8話 魔界の空は割と普通


「誰ですか?」


 ローレッタが怪訝な表情でイーナを見た。


「……うーん? もう、言っても……いいかな。どうせ、ホーリエンに……用ないし」


 イーナは悪魔の情報収集が仕事だった。

 その悪魔が魔界に帰ってしまったので、もうここに用はない。

 それに、《月花》と仲違いしたチムールもすでに死んでいる。

 イーナの正体をバラしても何の問題もない状況である。

 しかしイーナはローレッタに顔を寄せ、そっと耳打ちした。

 言ってもいいけれど、みんなに聞かせる必要もない、って感じかな。

 基準がよく分からないけど、まぁイーナはちょっと頭がアレだもんね。


「ミア……親友のあたしに、失礼なこと……考えたでしょ?」


 ジトーっとイーナが私を見た。

 くっ、さすが団長の団員!

 アスラの部下!

 表情とか読んでくるねぇ。


「ミア」マルティンが私を呼ぶ。「父は……」


「約束通り、殺したよ。今日から君が王だよ。好きなように、慣習を破壊するといい」


 私が言うと、マルティンは酷く驚いた風に目を丸くして、それから微笑んだ。

 おや?

 その微笑みは、ちょっと可愛いかも。

 すごく嬉しそうな笑みで、なんだか親愛が籠もってるようでもあり、少しくすぐったいけれど、心地よい。


「ありがとうミア。まずは新たな王として、君に、君たち姉妹に正式に謝罪を……」


「では領土の割譲を」ローレッタが言う。「ローズ領の真南の公爵領を1つ。それで手打ちにしましょう」


 おおう!

 公爵領を奪い取るとは!

 まぁ、それだけのことを、ホーリエン王国は私らにしたけどね。

 でも公爵領を奪うって発想は私にはなかったね!

 領土を拡大して世界征服したいローレッタは、チャンスを逃さないってことだね!


「分かった」マルティンが言う。「正式な手続きを踏むから、少し時間を貰えると嬉しい」


 そりゃそうだよね。

 明日いきなり、はい領土あげる、とはならない。


「いいでしょう」ローレッタが言う。「なるべく急いでください」


 マルティンが頷き、立ち上がる。

 そして深くお辞儀した。


「本当にありがとうミア」マルティンが言う。「これで僕は、弟妹を殺さなくて済む」


「いいさ。王様頑張ってね。私らはオスカルに報復しに行ってくる」

「逃げた悪魔を、わざわざ追うのかい、君は」

「もちろんだよマルティン。私らに手を出して、元気に生きてられちゃ困る。舐められるのは嫌いだし、それに私のローレッタを殴ったんだから、死をもって償わせないと」


 言いながら、私はローレッタの頬に回復魔法を使用。

 ローレッタが「お姉様……大好き」とウルウルした瞳で私を見た。


「姉妹で……イチャイチャしてないで、行こう……」


 私は右手をイーナの方に差し出す。

 イーナが私の手を握る。

 瞬間、とんでもない量の魔力が流れて来た。

 おおおおお?

 ちょっと待ってイーナ、何この量!?

 化け物か何かなの!?

 軽く私の魔力量の2倍とかなんだけど!?

 分けてくれた量で、だ。


「……何?」とイーナ。


「ねぇ、イーナって、《月花》で」私は小声で言う。「何番ぐらいの魔力量なの?」


「え? うーん?」イーナが首を傾げる。「1番はぶっちぎりで、団長。2番はティナで、3番は【守護者】かな……。で、マルクスが4番? あたしは5番よりは後ろ……。でも正確には……分からない」


「そっか」


 でも割と上の方なんだね!

 良かった。

 まぁ隠密機動隊長だもんね!

 魔力量は平均値です、とか言われたら泣くよ私!


「あたしの魔力もどうぞ」


 ローレッタが右手を出したので、私は左手でローレッタの手を握る。

 ローレッタの魔力も私の中に流れてきた。

 自分の分も合わせて、今の私の魔力量は4500ぐらいはあるかな。

 正確に計測したわけじゃなくて、体感だから誤差はあるだろうけど。

 さすがに、これだけあれば魔界への扉も開けると思う。

 でも念のため、青ポを作って床に置く。


 ローレッタが繋いでいない方の手で、その青ポを拾った。

 私が目的を明確にし、イメージを固めると、魔法陣が発動。

 目の前に古びた重厚な両開きの扉が出現。

 扉の色は真っ赤である。

 扉は閉じた状態だったけれど、ギギッーっと妙な音を立てながらゆっくり開いた。


 うおっ!

 魔力が4000ぐらいゴッソリ持って行かれた。

 こんなに魔力使うの!?

 ちょっと舐めてたかも。

 ぶっちゃけ、維持するの2分も保たないぐらいかも。

 私はローレッタ、イーナと繋いだ手を離し、急いで扉の中へ。

 ローレッタとイーナも続く。

 全員が扉を抜けたことを確認してから、扉を消す。


 ローレッタが私に青ポを渡す。

 私は一気に青ポを飲む。

 何回飲んでも美味しくない。

 まぁ、慣れたけれども。

 私は青ポを2つ創造し、ローレッタとイーナに渡す。

 とりあえず、自分の分も創造。


 何があるか分からないし、全員の魔力量を全快にしておくのがセオリー。

 ローレッタは嫌そうな顔を一瞬だけ浮かべたが、すぐに青ポを飲み干す。

 さてイーナは飲めるかな?

 とか思っていると、イーナは眉1つ動かさずに青ポを飲んだ。

 あっれー?

 味を感じないとか?


「……何?」とイーナ。


「いや、青ポ、どう?」

「……別に? 美味しくはないけど……」


 やっぱ不味いんだね。

 あまりにも表情が動かなかったから、ビックリしちゃったよ。


「しかしお姉様」ローレッタが周囲を見回しながら言う。「魔界と言っても、割と明るいですね」


 そう。

 そうなのだ。

 想像していた魔界と少し違うのだ。

 私はもっとこう、薄暗くて、血の臭いがして、殺伐とした惑星を想像していたのだけれど、ここは私たちの惑星と大差ないように思えた。

 雲の色も白いし、空の色は青い。

 少し薄暗い感じはあるけれど、思ったよりずっと明るい。


「……普通だね……」


 イーナは少しガッカリしている様子だった。


「おや? 人が空を飛んでいるね」


 私の視線の先の空で、大人数が飛んでいた。

 そいつらは私らの方へと向かって飛行している。


「人ではなく、悪魔だと思いますお姉様」

「ああ、そうだったね」


 見た目はもうほとんど人間である。

 悪魔の団体さんたちは、私たちの前に降り立った。


「人間だ」「人間だ」「本物だ」「願いを叶える?」


 悪魔たちが口々に言った。


「殺そう」「殺そう」「食べてみよう」「美味しいかな?」


 段々と、彼らの発言が不穏に。


「寿命は?」「願いは?」「でも食べるのもアリかも」


 なしだよバカ。

 たぶん、下級悪魔の群れだね。

 なんか頭が悪そうなんだもん。



 イーナが突然何かをした。

 それが何か、私には分からなかった。

 イーナの周囲で赤い魔力が螺旋を描き、そして衝撃波が発生。

 私とローレッタは咄嗟にガードして踏ん張ったので、吹っ飛んだりはしなかったけれど、ビックリした。


「……どうかな?」イーナが言う。「悪魔は……魔力量が、全て……って話だけど?」


 イーナの周囲には今も視認できるレベルの赤い魔力が漂っている。

 私は視線を悪魔の団体さんたちに移す。

 彼らはすぐに跪いた。


「……ふぅん」


 イーナが元の状態に戻る。

 何、今の。


「上級悪魔」「上級悪魔並」「刃向かったら死ぬ」


 下級悪魔の群れは、酷く怯えている様子だった。

 イーナの言葉通り、魔力量が全て、というわけか。


「あたしは……ここで、悪魔生体調査を……する」


 イーナの鋭い瞳がキラリと輝いた。

 大丈夫?

 悪魔たちバラバラにされるんじゃない?

 いや、別に私が悪魔の心配をする必要はないのだけれど。


「帰りに……拾って」とイーナ。


「いや、私も興味あるから、悪魔たちと少し話すよ」


「いいですね!」ローレッタが私に同意する。「今後、世界征服に役立つかもしれません!」


 おおうっ。

 ローレッタの世界征服への情熱はどこから来るのだろう?

 まぁいいけどさ。

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