EX10 うちの娘がやたら軍拡を勧めてくる件


 オレの名はカイル・ローズ。

 ローズ領を治めるローズ公爵だ。

 今年28歳になった。

 自分で言うのもアレだが、割とイケメンだと思うんだ。

 一時期は疲れ果てて、不健康優良児だったけれども。

 今は超健康体である。

 これも優秀な娘たちのおかげだ。


 とりあえず、時間の余裕が生まれ、肉体的に元気になりすぎた結果、どうなったと思う?

 なに、簡単なことさ。

 妻が妊娠した。

 いやー、子供増やしたかったんだよねー。

 オレは鏡を見ながら、身なりを整える。

 別に何があるわけじゃない。

 すでに仕事も終わり、帰宅している。

 公爵として当然の身だしなみというやつだ。

 オレの髪は金色で、髪型はショートツーブロック。

 男ならショートツーブロックだろう、といつも思っている。


「旦那様、夕飯の用意ができております」


 侍女が部屋までオレを呼びにきてくれた。

 オレは「すぐに行くよ」と笑顔を浮かべた。

 オレは優しいのだ。

 そう、ヘタレなわけじゃない。

 優しいだけだ。

 オレは食堂へと移動する。

 そこにはすでに、最愛の妻ジュリアと、娘たちが待っていた。

 オレが席に着くと、給仕が始まる。


「父様、領兵制限に引っかからずに軍拡する方法を思い付いたから聞いておくれ」


 上の娘、ミアが若草色の瞳をキラッキラに輝かせながら言った。

 オレやジュリアと同じく、ミアも綺麗な金髪である。


「あ、ああ。でもミア、まだローズ陸軍の再編中じゃないかな?」

「そうよー。それに、海軍だってまだ編成中でしょー?」


 オレが言って、ジュリアが補足した。

 陸軍の再編成も海軍の創設も、娘たちの案だ。

 なぜか2人とも軍事に詳しい。

 あと、めっちゃ強い。

 たぶんオレより強い。

 娘たちは公爵令嬢なのに、毎日なぜか戦う訓練をしている。


「もちろん、今すぐというわけでは、ありません」


 下の娘、ローレッタがキリッとした表情で言った。

 ローレッタは養子だけれど、ミアと同じぐらい可愛がっている。

 可愛く、そして賢いローレッタ。

 オレは娘に恵まれているっ!

 もちろん妻だって美人だし、貴族には珍しい恋愛結婚したんだよね、オレたち。

 ふっ、オレはまるで物語の主人公のように恵まれているっ!


「そうだね。両軍の人員充足率が9割を超えた時でいいよ」

「はい。9割充足した時点で、両軍より300名を選抜し、お姉様直属の部隊を発足させます」


「いやいや、それはつまり、軍であり兵だろう?」とオレ。


「引き抜いたあとに、領兵団……じゃなかった、ローズ陸軍と海軍の人員が充足したら、領兵制限に引っかかるわー」とジュリア。


「大丈夫!」ミアは自信満々に言う。「対外的には、私の護衛団ってことにするから!」


「300人も護衛を引き連れる公爵令嬢なんか聞いたことないけど!?」


 オレは驚いて鋭い突っ込みを入れてしまった。

 どこのお姫様だよ。

 いや、お姫様でも護衛を300人も引き連れたりしない。

 どっかの帝国の皇帝とかのレベルじゃないか?


「じゃあ、私が前例だね」


 ミアはニッコリと笑った。

 ああ、可愛い。

 いいよ、ミアの好きにしていいよ! って言いたくなるけど我慢。


「一応、対外的には、あたしも護衛してもらう予定なので……」とローレッタ。


 それでも150人もの護衛を引き連れるわけだけど。

 娘2人に150人ずつ護衛を付けるとか、オレどんな親バカよ?


「心配しなくても、実際に護衛として連れ回したりしないから」

「そうですね。対外的に護衛団と言うだけですね」


 ミアとローレッタがうんうんと頷いた。


「実際の団名は水陸機動団」とミア。

「こちらは強襲上陸に特化した部隊となります」とローレッタ。


 一体、どこに強襲上陸するつもりなのか。


「私が団長で、ローレッタが副団長」

「いずれ、領兵制限が撤廃、または緩和されたらそのまま水陸機動軍として軍務省に所属させます」

「第三の軍隊だよ。陸軍、海軍、水陸機動軍」

「略称は水機団です」

「輸送船も作らなきゃだし、計画書はあとで提出するね」

「あ、ああ。計画書を吟味して、許可するかどうか決める」


 今すぐ決めなくて良かったので、とりあえずホッとする。

 さすがにこれ、中央に突っ込まれるんじゃね?

 まぁ鉄砲の配備も始まっているし、中央と戦っても負けない気もするけれど。

 それでも無駄な戦争は避けたいところ。

 娘たちのおかげで、ローズ領はますます発展している。

 戦争で疲弊したくない。

 もちろん、いよいよとなったら、やるけれど。


「それより2人とも、幼年学校の件だけれど」ジュリアが言う。「来年の春に開校できそうよ。とりあえずは各男爵領に1校ずつ。順次、町や村に1校ずつになるように教育庁と調整中よ」


 教育庁は今年、学習局を格上げした。

 それも娘たちの案だ。


「さすが母様! 仕事が早い!」

「素敵ですお母様!」


 娘たちが嬉しそうに言った。

 あっれー?

 父様も頑張ったんだよぉ?

 父様もちゃんと仕事したんだよぉ?

 コホン、とオレは咳払い。


「学校の名前は『平民用初等学校』に決まった。学校個別の名称は、原則として町の名前に校を付ける。領都だと、平民用初等学校ロルル校、といった具合に」


「名前、すごく普通だね」とミア。

「まぁ、普通であることが、分かりやすさに繋がるので問題ないかと」とローレッタ。


 あっれー?

 ジュリアの時と反応が違くない?


「それはそうと」ミアが話題を変える。「魔法局の方はどうかな?」


「本年度予算での新設は無理ね」ジュリアが肩を竦めた。「軍関係に教育関係、今年はもうカツカツになるわ」


「じゃあ、やっぱり私の資金を使って作っていい?」


 ミアは子供だけど、かなりお金を持っている。

 もちろん、ミアが自分で稼いだお金だ。


「それはダメだよ」オレは優しく言う。「ミアの金はミアの金。領の運営は領の予算で行う。将来、ミアが領主になるなら予算のことはちゃんとしないと」


「……なるほど。正論ですね」


 ローレッタがオレの意見に頷いた。


「じゃあ、領地関係なく私の個人的な研究室にするよ」


 閃いた、という風にミアが言った。

 本当、なんかすり抜けるの上手いなミア。

 なんかこう、グレーな場所を歩くのが趣味なのか?


「そして来年の予算で正式に魔法局にしよう。だから父様、それまでお城に部屋を1つだけ貸して? ね?」


 そしておねだり上手だなこいつ!


「お父様、どうかお姉様の願いを叶えてください」ローレッタがウルウルした瞳で言う。「魔法の研究は早めに始めた方が、絶対に将来のローズ領のためになりますから!」


「ま、まぁ一室ぐらいなら、なんとかなるだろう……」


 オレは折れた。

 うちの娘たちね、可愛いのよ。

 もう本当、可愛いのよ。

 もちろん、それだけで肯定したわけじゃない。

 オレがギリギリで受け入れるだろうな、ってポイントも押さえてるんだよなぁ。


「やったぁ! 父様大好き!」

「大好きです!」


 娘たちがはしゃぐ姿が愛らしい。

 えへへ。


「じゃあ次にね」ミアが切り替える。「水陸機動団が発足したあとの話なんだけど、ローレッタの風魔法を利用した第一空挺団って部隊を作りたいんだけど、いいよね?」


 いいよね? じゃねーよ。

 また対外的には護衛ってことにするのか?


「これは将来的には、領の魔法使い……空を飛べる系の魔法使いを主軸とした空挺部隊にしようと思うんだよね。仲間を飛ばす感じで。どうせいつか空挺は必要になるから、早い内から空挺の用兵を……」


「待て待て待て」オレは慌てて言う。「いずれな? まずは水機団の発足からな? てゆーか、軍の人員充足率が上がってからな?」


 うちの娘は軍拡が好き過ぎて困るっ!


「予算の問題もあるわよー? これ以上の軍拡は予算が足りないわ」


 そう。警察に海軍にと、軍関係はかなり充実したけど、予算も増えたのだ。


「ふむ。では何か新しい、儲かる産業でも考えよう。もちろん領営にして売り上げが領庫に入るように」


 うちの娘たちは優秀なので、予算の問題は本当に解決しそうである。

 それにしても、娘たちの側仕えから「お嬢様たちは世界征服を狙っています」と報告があったけど、本当に狙ってそうで困るなぁ。

 何が困るって?

 娘にそんな修羅の道を歩んで欲しくないって親心だね。

 

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