6話 復活のミア・ローズ


 翌日の朝。

 チムール、ラセークの2人が牢の前に現れた。

 ラセークって王の侍女なんだね。

 まぁ、たぶん正体は隠密ってやつだと思うけど。

 チムールがジッと私を見詰める。


「それで?」私が言う。「私にどうして欲しいんだい王様? 見詰めるだけじゃ分からないよ?」



 ああ!

 噛み付いた!

 水晶に映っているローレッタがオスカルの腕に噛み付いた!

 さすがローレッタ!

 オスカルが必死に腕を振っているが、ローレッタは離れない。

 肉を食いちぎる勢いだね。


「何をしているのだ……」


 水晶を見たチムールが呆れた風に言った。


「てか、なんでローレッタまで攫ったの?」と私。


「貴様が手に負えんとオスカルから進言があったのだが……」


 要するに私に対する人質ね。

 悪くない案だね。

 傭兵だった頃の私なら、人質なんか気にしない。

 でも今の私は公爵令嬢だし、ローレッタのことも大好き。

 つまり、それなりに効果があるってこと。

 そう、私を怒らせるっていう効果がね。


 と、水晶の中でオスカルがローレッタをぶん殴った。

 それでローレッタがオスカルから離れる。

 私は瞬間的にブチ切れそうになった。

 てゆーか【全能】が使えたら今この瞬間にチムールもオスカルも殺してる。

 でも今の私は【全能】が使えない。


 よって、かつての、傭兵だった頃のように私は顔色を変えなかった。

 一切、感情を顔には出さない。

 ちくしょう。

 私の、可愛い、妹の顔を、

 あのクソ悪魔野郎が殴りやがった。

 絶対殺す。


 たとえ逃げても魔界の果てまで追いかけて殺してやる。

 水晶の中のオスカルが何か言って、そして姿を消す。

 同時に、牢の前にオスカルが現れた。

 こっちに魔法で移動したみたい。

 ラセークが水晶を持って少し下がった。

 あの水晶も魔道具ってやつかな?


「クソ、なんて凶暴な令嬢なんでしょうね、姉も妹も……」


 オスカルは酷く苦々しい表情で言った。


「オスカル、ワシらは南を攻める。貴様はしっかりとあの狂犬令嬢を見張っていろ」


 そして騎士たちが地下牢にやってきて私の鎖を外す。

 騎士の1人が私を担ぎ上げて、私の手足を拘束したまま馬車に突っ込んだ。

 なぜかラセークが私の世話係として同乗した。

 オスカルはローレッタを見張るために移動。

 マルティンは留守番のようだ。

 で。

 アッと言う間にホーリエン軍が集結し、私を乗せた馬車と一緒に南へと移動を開始。


「……ずっと準備してただけあって、良い感じの、電撃戦になりそう……」


 ラセークが邪悪に笑った。

 この侍女、絶対に悪人だよね?


「お腹空いたんだけど?」と私。


「……はいこれ」


 ラセークはどこから出したのか、お菓子を私の口の中に放り込んだ。

 更にこれまたどこから出したのか、皮革水筒の水も飲ませてくれた。

 一応、私には優しいみたいで良かった。

 さすが自称親友。


「なんで私のこと、親友って言ったの?」

「……え?」

「いや、え? じゃなくて、最初に会った時、言ったよね?」

「うん。言った……。あたしたち、親友」

「違うよ!?」


 やっぱこの侍女、頭がいっちゃってるのかも!

 私の否定に、ラセークがコテンと首を傾げる。

 首を傾げても目付きが悪くて邪悪に見えるなぁ!


「でも……あたしは、ミアのこと、いっぱい知ってる……」

「だとしても!! 私はラセークのこと知らないんだけど!?」


 いや、そりゃラセークは私を拉致した側の人間だし、私についてある程度は知ってるだろうさ。

 でもね?

 それは親友とは言わない!


「……今はまだ正体は明かせないけど、あたし実は侍女じゃない……」

「そうだろうね! 君みたいな侍女がいてたまるかっ! 隠密、つまり特務部隊か何かだよね!?」


 今の任務は私の監視でしょ!?


「ミアみたいな令嬢も……いてたまるかっ、ってあたしは思うけど?」

「あああああ! そうかもしれないけど! けど!」

「……けど?」


「……いや、もういいかな」私は溜息を吐いた。「疲れるし、目的地まで大人しくしておくよ」


 私の見立てじゃ、ラセークはオスカルより強い。

 これは、逃げるのに骨が折れそう。

 まぁ、【全能】さえ戻れば、なんとかなる。

 たぶん。



 約3日間の移動で、ホーリエン王国南の国境に到達。

 この世界の馬車は速度や休憩回数にもよるけど、1日で100キロ前後の移動が可能。

 今回はほとんど休憩もなかったし、首都から300キロ以上は南下している。

 私はゲッソリしていた。

 ずっと馬車の中だし、拘束されているし、正直疲れた。

 ああ、ローズ領の屋敷に帰りたいなぁ。


 そんなことを考えていると、騎士が乱暴に馬車のドアを開いた。

 そして偉そうに「降りろ」と命令。

 私は溜息を吐きながら従う。

 馬車の外に出て、私は最初に身体を伸ばし、次に深呼吸。

 ラセークも同じように身体を伸ばしていた。

 馬に乗ったチムールが私に寄ってくる。


「これから首輪を外してやる」

「それは、ありがたいね」

「その後、ワシらは敵国の領内に入る。貴様は出てきた敵兵を蹴散らすのだ」

「了解」

「刃向かうなよ? 妹が人質であることを忘れるな?」


 チムールが言うと、ラセークが馬車の荷物入れから水晶を出す。

 水晶にはオスカルとローレッタが映っている。

 ああ、可哀想なローレッタ。

 3日経過しても、相変わらずブチ切れてる!

 チャンスがあれば何度でも噛み付く所存だね!


「今後、反ホーリエン同盟に加盟している全ての国を征服する。貴様が【全能】でワシらの道を開け」

「了解」


「よし」チムールが右手の人差し指を私の首に向ける。「解除」


 瞬間、首のチョーカーが消える。


「どれどれ」


 まず私は水晶を暗闇で覆った。

 向こうがこっちを見られないように。

 あるいはこっちは見えないのかもしれないけど、念のため。

 何気に通信手段っぽいし、無力化しておいて損はない。

 次に私は【漆黒の巨人の手】という魔法を使用。


 その名の通り、巨大な黒い魔力の手が出現し、チムールをガシッと握る。

 握っただけで、まだ殺してはいない。

 速攻だったので、誰も反応できなかった。

 チムールは驚愕の表情を浮かべている。


「よし、【全能】は復活したみたいだね」


 私がニヤリと笑う。

 ラセークが水晶を置いて、笑顔で拍手。

 あれ?

 私の味方なの?


「貴様! 王を離せ!」


 騎士たちと兵士たちが武器を構える。

 私は黒い手をブンブンと振ってみた。

 もちろん、チムールを握ったまま。


「武器を捨てたまえ」


 私が言うと、騎士も兵士も酷く困惑した様子だった。

 武器を捨ててもいいのか、捨てるべきなのか、迷っているのだ。


「何度も言わせないでね?」


 ギュッと黒い手が力を込めると、チムールが絶叫した。

 チムールの身体中の骨が砕けて、内臓が潰れたのだ。

 騎士と兵士が即座に武器を捨てる。

 私はチムールに回復魔法をかけた。

 今の私の魔力量なら、致命的な損傷だって治せる。

 そして青ポを創造して飲む。

 これで魔力は全快。

 何度でも同じことが可能。


「き、貴様、妹が……」


「それで?」私が凶悪に笑う。「どうやってオスカルと連絡を取るんだい? 水晶は暗闇のままだよ? 連絡取れるならどうぞ?」


 私は再びギュッとした。

 チムールが断末魔のような悲鳴を上げる。

 そして回復。

 私は青ポを飲む。

 同じことを5回繰り返した。


「さてチムール。私の妹はどこだい?」

「白亜の塔……」


 チムールは抵抗する気力を失い、死んだ魚みたいな目で言った。


「よろしい。素直だったから楽に殺してあげよう」


 私は右手に『H&K SFP9』を仮創造。

 拳銃である。


「私を拉致したり、私の妹を拉致するなんて、実に愚かだね」


 私の【全能】が目的なら、必ずチョーカーを外すことになる。

 だったら、こうなるに決まってる。

 あは。


「脅迫者には地獄を見せる。私の身内を傷付けたらくびり殺す。うちの領地を攻めたら徹底的に蹂躙する。私らに手を出したこと、地獄で嘆け」


 私はチムールの額を撃ち抜いた。

 それから黒い手を消す。

 チムールの身体が地面に落ちた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る