7話 それじゃあ魔界に散歩に行こう


「さて諸君。チムールが死んだから、次の王はマルティンだね。そして私はマルティンの妻候補。どうする? 王の報復をするかね?」

「……さっきの見て、誰が報復するの?」


 ラセークが小さく首を振った。

 騎士も兵士も、誰も武器を拾わなかった。


「はい! じゃあ解散!! 普段の持ち場に戻って、マルティンの指示を仰げ!」


 しかし誰も動かない。

 私は【漆黒の巨人の手】を連続で使用。

 地面から大量の黒い手が生える。


「ほら! 解散しないなら潰しちゃうぞぉ! 虫みたいにプチッといっちゃうよ!?」


 黒い手をグーパーグーパーさせると、「引き返せぇ!」と司令官らしき奴が言った。

 そしてみんな、弾かれたように元来た道を引き返す。

 私は溜息を吐いてから、黒い手を全部消す。


「……ふぅん。ミアって、優しいんだね……」

「そう? 普通じゃない?」


「うーん?」ラセークが首を傾げる。「あたしなら、あたしたちなら、実際に何人か……プチってするかも?」


「あたしたち?」


 てゆーか、ラセークってどこの所属?

 チムールの侍女だと思ったけど、違う気がする。

 冷静すぎると言うか、チムールに対して何の感慨も抱いていないように見える。

 まぁ、だから私は拳銃を消してないのだけれど。


「……誰もいないし、言っちゃっても、いいかな……」


 ラセークはキョロキョロと周囲を見回した。

 馬車の御者が残っているけれど、ラセークは気にしていない様子。


「あたし、《月花》のイーナ・クーセラ」


 はい出たぁぁぁぁ!!

 魔王の軍団出たぁぁぁぁ!!

 しかもイーナ・クーセラは軍団の初期メンバーで、隠密機動隊長!

 情報収集、偵察、暗殺なんかのプロフェッショナル。


「……何の任務中?」と私。


 傭兵が何の任務もなく、趣味で侍女をしているはずがない。


「……え? 分からないの?」


 ラセーク改めイーナはちょっとガッカリした風に言った。


「いや分かるよ!? 分かるけどね!? 聞くのが礼儀かなって!」


 悪魔関連に決まってるよね!

 それ以外、ホーリエン王国に特別なことは何もない。


「悪魔の……情報を、取れるだけ……」

「うん! そうだろうね! そうだと思った!」

「……ミアは……これから、どうするの?」

「うん? もちろんオスカルをぶっ殺しに行くよ? 私ら姉妹を拉致した上、ローレッタを殴ったんだから許すわけない」


 チムールみたいな優しい殺し方はしない。

 もう少し痛めつけてから殺してやる。


「……白亜の塔に、案内する……から、チヌーク、乗せて?」


 イーナがキラキラとした瞳で言った。

 キラキラしていても鋭い目付きだ。

 まぁ、私としても早くローレッタに会いたいし、議論するのも面倒だから頷く。

 そして即座にチヌークR型を仮創造。


「おぉ……!」


 イーナが嬉しそうに両手を握った。

 いわゆるガッツポーズの小さい版。

 私は馬車の御者に、戻って良いと伝える。

 私は大丈夫だから、と。

 そうしていると、イーナが水晶を回収。

 あれ? 


「イーナの持ち物なの?」

「……違うけど?」

「違うの!? すっごい自分の物みたいな顔して持ち上げたよね!?」

「これは戦利品として……持ち帰る」


 私も若干、欲しかったけどまぁいいか。

 とりあえず私とイーナはチヌークに乗り込む。

 魔力操作でチヌークを始動させ、上昇させる。


「おぉ……! 鉄が、浮いてる……!」


 イーナは嬉しそうに窓から外を見ていた。

 自動操縦でホーリエン城を目指して移動を開始。

 イーナはとっても喜んでいたが、30分後には飽きていた。


「……ゴジラッシュより、遅い……」


 イーナは副操縦士席の計器類を好き勝手にいじり回している。

 でも問題ない。

 計器類はだいたい飾りなんだよね。

 全部私の魔力操作だし、今は自動操縦中だし。


「……バタバタうるさいし……。ゴジラッシュの方が、いい」


 ブツブツと文句を言うイーナ。

 叩き落としてやろうかな!


「はぁ、見た目も……ゴジラッシュの方が100倍はカッコいいし……」


 チヌークもカッコいいよ!?

 私はチヌークのずんぐりした感じ好きだよ!


「どうせ……熱線も吐けないんでしょ?」

「輸送ヘリに熱線を求められても困るけどね!」

「やっぱり、ゴジラッシュこそが……空の王様」

「そうかもしれないけど! でっかいしねゴジラッシュ!」

「ダメ……ゴジラッシュは、あげない!」

「いらないよ!? 欲しいけどね! でもうちでは飼えないから!」


 ドラゴンを飼いたいと言ったら、みんな反対するんだよね。

 そんな感じで、私とイーナは不毛な会話を繰り返し、やっとホーリエン城が見えてきた。

 同時に、白亜の塔も分かってしまった。

 白い塔が建ってるんだもん。

 アレが白亜の塔じゃなかったら何なのかってぐらい、見たまんまだった。



 白亜の塔の一室に、ローレッタは監禁されていた……らしい。

 らしいというのは、ローレッタがそう言ったから。


「お姉様!」


 ローレッタが私に抱き付く。

 私もローレッタをギュッと抱き返した。

 ここは白亜の塔ではなく、ホーリエン城の謁見の間。

 私が到着した時、すでにローレッタが1人でお城を制圧していた。

 うん。

 ローレッタ、ホーリエン城を制圧しちゃってた!

 おっかしいなぁ!

 助けに来たはずなのになぁ!


「とりあえず、事情は聞きました」


 ローレッタが私から離れ、視線でマルティンを示す。

 マルティンは正座していた。

 マルティンだけでなく、ホーリエン城の関係者たち数人が、この謁見の間で正座している。


「よしよしローレッタ」


 私がローレッタの頭を撫でると、ローレッタは気持ちよさそうに目を瞑った。

 可愛い!

 はい可愛い!

 それはそうと、正座している連中がみんな震えている。


「大丈夫かい?」と私。


「……ローレッタ嬢のあまりの凶暴さに……」


 マルティンが震える声で言った。

 ローレッタがマルティンを睨むと、マルティンはサッと目を逸らした。


「それでローレッタ、監禁されてたんじゃないの?」


 水晶に映ったローレッタは、手足を拘束され、私と同じチョーカーをしていた。


「それが、悪魔のオスカルが途中で魔界に帰ったんです」ローレッタが言う。「契約した相手が死んだので、こっちに滞在する理由がないと」


 なるほど。

 契約者が死ぬと、離れていても分かるシステムなのか。

 その時にローレッタのチョーカーも回収したわけだね。

 そして魔法を封じるチョーカーがなければ、ローレッタは枷ぐらい壊せる。

 解き放たれたローレッタは、とりあえずお城を制圧した、と。


「お城の制圧は思ったより楽勝でした」ローレッタがニコニコと言う。「監禁されていた塔から抜け出し、こっちに移動して、とりあえず行く手を阻む者には電撃を喰らわせて――」


 ローレッタが電撃と言うと、正座している連中がビクッと大きく身を竦めた。


「――迅速に処理しました。あ、気絶させただけで、殺してはいないです。そして偉い人がいるであろう謁見の間に到達したあたしは、話し合いの前にそこにいる全員に電撃を与えましたね。ですからその後の話し合いはとってもスムーズでした」


「素晴らしい!!」


 私はローレッタの頭を全力で撫でた。

 ローレッタは嬉しそうに私に抱き付く。

 しばらくイチャイチャとしたあと、ローレッタが私から離れる。


「あの悪魔野郎も黒焦げにしてやりたかったんですけど、魔界に逃げられては、あたしには追いかける手段がなかったので……」


 ローレッタは少し残念そうに言った。


「それは残念だね。まぁ、追うけどね! 魔界に帰ったぐらいで私ら姉妹から逃げられると思ってもらっちゃ困る! そしてきっちり命で償ってもらわなきゃね!」


 私は【全能】を使って魔界への扉を開こうとした。

 でも魔法が発動しない。

 魔力が足りないのだ。

 私は一旦、青ポを創造して飲んだ。

 それでも魔法は発動しない。

 あっれー?

 魔界への扉って、そんなに多くの魔力が必要なの?

 私の魔力、1200オーバーなのに、それでも足りないと。

 1000あれば瀕死のケガも治せるのにっ!


「……貸そうか? 魔力……」ずっと黙っていたイーナが言った。「条件は……あたしも、魔界に……連れて行くこと」

 

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