5話 クソみたいな慣習なら壊せばいいと思う
そりゃ、かなり酷い慣習だね。
控え目に言って、頭がおかしい。
「次は妹が来年15歳になる。僕と彼女が殺し合って、残った方がまた次の王子と殺し合って、そうして最後まで残っていた者が次の王になる」
「なるほど。君はその慣習で生き残ったわけだね」
「僕は去年成人して、兄を殺した。今年は弟妹がいないから、まだ殺してない」
ということは、マルティンは16歳か。
私とは8歳差。
まぁ、貴族社会では珍しくもない年齢差だね。
いや、結婚する気はないけどさ。
「ただ、罪人の処刑も僕の担当だから、殺し自体は割と日常なんだよね……」
「生きている王子、または姫が罪人を殺すのも慣習?」
私が聞くと、マルティンは弱々しく頷いた。
ふむ。
酷い国だね。
軽く調べただけでは出てこない王族の闇の部分。
ハウザクト王国にも何か秘密とかあるのかなぁ?
「ごめんよ、こんな僕みたいな殺人鬼に嫁ぐことになって……」
「いや嫁がないよ!?」
何を当たり前みたいに私を娶ろうとしてんの?
ロリコン!?
ロリコンなの!?
いや、分かってる、【全能】が目的だよね。
「でも、父がそうすると言ったから、きっとそうなる」
「私の意思と君の意思は?」
私の質問に、マルティンは首を横に振った。
「ねぇマルティン。君は話が分かりそうだから言うけど、私は君らの思い通りにはならない」
「だけど、従順なフリをした方がいいよ? 明日、僕に逆らうような素振りを見せたら、僕も君も父に何をされるか……」
「そんなに王が怖いかい?」
「死ぬほど」
そう言ったマルティンは、雨に打たれて震えている子犬みたいだった。
ちょっと可哀想だな、って思ってしまった。
「まぁ、君のために少し付き合ってあげてもいい。私もどうせ、この首の魔道具をどうにかしないと、逃げても捕まりそうだし」
いくら私が強くてサバイバルが得意でも、【全能】が使えなければ8歳の少女だもんね。
「ごめんね、本当に」
「もう謝らなくていいよ。君に従順なフリをしてあげるから、とりあえず【全能】で何がしたいか教えてくれる?」
「……うちは天覇思想だから」
「どっかに攻め込むってこと?」
「そう。うちの国はさ、前は20公爵領を保有する大国だった。でも、うちを警戒した周辺諸国が反ホーリエン同盟を組んだことで、現在の領土まで削られた」
「そして現王になってからは戦争をしていない、だろう?」
ちなみに、ハウザクト王国は同盟には加わっていない。
ホーリエン王国の動きを注視していたし、最悪は同盟に加わることも議論されていた。
でもチムールが全然戦争をする気がない様子だったから、そのまま流れたんだよね。
私が生まれるよりずっと前の話。
「そう。だけど父は拡張を諦めたわけじゃない。下手に動かないってだけで、水面下では領土拡張の準備を進めていた」
「例えばどんな準備?」
「軍備を整えて、兵糧を溜めて、傭兵国家《月花》に支援も頼んだ」
「おいおい、《月花》だって?」
「断られたけどね」
「え? なんで? 報酬面で折り合いが付かなかったとか?」
「いや、父の態度が気に入らないから、って」
「ああ、なるほど」
私は苦笑いを浮かべた。
アスラ・リョナなら言いそう。
「だから次の手段として、悪魔崇拝者たちと何年もかけて友好関係を築いた」
「悪魔崇拝者、ね」
不穏な言葉であると同時に、ちょっとワクワクする言葉でもある。
悪魔崇拝なんて、表立って言えるわけないし、秘密結社だよね?
生け贄の儀式とかもあるのかな?
「そして悪魔を呼び出したけれど」マルティンが言う。「悪魔はこの世界を父のモノにするだけの力はないみたいで、結局は君を捕らえ【全能】を自由に使えるようにする、という契約を結んだんだよね」
「悪魔って人間の上位互換って感じだったけど、実際その程度なんだね」
超常の存在ってわけじゃない。
それはオスカルと話していても感じた。
「どうだろう。3大悪魔ならその力がある、ってオスカルは言っていたけれど」
ほほう。
3大悪魔か。
面白そうなワードだけど、関わるのはゴメンだね。
世界を盗れるような存在は私の手に負えない。
「それって召喚する方法あるの?」
「いや、悪魔崇拝者たちが言うには、普通の儀式で呼べる悪魔は下級か中級だそうだよ」
「普通じゃない儀式ならもっと上の悪魔も召喚できる、って聞こえるね」
私が言うと、マルティンは沈黙した。
マルティンはこれ以上、悪魔について知らないのだ。
儀式についても。
「それで? 結局、私は何をすればいいのかな?」
「たぶん戦争の道具にされると思う、ごめん」
「いや謝らなくていい」
前世の私は傭兵。
まさに戦争の道具に他ならない。
まぁ、今は違うけれど。
今の私は領主志望のか弱い公爵令嬢である。
「戦闘大会で君が使った【ミア・ボム】」マルティンが申し訳なさそうに言う。「それで、敵兵を蹴散らすよう言われると思う」
「了解。特に問題はないよ」
魔法を使う時には首のチョーカーは外される。
ならば、その時を楽しみにしているがいい。
「問題ないって……、人をたくさん、殺せって意味だよ?」
「ああ。問題ないよ」私が首を傾げる。「兵士は死ぬ覚悟できてるだろう?」
さすがに、街中で無差別に【ミア・ボム】を投下しろとは言わないはず。
だって、領土を拡大するのが目的なら、無駄に憎まれてもいいことはないのだから。
敵兵を排除して速やかに占領。
街や市民には被害を出さない。
その上できちんと統治すれば、反乱なんかも起こりにくい。
「君は8歳なのに、どうしてそんなに肝が据わっているの?」
「私も犯罪者を殺したことあるし、兵士たちとは仲が良いし、彼らを率いてワイバーンを倒したこともある。実戦経験があるんだよね」
ワイバーンの時、実際に指揮を執ったのはローレッタだけれど。
「ハウザクト王国では、8歳の女の子に軍の指揮を任せるの?」
マルティンは酷く驚いた風に言った。
「いや、たぶん私ら姉妹だけかな」
「僕も、君みたいに心が強ければ、もっと楽に生きられたのかな?」
「さぁ。でも辛いなら逃げてもいいんだよ?」
私が言うと、マルティンは酷く驚いた表情を見せた。
おや?
考えたこともなかった、って感じだね。
「私が君を逃がしてあげるよ。父親からも、慣習からも」
「そんなこと……」
「私は【全能】だよ?」
私は真っ直ぐにマルティンを見詰めた。
マルティンも私を見ている。
「でも、どうやって?」
マルティンは私から目を逸らさない。
私は微笑む。
「まず確認しておくけど、マルティン、君は父が好きかい?」
私の質問に、マルティンは首を横に振った。
まぁそうだよね。
仲が良さそうには見えなかったし。
「じゃあ、彼が死んでも問題ないかい?」
「……殺す、ってこと? あの父を?」
「そう。問題ないかい?」
「でも、そんなこと……」
「私ならできる。君の気持ちを聞かせてくれないかな? 私が君の父を殺しても大丈夫かな?」
マルティンはしばらく沈黙した。
酷く悩んでいるように見える。
私は静かに答えを待った。
「むしろ、死んで欲しい……」
マルティンが本音を語った。
「よろしい。ならば私が彼を殺そう。そして君が新たな王になれ。そしてクソみたいな慣習を終わらせればいい」
「クソみたいって……」マルティンが苦笑い。「酷い言葉使いだね。本当に公爵令嬢?」
「そのはずだけど?」
「そっか。ありがとうミア。嬉しいけど、無理はしないで」
マルティンは弱々しく笑った。
どうやら、マルティンはまだ私の実力を疑っているようだね。
だから、私は友達の母に毒を盛った侍女を殺した話をした。
それから、海賊を倒した話をして、隣国の陰謀を暴いた話もした。
極めつけは、銀色の魔王と戦った話も。
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