教える。

 そうしていると、ローズ公国の騎士が数名走って来た。


「閣下を発見したぞぉ!」

「小公爵様に連絡しろぉ!」

「閣下はやはりここだったぞぉ!」


 あ、ヤバい。

 訓練の途中なのに連れ戻されるパターンだね!

 私、大公なのになぜかみんなローレッタの言うことを聞くんだよね!

 不思議!


「諸君! あとは自習だよ!」


 私は騎士たちと帰ることにした。

 子供たちは肩で息をしながらも、笑顔で手を振ってくれる。


「サボったら分かるからね?」


 私も笑顔を浮かべる。

 子供たちの笑顔がなぜか少しだけ引きつった。

 まさか、サボるつもりだったの!?

 この子たちは訓練大好きだと思ってたのにっ!


 お城に戻ったらローレッタの雷が落ちた。

 もちろん比喩ではないっ!

 もう一度言う、比喩ではない!

 私はちょっとビリビリしながら書類仕事を頑張った。



 13月に弟が産まれたので、私とローレッタは久しぶりに実家に帰った。

 ゲームのシナリオや設定はもう完全に消えてしまったみたいね。

 私に弟なんていなかったからね。

 これだけ設定いじり回しても、元に戻るような様子はない。

 この世界は本当に現実なんだなぁって思った。

 つまり、私がハウザクト王国を支配しても、上手くやればバッドエンドにはならないってこと。


「可愛いですね!」


 ローレッタが嬉しそうに言った。

 ベビーベッドでは私たちの弟が眠っている。

 私は可愛いものが好きだけど、赤子はそうでもない。

 別に嫌いなわけじゃなくて、縁がなかったから可愛いかどうか分からない。


 見た目が可愛いだろうって?

 そうかなぁ?

 ローレッタの方が可愛いと思う。

 3歳ぐらいなら見た目で可愛いけどね。

 産まれたばかりは、ちょっとね。

 捻ったら死にそうだし。

 ローレッタは弟の頬をプニプニと優しく突いていた。


 むしろローレッタが可愛い!

 赤子と戯れるローレッタが可愛いよ!

 写真に収めたいぐらい!

 この光景を切り取って額に入れて飾って、実家に戻った時にそれを見て「ああ、私の妹はこんなに素敵」とかって悦に入りたいっ!

 自分でも何言ってるのかよく分からないけども!


「お姉様! とっても柔らかいですよ!」

「ふむ。じゃあ、ちょっと触ってみようかな」


 私は恐る恐る、殺してしまわないように、ゆっくり優しく手を伸ばす。

 力加減を間違えたら速攻で死んでしまいそうでマジ怖い。

 そしておっかなびっくり、人差し指で弟の頬に触れた。

 ふにゃん、ってなった。

 おおおおおおお!?

 なんだこの感触は!!

 綺麗なお姉さんのおっぱいよりもスベスベでフニャンだぞ!!


「ね!?」とローレッタ。


「新たな境地を発見した気がする!」


 私は楽しくなってプニプニと何度も頬を突っついた。

 どうやらこのぐらいの力なら死なないようだね!

 しばらく頬をツンツンしていると、弟が泣き出した。

 それはもう、酷い声で泣き出した。


 この世の終わりでも訪れたのかと思うぐらいの勢いで泣きわめいた。

 ああああああ、なぜ泣くんだぁぁぁあぁぁ!!

 私が何をした!?

 あ、ほっぺたをツンツンしたけれども!


「私はお姉ちゃんだよ!?」


 私は焦ってキョロキョロした。

 母のジュリアがニッコリと微笑んでから、弟を抱き上げる。

 そうすると、弟はすぐに泣き止んだ。

 おのれ、このマザコン野郎め。

 貴様、大きくなったら私が訓練して強くしてやるからな。

 ちょっと突かれたぐらいで泣かないように、この世界で生きていけるように、私が最強の兵士……じゃなかった公爵令息にしてあげるからね!

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