14話 私だって混乱することはある


 凄まじい轟音と振動。

 私1人の魔力だったら、きっと防ぎ切れなかった。

 そう、アスラの月は粉々に砕け散ってそのまま霧散した。

 魔力で作った月なので、残骸が残ったりもしなかった。

 創造や仮創造ではなく、攻撃魔法の類いだね。

 私がホッと息を吐く。

 同時に、


「さすがミアちゃん。次に会う時が楽しみだよ」


 アスラが私の目の前にいて。

 私は即座にローレッタを突き飛ばし、自分は後方に飛んだ。

 アスラが私を追ってくる。

 速い。

 逃げ切れないっ!


「よく頑張ったご褒美に、氷の剣はあとで実家に送ってあげるよ」


 アスラが着地した私の胸に手を置いた。

 余裕でそれができるぐらい、アスラは私に貼り付いていたってこと。


「いつか戦争で遊ぼうね」


 アスラが言うと、その手の中で、つまり私の胸の前で小さな爆発が起こった。

 とはいえ、爆発の威力はかなり控え目だった。

 手足も無事だし、命も無事。

 ただ、私は衝撃で気を失った。

 ああ、防弾チョッキにセラミックプレート入れてて良かった。

 てゆーか、それ知ってて胸の前で爆発させたね、アスラは。

 くそっ、今は手も足も出ないみたいだけど、いつか倒す。



「というわけで、結局アスラが優勝しちゃったんだよね」


 13月の下旬、クラリス主催のお茶会で私は戦闘大会の話をした。


「月を落とすとか、なんて危険な奴。俺がいつか倒す」


 レックスが意気込んで言った。

 お茶会に参加しているのは私、ローレッタ、レックス、ノエル、ジェイド、クラリス、そしてアランの7人。

 要するにミア・ローズ隊全員参加である。

 場所はハウザクト王国の王城、お茶会専用の部屋。

 王城の侍女たちがお茶やお菓子の用意をしてくれて、今も壁際に控えている。


「僕だって倒しますし! そんな極悪人、どうして誰も捕まえないのか不思議です!」


「ノエル。あれを捕まえるのは無理ですよ」ローレッタが言う。「あれは正真正銘の怪物です。今までも多くの人がアスラ退治に失敗しています」


「俺様も見ていたが、月が落ちた時は死んだかと思ったぞ」とジェイド。

「アタクシも」とクラリスが同意。


「でもミアが月を防いだ!」アランが嬉しそうに言う。「さすが聖帝! 天から落ちる月でさえ、その聖なる力には敵わない!」


 ううん?

 褒めてくれるのは嬉しいけど、聖なる力って?

 いつから私は聖なる力を手に入れたの?


「聖帝ってなんですの?」


 クラリスがアランに視線を送った。

 ちなみにみんなでテーブルを囲んでいる。

 席順は私とローレッタが同じ辺で、対面にジェイドとクラリス。

 私から見て左側の辺にノエルとレックス、右側の辺にアランが座っている。


「ミアの異名です姉様!」


 アランはクラリスと話す時は少し丁寧に話す。


「皇帝みたいな異名はちょっと、よろしくないかも、しれませんわね」


 クラリスは曖昧に言った。


「それよりクラリス」私はソファに立てかけていた宝剣アルマスに手を伸ばす。「これ買い取ってくれるんだよね?」


 アスラにプレゼントして貰った宝剣アルマスだけど、私は容赦なく売りつける!

 お金は必要だもんね!


「もちろんですわ! いつ渡してくれるのか、ワクワクしていましたのよ!」


 クラリスがパチンと指を鳴らすと、侍女が1人私の方に歩いてきた。

 その侍女は金貨袋を持っている。

 侍女はテーブルの近くでサッと膝を突き、金貨袋を私の前に置く。


「確認してくださいませ!」


 クラリスが言うと、侍女がスッと袋を開いた。


「わぁ、大金です」とノエル。

「おう。すげぇ」とレックス。


 2人とも目がまん丸くなってる。

 まぁ、金貨100枚だからね。

 日本円だと1億円ぐらいの価値。

 魔力機関の開発資金には少ないかもしれないけど、初期費用にはなるはず。

 とにかく軍拡と技術革新が必要なのだ。


 そうでないと《月花》と、団長と戦争できない。

 宝剣アルマスと一緒にサルメの手紙も届いていた。

 サルメの手紙は私の手紙の返信だ。

 魔力について質問していたのだけど、サルメは丁寧に答えてくれた。

 つまり、魔力は誰にでもあるけど、初期の保有量に個人差があること。

 あと、自分に魔力があることを認識していない者がめちゃくちゃ多いということ。


 ただ、認識して操作できるようになれば、簡単な魔法ぐらいなら使えるようになるとか。

 サルメたちの言葉で言うなら、基本属性の魔法ってこと。

 だから、実験的にレックス、アラン、クラリス、ジェイドを魔法士にしてみようと思う。


「ミア? 数えませんの?」

「どうしたんだボーッとして。ミアも大金に目が眩んだのか?」


 クラリスとジェイドが心配そうに言った。


「ああ、えっと、大丈夫だよ。信用しているから。アルマスは持っていって」


 私が言うと、侍女が宝剣アルマスに手を伸ばし、ゆっくりとした動作でクラリスの方へと移動。

 絶対にクラリスと私が直接取引した方が早いよね?

 王族貴族ってちょっと面倒だよね。

 こういう面倒なやり取りは、私が領主になったら廃止する。

 もちろんローズ領内だけの話。

 クラリスは宝剣アルマスを受け取り、「ちょっと抜いてみますわね」と立ち上がる。

 そして綺麗な動作で剣を抜いた。

 その剣は刀身が氷だった。


「「ほぅ」」


 みんなが感嘆の息を吐いた。

 私とローレッタはすでにその刀身を見たことがある。

 今日まで私が保管していたからだ。

 伝説の武具とかすごく気になるから、何度か使ってみたんだよね。

 けど、何度見ても綺麗だね。


「氷属性の魔法が使えるよ」と私。


 クラリスが何度か剣を振ったが、魔法は発動しなかった。

 クラリスがキョトンと首を傾げる。

 可愛い! はい可愛い!


「魔法には目的とイメージが必要なんです」


 ノエルが丁寧に魔法の使い方を説明した。

 ちなみに、宝剣アルマスで魔法を使う場合、自身の魔力は不要である。

 宝剣アルマスそのものが魔力を帯びているから、そっちを使用する仕様なのだ。

 あは、ダジャレになっちゃった!


「では、これでどうかしら?」


 クラリスは剣先を自分のお茶に向ける。

 そうすると、剣先に小さな魔法陣が浮かび、クラリスのお茶が凍った。


「おお! 凄いぞ姉上!!」

「姉様かっこいい!」


 ジェイドとアランが目をキラキラさせて言った。

 アランは立ち上がってピョンピョンと何度か跳ねた。

 可愛い! はい可愛い!

 もうこれ拉致っていいんじゃね!?

 うちで囲っていいんじゃね!?

 そんな犯罪的思考が頭を過るぐらいには可愛い!


「お姉様、変態みたいな表情になってます」


 ローレッタが小声で言ってから、私のお尻を抓った。

 痛いっ!

 でも声を出さなかった私偉い!


「ああ、ミア! 本当にありがとう存じますわ!!」


 クラリスは剣を鞘に仕舞いながら言った。


「いいさ。売る約束だったからね」

「アタクシ、本当にミアのこと大好きですわ!」


 ニッコニコの笑顔でそう言ってから、クラリスがソファに座り直した。


「私もクラリス大好きだよ。またレンジャー訓練しようね」


 他人の好意はやはり嬉しいね、なんて私は思っていた。

 ローレッタ、ジェイド、ノエル、レックスがそれぞれサッと目配せして苦い表情を浮かべていたのだけど、私は気付かなかった。

 それから1時間ほど、私たちは色々な話をした。

 特に、ミア・ローズ隊の今後の活動についてが主題。

 みんなを魔法士にする計画も話したけど、魔力を認識させる方法がよく分からない。

 またサルメに聞こうっと。

 そしてお茶会が閉幕し、私たちはソファを立つ。

 さよならの挨拶をして、順番に部屋を出る。

 その時にアランが私に寄ってきた。

 どうしたのかな?

 また拉致して欲しいのかな?


「ねぇミア、約束まだ果たしてなかったから、今果たすぞ!」

「うん? 私ら、何か約束してたっけ?」


 はて?

 全く記憶にございませんが?


「月を壊したらギューッてする約束だったぞ!」


 アランが私に抱き付いた。

 なん、だと?

 これ、は?

 今、私はアランに抱き締められているのかい?

 私は驚きのあまり、抱き返すこともできなかった。

 自分から抱き付いた時と違って、なんかドキドキして、頭の中で色々な土器が浮かんだ。

 土器土器ってか?


 私、混乱してるぅぅぅぅ!!

 何これ押し倒していいってこと?

 あああああああ!

 分からないっ!!

 なんて思っていると、ローレッタが私を、ジェイドがアランを、それぞれ引き離した。

 ああんっ!

 混乱しすぎて堪能できなかった!


「もう一回!」


 今度は私からアランに飛び付こうとして、ローレッタに背後から羽交い締めにされた。


「お姉様! 相手は一応王子様です! 落ち着いてくださいっ!」


「そ、そうだぞミア!」とジェイド。


「くっ、アランもこっちに引き込んでルールを徹底させた方が……安全なのでは」


 ローレッタが小声で何か言ったけど、私の意識はアランに向いていたので、よく聞こえなかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る