6話 復活のミア・ローズ
翌日の朝。
チムール、ラセークの2人が牢の前に現れた。
ラセークって王の侍女なんだね。
まぁ、たぶん正体は隠密ってやつだと思うけど。
チムールがジッと私を見詰める。
「それで?」私が言う。「私にどうして欲しいんだい王様? 見詰めるだけじゃ分からないよ?」
◇
ああ!
噛み付いた!
水晶に映っているローレッタがオスカルの腕に噛み付いた!
さすがローレッタ!
オスカルが必死に腕を振っているが、ローレッタは離れない。
肉を食いちぎる勢いだね。
「何をしているのだ……」
水晶を見たチムールが呆れた風に言った。
「てか、なんでローレッタまで攫ったの?」と私。
「貴様が手に負えんとオスカルから進言があったのだが……」
要するに私に対する人質ね。
悪くない案だね。
傭兵だった頃の私なら、人質なんか気にしない。
でも今の私は公爵令嬢だし、ローレッタのことも大好き。
つまり、それなりに効果があるってこと。
そう、私を怒らせるっていう効果がね。
と、水晶の中でオスカルがローレッタをぶん殴った。
それでローレッタがオスカルから離れる。
私は瞬間的にブチ切れそうになった。
てゆーか【全能】が使えたら今この瞬間にチムールもオスカルも殺してる。
でも今の私は【全能】が使えない。
よって、かつての、傭兵だった頃のように私は顔色を変えなかった。
一切、感情を顔には出さない。
ちくしょう。
私の、可愛い、妹の顔を、
あのクソ悪魔野郎が殴りやがった。
絶対殺す。
たとえ逃げても魔界の果てまで追いかけて殺してやる。
水晶の中のオスカルが何か言って、そして姿を消す。
同時に、牢の前にオスカルが現れた。
こっちに魔法で移動したみたい。
ラセークが水晶を持って少し下がった。
あの水晶も魔道具ってやつかな?
「クソ、なんて凶暴な令嬢なんでしょうね、姉も妹も……」
オスカルは酷く苦々しい表情で言った。
「オスカル、ワシらは南を攻める。貴様はしっかりとあの狂犬令嬢を見張っていろ」
そして騎士たちが地下牢にやってきて私の鎖を外す。
騎士の1人が私を担ぎ上げて、私の手足を拘束したまま馬車に突っ込んだ。
なぜかラセークが私の世話係として同乗した。
オスカルはローレッタを見張るために移動。
マルティンは留守番のようだ。
で。
アッと言う間にホーリエン軍が集結し、私を乗せた馬車と一緒に南へと移動を開始。
「……ずっと準備してただけあって、良い感じの、電撃戦になりそう……」
ラセークが邪悪に笑った。
この侍女、絶対に悪人だよね?
「お腹空いたんだけど?」と私。
「……はいこれ」
ラセークはどこから出したのか、お菓子を私の口の中に放り込んだ。
更にこれまたどこから出したのか、皮革水筒の水も飲ませてくれた。
一応、私には優しいみたいで良かった。
さすが自称親友。
「なんで私のこと、親友って言ったの?」
「……え?」
「いや、え? じゃなくて、最初に会った時、言ったよね?」
「うん。言った……。あたしたち、親友」
「違うよ!?」
やっぱこの侍女、頭がいっちゃってるのかも!
私の否定に、ラセークがコテンと首を傾げる。
首を傾げても目付きが悪くて邪悪に見えるなぁ!
「でも……あたしは、ミアのこと、いっぱい知ってる……」
「だとしても!! 私はラセークのこと知らないんだけど!?」
いや、そりゃラセークは私を拉致した側の人間だし、私についてある程度は知ってるだろうさ。
でもね?
それは親友とは言わない!
「……今はまだ正体は明かせないけど、あたし実は侍女じゃない……」
「そうだろうね! 君みたいな侍女がいてたまるかっ! 隠密、つまり特務部隊か何かだよね!?」
今の任務は私の監視でしょ!?
「ミアみたいな令嬢も……いてたまるかっ、ってあたしは思うけど?」
「あああああ! そうかもしれないけど! けど!」
「……けど?」
「……いや、もういいかな」私は溜息を吐いた。「疲れるし、目的地まで大人しくしておくよ」
私の見立てじゃ、ラセークはオスカルより強い。
これは、逃げるのに骨が折れそう。
まぁ、【全能】さえ戻れば、なんとかなる。
たぶん。
◇
約3日間の移動で、ホーリエン王国南の国境に到達。
この世界の馬車は速度や休憩回数にもよるけど、1日で100キロ前後の移動が可能。
今回はほとんど休憩もなかったし、首都から300キロ以上は南下している。
私はゲッソリしていた。
ずっと馬車の中だし、拘束されているし、正直疲れた。
ああ、ローズ領の屋敷に帰りたいなぁ。
そんなことを考えていると、騎士が乱暴に馬車のドアを開いた。
そして偉そうに「降りろ」と命令。
私は溜息を吐きながら従う。
馬車の外に出て、私は最初に身体を伸ばし、次に深呼吸。
ラセークも同じように身体を伸ばしていた。
馬に乗ったチムールが私に寄ってくる。
「これから首輪を外してやる」
「それは、ありがたいね」
「その後、ワシらは敵国の領内に入る。貴様は出てきた敵兵を蹴散らすのだ」
「了解」
「刃向かうなよ? 妹が人質であることを忘れるな?」
チムールが言うと、ラセークが馬車の荷物入れから水晶を出す。
水晶にはオスカルとローレッタが映っている。
ああ、可哀想なローレッタ。
3日経過しても、相変わらずブチ切れてる!
チャンスがあれば何度でも噛み付く所存だね!
「今後、反ホーリエン同盟に加盟している全ての国を征服する。貴様が【全能】でワシらの道を開け」
「了解」
「よし」チムールが右手の人差し指を私の首に向ける。「解除」
瞬間、首のチョーカーが消える。
「どれどれ」
まず私は水晶を暗闇で覆った。
向こうがこっちを見られないように。
あるいはこっちは見えないのかもしれないけど、念のため。
何気に通信手段っぽいし、無力化しておいて損はない。
次に私は【漆黒の巨人の手】という魔法を使用。
その名の通り、巨大な黒い魔力の手が出現し、チムールをガシッと握る。
握っただけで、まだ殺してはいない。
速攻だったので、誰も反応できなかった。
チムールは驚愕の表情を浮かべている。
「よし、【全能】は復活したみたいだね」
私がニヤリと笑う。
ラセークが水晶を置いて、笑顔で拍手。
あれ?
私の味方なの?
「貴様! 王を離せ!」
騎士たちと兵士たちが武器を構える。
私は黒い手をブンブンと振ってみた。
もちろん、チムールを握ったまま。
「武器を捨てたまえ」
私が言うと、騎士も兵士も酷く困惑した様子だった。
武器を捨ててもいいのか、捨てるべきなのか、迷っているのだ。
「何度も言わせないでね?」
ギュッと黒い手が力を込めると、チムールが絶叫した。
チムールの身体中の骨が砕けて、内臓が潰れたのだ。
騎士と兵士が即座に武器を捨てる。
私はチムールに回復魔法をかけた。
今の私の魔力量なら、致命的な損傷だって治せる。
そして青ポを創造して飲む。
これで魔力は全快。
何度でも同じことが可能。
「き、貴様、妹が……」
「それで?」私が凶悪に笑う。「どうやってオスカルと連絡を取るんだい? 水晶は暗闇のままだよ? 連絡取れるならどうぞ?」
私は再びギュッとした。
チムールが断末魔のような悲鳴を上げる。
そして回復。
私は青ポを飲む。
同じことを5回繰り返した。
「さてチムール。私の妹はどこだい?」
「白亜の塔……」
チムールは抵抗する気力を失い、死んだ魚みたいな目で言った。
「よろしい。素直だったから楽に殺してあげよう」
私は右手に『H&K SFP9』を仮創造。
拳銃である。
「私を拉致したり、私の妹を拉致するなんて、実に愚かだね」
私の【全能】が目的なら、必ずチョーカーを外すことになる。
だったら、こうなるに決まってる。
あは。
「脅迫者には地獄を見せる。私の身内を傷付けたらくびり殺す。うちの領地を攻めたら徹底的に蹂躙する。私らに手を出したこと、地獄で嘆け」
私はチムールの額を撃ち抜いた。
それから黒い手を消す。
チムールの身体が地面に落ちた。
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