五章
1話 金貨がジャラジャラ
「それで?」私が言う。「私にどうして欲しいんだい王様? 見詰めるだけじゃ分からないよ?」
ここは地下牢。
不覚にも私は拉致されてしまった。
私は魔力を封じる首輪をはめられ、【全能】の魔法を一切使えない状態である。
「その前に、我が息子よ。この小生意気な娘を痛めつけて、従順なメス豚にしろと言ったはずだが?」
ホーリエン王国の現王、チムール・セヴリューギンが息子を睨みながら言った。
愛情の欠片も見えない瞳。
一般人ならチムールに睨まれたら竦み上がるだろうね。
「言う通りにしてくれるんだから、別にいいのでは?」
チムールの息子であるマルティンが、か弱い声で言った。
マルティンは一晩、私と一緒に地下牢で過ごした。
悪い奴じゃないんだけど、心がちょっと弱い。
まぁ、父親に逆らえただけでも上出来かな。
「ふん。将来の妃をしっかり調教するのも貴様の役目だ」チムールが淡々と言う。「とりあえず【全能】の小娘よ。ワシとともに南の国を征服に征くぞ。貴様の魔法で敵兵を蹴散らすのだ」
「嫌って言ったら?」
「貴様の妹が、今どうしているか知っているか?」
チムールが言うと、黒髪の侍女が水晶玉を持って私の方に寄ってきた。
ちなみに、私は足かせで床と繋がれているので、ほとんど動けない。
水晶玉には映像が映っている。
私を攫った悪魔と、縛られたローレッタの姿が見える。
ふぅん。
いい水晶だね。
なんで遠くが見えるんだろう?
そういう特別な道具なのかな?
「貴様が言うことを聞かなければ、貴様の妹が泣き叫ぶことになる。分かるな?」
チムールは勝ち誇ったように言った。
私は黙って水晶を見詰める。
ああ、可哀想なローレッタ。
あんなに、あんなにも、
ブチ切れて……。
今にも噛み付きそうな表情してる。
てゆーか、隙があったら悪魔のこと噛む気だね、あれは。
◇
昨日。
ローズ領、ローズ家の屋敷のリビング。
私は両掌を下に向けて魔法を発動させる。
私の両掌に魔法陣が浮かび、そして次の瞬間には金貨がジャラジャラと湧き出た。
金貨はテーブルの上に山となって積み重なっていく。
「すごぉぉぉい!!」ローレッタが叫ぶ。「さすがお姉様!! これで領地の予算問題は解決です!!」
「はっはー!! 私は思い付いてしまったんだよ!! 金貨がなければ作ればいいじゃない!! ってね!!」
ジャラジャラと金貨を創造し終えた私は、良い気分で胸を張った。
「ダメですミア様」
セシリアが淡々と言った。
「なんで!?」
私は驚いて聞き返してしまった。
だって金貨だよ!?
そして私は【全能】!
何が悪いの!?
「第一に、領地のためになりません」
「……まぁ、産業は産業で育てる予定だよ?」
「それでも、ミア様が産み出した金貨に頼っては領地のためになりません」
「それはそうかもですが」ローレッタが言う。「短期的には問題ないのでは?」
「ローレッタ様」フィリスが溜息混じりに言う。「第二に、金貨の偽造は重罪です。たとえ貴族であっても、余裕で投獄されますからね? 更に、現場を見てしまった以上! わたしまで罪に問われるんだわぁぁぁ! 嫌だわ!」
「そんなのバレなきゃいいじゃないか。君は本当に大袈裟なんだから」
やれやれ、と私。
「大袈裟なもんですかっ!」フィリスが半泣きで反論する。「重罪ですよ!? 関係者みんな処罰されますからね!? ああああ! 早くその金貨を消してくださいミア様!」
「第三に」セシリアが淡々と言う。「ミア様が勝手に金貨を作ってしまうと、インフレが起こってしまいます」
「インフレ?」とローレッタが首を傾げる。
ああんっ!
首を傾げるローレッタのなんて可愛いこと!
「はい」セシリアが頷く。「ミア様はインフレを知っていますか?」
「もちろんだよ」私が言う。「主人公が強い敵を倒すと、更に強い敵が現れるよね? でも主人公は修行してその敵も超える。そうするとまた強い敵が出てきて……」
「違います」
「え!? 違うの!?」
バカなっ!
強さのインフレのことじゃないの?
こっちの世界ではインフレの意味が違うの?
私はすごく戸惑った。
「むしろミア様が何の話をしているのかサッパリですけど?」とフィリス。
「とにかく間違った知識です」セシリアが言う。「分かり易く言えば、お金の価値が下がって物価が上昇する現象のことです」
「あ、なるほど」ローレッタが手を叩く。「お姉様が際限なく金貨を作ると、金貨の数がどんどん増えて、ついには価値がなくなってしまう、ということですね?」
「その通りですローレッタ様」セシリアが頷く。「金貨は貴重だから価値があるのです。それをボコボコ創造してしまうと、誰も金貨に価値を見い出せなくなります」
「その結果、物価が上昇するんですね! なるほど! 勉強になります!」
ローレッタがうんうんと頷く。
へぇ、そういう意味だったんだね。
完全に忘れていたけど、なんか大昔に学校で習った気がしないでもない。
もちろん前世の学校。
まぁ、前世の私はあんまり賢くなかったし、覚えてなくても仕方ないよね。
「とにかく」セシリアが言う。「お小遣い程度ならいいですが……」
「いいんですか!?」
フィリスが驚いて声を上げた。
「ええ、バレなければそのぐらいは平気でしょう」セシリアが小さく首を振る。「しかし領地の予算レベルの金貨を何度も創造してしまうと、さっき言ったことが現実になり、ミア様がローズ領の経済を、あるいは王国の経済を破綻させることになります」
「なるほど。それは恐ろしいね」
危うく私はローズ領の経済を粉砕するところだったんだね。
持つべきは優秀な教育係だね!
「じゃあこの金貨は隠し財産にして、ちょっとずつ使いましょう」
ローレッタが山積みの金貨を指さして言った。
「お小遣いって量じゃありませんよ!?」
「フィリス、1枚あげる」
「お小遣いですね、このぐらい」
私が差し出した金貨を受け取り、フィリスは全てに目を瞑る選択をした。
「セシリアもあげる」
「2枚で手を打ちましょうミア様」
私は金貨を2枚、セシリアに渡した。
こうやって贈収賄って起こるんだなぁ。
「とりあえず10枚持って、魔法研究室に行こうか」
私は金貨を10枚、ポケットに忍ばせる。
現在、魔法研究室は完全に私の趣味の研究室という扱いである。
よって、資金は全部私の提供。
ちなみに、研究室はお城にある。
父親のカイルが、約束通り一室用意してくれたのだ。
「ミア様、ポケットに突っ込まずにお財布を使いましょう」
「了解」
私はポケットから金貨を出す。
財布を取りに部屋に戻る時、金貨の山を仕舞うための箱を創造。
箱の中に金貨を詰めて、ローレッタが風魔法で箱を浮かせる。
そして箱と一緒に部屋に移動。
私は自室の床に【全能】で穴を空ける。
ローレッタがその穴に箱を仕舞う。
要するに床下に隠したってわけ。
私は【全能】で床を元に戻す。
「それでは護衛騎士の到着を待ちましょう」
今日、研究室を訪ねることは事前に決まっていた。
だから、セシリアがすでに騎士に依頼していたのだ。
私たちに護衛など不要だけれど、歩いてお城に行く条件なんだよね。
公爵令嬢は移動に馬車を使うのが通例。
お城は我が家から近いのに、馬車に乗るのは面倒。
てゆーか歩きたい。
だから両親を説得して、城までの行き帰りは歩いて移動してもいいことになった。
その条件が、護衛騎士を付けること。
ちなみに、レイナルド王国に随伴した2人の騎士を私とローレッタの専属にした。
よって、私らに護衛が必要な時は基本的にあの2人が来る。
「よくよく考えれば」ローレッタが言う。「金貨は隠さなくても、【全能】で消滅させて、必要な時にまた創造したら良かったのでは?」
なるほど!
さすがローレッタ!
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