五章

1話 金貨がジャラジャラ


「それで?」私が言う。「私にどうして欲しいんだい王様? 見詰めるだけじゃ分からないよ?」


 ここは地下牢。

 不覚にも私は拉致されてしまった。

 私は魔力を封じる首輪をはめられ、【全能】の魔法を一切使えない状態である。


「その前に、我が息子よ。この小生意気な娘を痛めつけて、従順なメス豚にしろと言ったはずだが?」


 ホーリエン王国の現王、チムール・セヴリューギンが息子を睨みながら言った。

 愛情の欠片も見えない瞳。

 一般人ならチムールに睨まれたら竦み上がるだろうね。


「言う通りにしてくれるんだから、別にいいのでは?」


 チムールの息子であるマルティンが、か弱い声で言った。

 マルティンは一晩、私と一緒に地下牢で過ごした。

 悪い奴じゃないんだけど、心がちょっと弱い。

 まぁ、父親に逆らえただけでも上出来かな。


「ふん。将来の妃をしっかり調教するのも貴様の役目だ」チムールが淡々と言う。「とりあえず【全能】の小娘よ。ワシとともに南の国を征服に征くぞ。貴様の魔法で敵兵を蹴散らすのだ」


「嫌って言ったら?」

「貴様の妹が、今どうしているか知っているか?」


 チムールが言うと、黒髪の侍女が水晶玉を持って私の方に寄ってきた。

 ちなみに、私は足かせで床と繋がれているので、ほとんど動けない。

 水晶玉には映像が映っている。

 私を攫った悪魔と、縛られたローレッタの姿が見える。

 ふぅん。

 いい水晶だね。

 なんで遠くが見えるんだろう?

 そういう特別な道具なのかな?


「貴様が言うことを聞かなければ、貴様の妹が泣き叫ぶことになる。分かるな?」


 チムールは勝ち誇ったように言った。

 私は黙って水晶を見詰める。

 ああ、可哀想なローレッタ。

 あんなに、あんなにも、

 ブチ切れて……。

 今にも噛み付きそうな表情してる。

 てゆーか、隙があったら悪魔のこと噛む気だね、あれは。



 昨日。

 ローズ領、ローズ家の屋敷のリビング。

 私は両掌を下に向けて魔法を発動させる。

 私の両掌に魔法陣が浮かび、そして次の瞬間には金貨がジャラジャラと湧き出た。

 金貨はテーブルの上に山となって積み重なっていく。


「すごぉぉぉい!!」ローレッタが叫ぶ。「さすがお姉様!! これで領地の予算問題は解決です!!」


「はっはー!! 私は思い付いてしまったんだよ!! 金貨がなければ作ればいいじゃない!! ってね!!」


 ジャラジャラと金貨を創造し終えた私は、良い気分で胸を張った。


「ダメですミア様」


 セシリアが淡々と言った。


「なんで!?」


 私は驚いて聞き返してしまった。

 だって金貨だよ!?

 そして私は【全能】!

 何が悪いの!?


「第一に、領地のためになりません」

「……まぁ、産業は産業で育てる予定だよ?」

「それでも、ミア様が産み出した金貨に頼っては領地のためになりません」


「それはそうかもですが」ローレッタが言う。「短期的には問題ないのでは?」


「ローレッタ様」フィリスが溜息混じりに言う。「第二に、金貨の偽造は重罪です。たとえ貴族であっても、余裕で投獄されますからね? 更に、現場を見てしまった以上! わたしまで罪に問われるんだわぁぁぁ! 嫌だわ!」


「そんなのバレなきゃいいじゃないか。君は本当に大袈裟なんだから」


 やれやれ、と私。


「大袈裟なもんですかっ!」フィリスが半泣きで反論する。「重罪ですよ!? 関係者みんな処罰されますからね!? ああああ! 早くその金貨を消してくださいミア様!」


「第三に」セシリアが淡々と言う。「ミア様が勝手に金貨を作ってしまうと、インフレが起こってしまいます」


「インフレ?」とローレッタが首を傾げる。


 ああんっ!

 首を傾げるローレッタのなんて可愛いこと!


「はい」セシリアが頷く。「ミア様はインフレを知っていますか?」


「もちろんだよ」私が言う。「主人公が強い敵を倒すと、更に強い敵が現れるよね? でも主人公は修行してその敵も超える。そうするとまた強い敵が出てきて……」


「違います」

「え!? 違うの!?」


 バカなっ!

 強さのインフレのことじゃないの?

 こっちの世界ではインフレの意味が違うの?

 私はすごく戸惑った。


「むしろミア様が何の話をしているのかサッパリですけど?」とフィリス。


「とにかく間違った知識です」セシリアが言う。「分かり易く言えば、お金の価値が下がって物価が上昇する現象のことです」


「あ、なるほど」ローレッタが手を叩く。「お姉様が際限なく金貨を作ると、金貨の数がどんどん増えて、ついには価値がなくなってしまう、ということですね?」


「その通りですローレッタ様」セシリアが頷く。「金貨は貴重だから価値があるのです。それをボコボコ創造してしまうと、誰も金貨に価値を見い出せなくなります」


「その結果、物価が上昇するんですね! なるほど! 勉強になります!」


 ローレッタがうんうんと頷く。

 へぇ、そういう意味だったんだね。

 完全に忘れていたけど、なんか大昔に学校で習った気がしないでもない。

 もちろん前世の学校。

 まぁ、前世の私はあんまり賢くなかったし、覚えてなくても仕方ないよね。


「とにかく」セシリアが言う。「お小遣い程度ならいいですが……」


「いいんですか!?」


 フィリスが驚いて声を上げた。


「ええ、バレなければそのぐらいは平気でしょう」セシリアが小さく首を振る。「しかし領地の予算レベルの金貨を何度も創造してしまうと、さっき言ったことが現実になり、ミア様がローズ領の経済を、あるいは王国の経済を破綻させることになります」


「なるほど。それは恐ろしいね」


 危うく私はローズ領の経済を粉砕するところだったんだね。

 持つべきは優秀な教育係だね!


「じゃあこの金貨は隠し財産にして、ちょっとずつ使いましょう」


 ローレッタが山積みの金貨を指さして言った。


「お小遣いって量じゃありませんよ!?」

「フィリス、1枚あげる」

「お小遣いですね、このぐらい」


 私が差し出した金貨を受け取り、フィリスは全てに目を瞑る選択をした。


「セシリアもあげる」

「2枚で手を打ちましょうミア様」


 私は金貨を2枚、セシリアに渡した。

 こうやって贈収賄って起こるんだなぁ。


「とりあえず10枚持って、魔法研究室に行こうか」


 私は金貨を10枚、ポケットに忍ばせる。

 現在、魔法研究室は完全に私の趣味の研究室という扱いである。

 よって、資金は全部私の提供。

 ちなみに、研究室はお城にある。

 父親のカイルが、約束通り一室用意してくれたのだ。


「ミア様、ポケットに突っ込まずにお財布を使いましょう」

「了解」


 私はポケットから金貨を出す。

 財布を取りに部屋に戻る時、金貨の山を仕舞うための箱を創造。

 箱の中に金貨を詰めて、ローレッタが風魔法で箱を浮かせる。

 そして箱と一緒に部屋に移動。

 私は自室の床に【全能】で穴を空ける。

 ローレッタがその穴に箱を仕舞う。

 要するに床下に隠したってわけ。

 私は【全能】で床を元に戻す。


「それでは護衛騎士の到着を待ちましょう」


 今日、研究室を訪ねることは事前に決まっていた。

 だから、セシリアがすでに騎士に依頼していたのだ。

 私たちに護衛など不要だけれど、歩いてお城に行く条件なんだよね。

 公爵令嬢は移動に馬車を使うのが通例。

 お城は我が家から近いのに、馬車に乗るのは面倒。

 てゆーか歩きたい。

 だから両親を説得して、城までの行き帰りは歩いて移動してもいいことになった。

 その条件が、護衛騎士を付けること。

 ちなみに、レイナルド王国に随伴した2人の騎士を私とローレッタの専属にした。

 よって、私らに護衛が必要な時は基本的にあの2人が来る。


「よくよく考えれば」ローレッタが言う。「金貨は隠さなくても、【全能】で消滅させて、必要な時にまた創造したら良かったのでは?」


 なるほど!

 さすがローレッタ!

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