EX11 悪魔が来たりて願いを叶える
良く晴れたいい日、あたしは王城の中庭に立っていた。
ここはホーリエン王国。
海を挟んだ北側には島国のハウザクト王国がある。
中庭には王を始めとする側近数名と、側仕え、侍女、護衛騎士に警備兵と、多くの人間が集まっている。
あたしは侍女だけど、本当は侍女じゃない。
あたしの名前はイーナ・クーセラ。
傭兵国家《月花》がまだ傭兵団だった頃からの、というか立ち上げの時からいる最古参メンバーである。
自称《月花》最強にして最カワ。
最カワというのは、最高に可愛いの略。
あたしは黒髪のショートヘアで、愛らしい目付きをしているのだが、よく「目付きが悪い」と文句を言われる。
侍女として潜入してからも、目付きが悪いと虐められた。
あたしを虐めた者は翌日には姿を消すけれど。
怪奇現象ではなくて、あたしが消してる。
まぁそれはいいとして、なんであたしがホーリエン王国に潜入しているのかって話。
団長が「例の連中が動くみたいだから、事実確認をしておくれ」とあたしを派遣したのだ。
ちなみにだけど、《月花》が存在する大陸の西の大陸が、ここヨーラル大陸。
ヨーラル大陸の最北3国の1国がホーリエン王国である。
と、例の連中から派遣された『悪魔の祈り子』が呪文を唱え始めた。
悪魔の祈り子は10代後半の女で、黒髪。
服装は黒いローブ。
初期のあたしらも、あんな格好だったなぁ、と思い出す。
今の傭兵団《月花》はもっとカッコいい制服が支給されている。
悪魔の祈り子、通称『魔子』の足下には豚の血で描いた魔法陣。
魔子の前に飾られた謎の祭壇には、山羊やら何やらの頭やら何やら、まぁ色々と生々しい物体が捧げられている。
魔子が呪文を唱え終わり、両手を強く叩いた。
「どうか我らが願いを叶えたまえ!」
そして大きな声で叫んだ。
同時に、空間が裂けた。
まるで、魔王武器を異空間から取り出す時のように、宙が裂ける。
そして、あたしは大きな魔力の奔流を感じた。
周囲の人間たちが息を呑む。
次の瞬間、空間の亀裂が広がって、中から男性が出てきた。
男性の出現と同時に、亀裂が消える。
男性の見た目は22歳前後。
髪の色は銀色で、長さはミディアム。
女性のミディアムではなく、男性のミディアムね。
服は黒いスーツで、細身。
顔は悪くないと思うけど、あたし人間の男にあんまり興味がない。
もっと魔物っぽい見た目の方が好み。
あたしは特にドラゴンが好きで、ゴジラッシュと付き合っている。
たぶん付き合っている気がする。
付き合っているといいなぁ。
ゴジラッシュと交尾したいなぁ、なんて考えていると、亀裂から現れた男性がニッコリと笑った。
「悪魔様、ご降臨、ありがとう存じます」
魔子が膝を折った。
「やぁ人間。僕は中級悪魔のオスカル・バウド。気楽にオスカル様と呼んでいいですよ」
おおおおお!
悪魔だぁぁぁぁ!!
本物の悪魔だぁぁぁぁ!!
すっごぉぉぉい!
悪魔に関する伝説は多く残っているけれど、詳細は例の連中が管理しているので、一般にはあまり浸透していない。
あたしも、悪魔の存在は半信半疑だった。
うちの団長もそうだったけど、「悪魔がいて、悪魔界があったら楽しいよね? 悪魔たちがどっかの国と戦争したら、私らも雇われて参戦したいよね!」とノリノリだった。
あたしの目的は、例の連中が秘匿している悪魔召喚が本物かどうか確認すること。
任務は果たした。
あとで連絡して、今後どう動くか団長の指示を仰ごう。
「悪魔オスカルよ」ホーリエン王が言う。「早速だが、ワシと契約してもらおう」
ホーリエン王の名前はチムール・セヴリューギン。
年齢は38歳。
「ほう。尊大な態度ですね」
「ワシは世界を統べる王となる者だ」
チムールは堂々とそう言った。
セヴリューギン家は天覇思想の家だ。
天覇思想とは、天の下全てに覇を唱える、という考え方。
つまり、世界はオレのもの、ってこと。
団長が言うには、帝国主義の亜種だそうだ。
「なるほど。だから尊大でも許されると」オスカルが溜息を吐いた。「まぁいいでしょう。契約の説明をしますね。低脳な人間たちにも分かるよう、噛み砕いて、ね」
オスカルはナチュラルに人間を下に見ている。
それは悪魔全体の傾向なのか、それとも個体差があるのか。
悪魔については分からないことの方が多い。
「まず、君が僕に願いを話す。僕がそれを叶える。叶えた暁には、君の寿命を何年分か貰う」
「ワシの代わりに、こやつらの寿命をくれてやろう」
チムールは周囲の人間を見た。
「それは不可ですね」オスカルが言う。「願いを叶えたい者の寿命でなければ、僕は奪えない。契約によって奪えるのは願いを叶えたい本人の寿命のみ」
「ふむ。それで?」チムールが言う。「寿命をどの程度、欲している? 1年や2年ならともかく、20年も30年もとなると、与えることはできん」
「それは願いによりますねぇ。僕にとって、簡単な願いであるなら、報酬としての寿命も短くて済みます。あ、心配しなくても、契約前におおよその年数を提示しますから」
「この世界の全ての国をワシの配下に、という願いならば?」
「僕の実力を上回る願いは叶えられないですね」オスカルが肩を竦める。「それは3大悪魔でも呼び出さなければ、叶わない願いでしょう」
案外、悪魔って現実的なんだなぁ。
契約に嘘は吐けないのかも。
ただ、3大悪魔とか団長が好きそうで困る。
遊びで呼びそう。
あるいは、遊びで敵対しそう。
「わぁい! 悪魔たちと戦争だよぉ!」みたいな感じで。
そして悲しいことに、あたしらは、《月花》の人間は基本的に好戦的なのだ。
「ふむ。では、全能の小娘を従わせることは可能か?」とチムール。
「全能?」とオスカル。
「うむ。何でもできる究極の属性だ。魔法の説明は不要であろう? 貴様ら悪魔も魔法を使う」
「そんな便利な属性が?」
「ワシも半信半疑だったのだが、去年、近隣の国で行われた戦闘大会に全能の魔法使いが参戦していた。まだ幼く、魔王に敗れたが、あれは逸材という話だ」
魔王というのは団長のこと。
うちの団長の通称は銀色の魔王。
「属性が厄介だけど、まぁ可能でしょうね。幼いという話ですけれど、詳しい情報はありますか?」
オスカルの質問に、チムールは答えなかった。
代わりに、宰相が全能の魔法使いについて説明した。
ミア・ローズ、現在8歳の公爵令嬢。
そして、これはあたしら《月花》しか知らないことだけれど、ミア・ローズは前世を覚えている。
更に、その前世がなんと!
うちの団長の部下!!
ってことは、頭がおかしいってこと。
サルメの報告でもミアは頭がおかしいって聞いた。
さてさて、悪魔に狙われたミアが不幸なのか、かつての団長の部下を狙ったこいつらが不幸なのか。
団長の前世話の中でも、ミアの前世であるマリンはよく登場する。
話したこともないのに心は親友の気分。
ミアは乙女小説が大好きなのだ。
本当はゲームだと団長は言ってたけど、よく分からない。
まぁよく分からないから、小説ってことで落ち着いた。
さてマリンだけど、団長と同じレベルで訓練や過酷な状況が好きだったとか。
当然、ミアもそれを引き継いでいる。
団長と同じレベルってことは、第二の魔王になる可能性があるイカレ女ってこと。
「なるほど。その程度の相手ですと、難しくはないですね」オスカルが言う。「拉致して拘束。普段は魔力封じのアイテムを使って、従順になるまで痛めつける。その上で、念のために人質を取りましょう。そうですねぇ、アイテム代金も込みで、寿命5年分でどうです?」
「4年にせよ」
「いいでしょう。では4年で。契約書を作ります。契約が履行されれば、自動的に寿命が僕に移ります」
団長の部下に痛みなんか通じないと思うけどなぁ、あたし。
あと、人質も無理なんじゃない?
傭兵にそんなもの、通じない。
ああ、でも今は公爵令嬢として生きているなら、効果あるかも?
そうだよね、今のミアには立場もあるし、大切な人もいるはずだから。
ふふっ、どうなるのか楽しみだなぁ。
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