2話 ミア・ローズ、連れ去られる
お城の奥の方の薄暗い場所に、魔法研究室がある。
「なんとも暗い雰囲気ですね……」
フィリスが苦笑いしながら言った。
ちなみに、護衛騎士はお城の中には入って来ない。
お城には警備員がいるからだ。
今でこそ警察所属の警備員だが、前は領兵団所属の警備兵だった。
貴重な兵士を警備に割きたくはない。
魔法研究室のドアを、セシリアがノックする。
中から「どうぞ」と声が聞こえ、セシリアがドアを開ける。
最初にセシリアが入って、次に私、ローレッタが入る。
最後にフィリスが入ってドアを閉めた。
私に気付いた研究室のメンバーたちが立ち上がり、礼をする。
「楽にしていいよ。今日は室長と進捗とか話したいだけだし」
言ってから、私は来客用のソファに腰掛ける。
私の隣にローレッタが座る。
みんなが作業に戻って、室長だけが私らの対面のソファに座った。
「ミア様、言葉使いに気を付けましょうね?」セシリアが囁くように言った。「わたくしはお茶の用意をして参ります」
セシリアが部屋を出る。
魔法研究室の中に、お茶を用意するための設備はない。
「さてさてミア様! 何のお話をしましょうか!?」
とっても明るい声で言ったのは、私の対面に座っている室長。
28歳の女性で、二児の母。
水色の髪をポニーテイルにまとめている。
胸はそこそこ大きい。身長や体重は平均的。
服装はゆったりとした黒いローブ。
名前はナターリヤ・キスリツィナ。
ファミリーネームがとっても言いにくい。
「進捗はどうかな?」
私は魔法研究室に3つの指令を出している。
1つ、魔法を徹底的に研究すること。
2つ、一般人を魔法士にするための研究を進めること。
3つ、魔力機関の開発。
「ガンガン進んでますよ! みんな魔法が大好きですからね!」
ナターリヤは元気よく言った。
ちなみにいつも元気だ。
面接した時も元気だった。
私が魔法研究室を立ち上げる際、室員募集をかけたのだけど、なんと定員5名の募集に70人が殺到して大変だった。
ふっ。
だが私は全能面接で完璧な5人を選び抜いた。
室長が1人、副室長が1人、そして室員が3人という構成。
「何か困ったことはありませんか?」とローレッタ。
ああんっ!
気配り上手のローレッタ可愛い!
「特にないです!」ナターリヤが笑顔で言う。「ミア様とローレッタ様のおかげで、わたしたちは大好きな魔法の研究に打ち込めています! しかも! わたしたち一般人が魔法使いになる方法があるなんて! 魔力の認識には誰も成功してないですけど、日々努力を重ねています!」
「素晴らしいことです!」男性室員が言う。「測定で属性なしと判定された僕たちにも、チャンスがあるなんて!」
室員たちが次々に「素晴らしい」とか「最高だ」と叫んで盛り上がる。
彼らは全員、幼い頃に魔法使いに憧れていたという共通点がある。
でも10歳で行われる測定で、自分に属性がないことを知る。
それでも諦め切れず、魔法について独自に調べていたような魔法マニアたちだ。
とはいえ、違う大陸の魔法にまでは気が回っていなかった。
平民だから買える本も限られるし、他の大陸に旅行する余裕もなかっただろうしね。
「それだけ情熱的なら、大丈夫そうだね」
言ってから、私はフィリスを見る。
フィリスが私の財布をスッと取り出す。
どっから出したんだろう?
私は財布を受け取り、中から金貨10枚を出す。
そしてテーブルの上に丁寧に重ねた。
「追加の資金ですか!?」ナターリヤが言う。「だったら嬉しいですけど!?」
「そうだよ。どうぞ」
私が言うと、副室長が寄ってきて金貨を回収。
お金関連は副室長が仕切っているのだ。
「資金が足りなくなったら、いつでも連絡してくださいね」
ローレッタが公爵令嬢スマイルで言う。
むむむっ、私よりローレッタの方が社交的だね。
私はどうしても、意識しないと素で喋ってしまう。
その後、セシリアがカートを押して戻ってきた。
私たちはお茶と雑談を楽しんで、屋敷に戻ることに。
◇
帰り道でイケメンに道を塞がれた。
そのイケメンは黒いスーツ姿で、細身。
年齢は目測で20歳を少し超えたぐらいかな。
髪の色は銀色。
長さはミディアム。
「こちらは公爵令嬢のミア・ローズ様とローレッタ・ローズ様です」セシリアが少し怒った風に言う。「そのように道を塞ぐのは失礼でしょう? どちらの家門の方でしょうか?」
護衛騎士2人が、剣の柄に手をやっている。
いつでも斬り殺せるんだぞ、という意思表示だ。
女騎士のニーナ・ゴアはローレッタが選んだだけあって、ガチで強い。
男騎士のグレン・ファーリーは私が顔だけで選んだのだけど、実はかなり強い。
ニーナは騎士という職業に誇りを持っていて、騎士に全てを捧げたようなタイプ。
グレンは穏やかな見た目とは裏腹に戦闘が好きだと分かったので、私と気が合う。
私も戦闘は大好きだし。
「そちらこそ、僕を誰だと思っているのでしょう?」
イケメンが鋭い目付きでセシリアを睨む。
セシリアが少し引いた。
あのセシリアが、引いた?
一歩とはいえ、後ろに下がった。
ローレッタも気付いたようで、ビックリしている。
「ミア・ローズ令嬢。僕の手を取って」
イケメンがスッと右手を差し出した。
名乗りもせず、無礼な奴だね。
イケメンじゃなかったら撃ってるね。
「調子に乗らないでね?」ニーナが剣を抜く。「お嬢様に触れるとでも?」
「貴様は、まさかロリコンという奴ですか?」グレンも剣を抜く。「ならばここで処刑しておいた方がいいですよね?」
ここは大きな通りなので、人の行き来も激しい。
だから周囲がざわざわとし始めた。
「ミア様、ローレッタ様、騎士に任せて逃げましょう」
セシリアの声が少し震えている。
フィリスの表情にも怯えの色が見える。
「やれやれ。人間如きが、剣を抜いたから何だと言うのでしょうねぇ」
くくくっ、とイケメンが邪悪に笑う。
邪悪なイケメンも割と素敵、なんてことを私は考えた。
いかんいかん、こいつはどう見ても不審者。
「排除決定!」
ニーナがイケメンに斬りかかるが、イケメンは軽く回避。
グレンも参戦して2人で攻めるが、やはりイケメンに刃は届かない。
セシリアが私を引っ張る。
「ミア様、あの男はどこか妙です。離れましょう」
「確かに妙だけど、ちょっと待ってセシリア。騎士たちが殺されるかも」
私も戦闘に参加しようと思って、セシリアに離してもらう。
「2人の攻撃を余裕で捌いています。あたしたちも介入した方がいいです」
ローレッタは私と同意見のようだ。
私が頷くと、ローレッタが右手を挙げる。
「【紫電の一撃】」
ローレッタの雷がイケメン目がけて疾走。
次の瞬間、イケメンの姿が消える。
完全に、本当に、パッと消えてしまった。
なので、ローレッタの魔法は舗装された道路に命中。
私もローレッタも驚いた。
突然、攻撃対象が消えて騎士2人もキョロキョロと周囲を見回す。
「ミア・ローズ令嬢」
イケメンの声が私の背後から聞こえた。
同時に、両肩に手を置かれた。
あ、ちょっとヤバいかも?
「動くと令嬢の命はないですよ?」
騎士2人が動こうとしたけど、イケメンの言葉で立ち止まる。
ローレッタも動きを止めている。
「用があるのは、とりあえずミア令嬢だけなので、残りは大人しくしてくれるとありがたいですねぇ」
イケメンは片手を私の肩から離し、そして私の首に何かを取り付けた。
チョーカーみたいな何かだけど、よく分からない。
「私に何の用かな?」私は冷静に言う。「結婚してくれって話なら、お断りだよ」
「まさにその話です」イケメンが笑う。「まぁ、相手は僕じゃないけれど」
なんと!
これはつまり求婚!
なんて強引な求婚!
ふふふふふ、そんなに私が好きかね!?
まぁ無礼だし断るけどね!
悪い気はしないよね!
「君の【全能】を欲している人物がいるんですよ」
あれ?
私が好きなんじゃなくて、私の属性が好きなのか。
ちょっと、ショック。
私は小さな溜息を吐いた。
その瞬間、目の前の景色が入れ替わった。
そこは地下牢だった。
はい?
何が起こったの?
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