13話 澄んだ空に月を落とした怪物


「今も20式小銃が好きなんだね。チヌークでこの国を訪れた時はさすがにビックリしたよマリン。ああ、今はミア・ローズだったね。いつか君とも戦争しようね? ローズ領を大きくしたいんだろう? ぜひ、そうしたまえ」


「ルーク団長……どうして私だと?」


 それは前世の、私の団長の名前。

 そして、マリンは私のかつての名前。

 漢字だと真凜。


「簡単な推理さ。君の装備は陸上自衛隊のものだ。でも、君は専守防衛とはかけ離れている。サルメの報告で、私の同類だと聞いていたしね。まぁ、そういうタイプは自衛隊を途中で辞めて傭兵になる。そして私は、そういう奴を知っていた。あとは言動で、君かどうか確認するだけの簡単な作業だったよ」


 郷愁と敬愛が私の中で渦巻いた。

 ああ!

 団長だ!

 私の団長だ!

 前世で、私は彼のことが大好きだった。

 そして、いつか敵味方に分かれて戦争したいなって!

 そう心から思える相手でもあった。

 っと、周囲の人たちがチラチラと私を見ている。

 アスラと私が知り合いだと分かったのだろう。

 私との会話に、アスラはメガホンを使っていないので、さすがに観客には聞こえていないけれど。

 とか思っていると、アスラがメガホンを口元に移動させた。


「さてレイナルド王! 話の続きだよ! 君はエスルダ地方の独立を認め、あとで正式な書類にサインしたまえ。あるいは、私たちと戦争したまえ。どっちでもいい。でも今選べ」


 究極の選択だね。

 私ならどうするだろう?

 テロに屈するか、あるいは人質のために折れるか。

 さすがにこの状況なら、私も安易に開戦を選んだりはしないかな?


「独立を、認める」


 王は絞り出すように言った。

 そうなるよねぇ。

 開戦を選ぶと自分も6万人も死ぬわけで。

 あるいは、アスラは王を生かすかも。

 決断の結果を見せるために。


「大きな声で」


 アスラはメガホンを王の口元に持って行く。


「エスルダ地方の独立を! 認めると言ったんだ!」

「よろしい。ならば正式な書類を君の城に届けさせよう。もちろん、それまでの時間に考え直してくれてもいいよ?」


 ニヤリ、とアスラが笑った。

 団長、前世より凶悪になってる気がする。

 あと、今更だけど女の子に生まれたんだなぁ。

 てか、書類持って来てないのかよ!!


「たーだー!」アスラが歌うように言う。「ここにいる6万人は君が屈したことを知っている。君が認めると言ったことを知っている。ハウザクト王国の王族や、ローズ公爵令嬢もいる前で、ね」


 チラリとアスラが私を見る。

 もう一回言うけど、巻き込むなっ!

 私は完全に部外者だぞ!

 たまたま居合わせただけの、運の悪い部外者!

 アスラは手に持っていた紙を乱暴にポケットにしまってから、右手を大きく振った。

 そうすると、ドラゴンが一匹降りてきた。

 黒い色をした普通のドラゴンだ。


「城まで送ろう王様。無料送迎だよ。ロザリンダ・エスルダが待ってる。実は王城の方は遊撃隊とエスルダの連中で占拠したんだよね」


 アスラが言うと、マルクスが剣を仕舞って王様を連行する。

 てゆーかサルメ、王城占拠したのね。

 ますます開戦なんか選べる状況じゃなかったわけか。

 でも、と私は思う。

 楽しそうに戦争しようと言ったアスラは、きっと本気だった。

 開戦を選んでくれたら嬉しい、って感じか。


「いやぁ、悪かったねみんな!」アスラがメガホンを通して言う。「イベントを続けてくれたまえ! あ、マルクスは辞退するから!」


 マルクスは王を連れてさっさとドラゴンの背に乗った。

 そしてドラゴンは天高く舞い上がり、城の方へと飛んでいった。

 あれ?

 アスラはどうするの?


「てめーは、残るのか?」


 私と同じ疑問に至ったアーノルドが言った。


「はっはー! 楽しそうなイベントだからね! ぶっちゃけ、私はこれに参加したかったからね! ついでに仕事もしたって感じだよ!」


 ああ、なるほど。

 正直、王様を脅迫、もとい説得するだけなら、ここまで大げさな行動は必要ない。

 単に目立ちたかった、というのもあるか。

 アスラは前世から割と目立ちたがり屋だった。

 まぁ、そのおかげで、周囲はアスラを、団長を、その傭兵団を恐れるようになるわけよ。


「ふざけんなよてめぇ」


 アーノルドは怒り心頭、といった様子だった。


「この際、私対その他全員でも構わんよ?」アスラが薄暗く笑う。「君や魔女、それに壁際の冒険者たちも参加していいよ? 仲間の仇を討ちたいだろう? 魔王剣は使わないであげるから、恐れずおいで?」


 アスラは地面に転がっている冒険者の生首に視線を向けた。


「上等だてめぇ、ごめんなさいは聞かねーぞ!」


 アーノルドが実況席からジャンプして闘技場内へ。

 壁際の冒険者たちも全員が戦闘態勢を取った。


「他にも乱入したかったらどうぞ!」アスラはメガホンでそう言った。「なんなら私対6万でもいいよ!」


 アスラが言い終わったと同時に、ローレッタがジャンプ。


「【紫電の一撃】!!」


 そのまま空中で魔法を放った。

 稲妻は一直線にアスラに襲いかかる。

 だが命中する寸前でアスラの頭上に浮かんだ花びらに当たり、炸裂して消える。

 いつの間にか、アスラの周囲に無数の花びらが浮いている。

 桃色の花びらで、桜吹雪みたいで綺麗だった。

 ローレッタが着地。

 アスラがメガホンをポイッと捨てた。

 それを合図に戦闘大会の参加者も冒険者も一斉にアスラに襲いかかった。


「さぁて予想外の展開ね」いつの間にか実況席に戻った魔女さんが言った。「まぁ、平和にイベントが続いて良かったわ」


 これ平和なのかな?

 よく分からないけど、まぁいいや。

 私も参加しよっと!

 私は20式小銃を仮創造。

 ローレッタの分も仮創造。

 みんなの攻撃の合間を縫って、私とローレッタが射撃。

 しかし弾丸は全部空中の花びらに弾かれる。

 なにあの花びら。

 銃弾を受けてもビクともしない。

 まぁ、アスラの魔法だというのは理解できるけれど。


「発展型アスラ式イージス戦闘システム」アスラが解説する。「【桜の盾】」


 なるほど。

 ありとあらゆる攻撃が、花びらによって防がれる。

 誰がどんな攻撃をしても、魔法を使っても、ことごとく花びらに当たる。

 イージス戦闘システムを名乗るだけあるね。

 絶対的な防御力だ。

 人がワラワラいるので、【ミア・ボム】や高性能機関砲は危険だし、攻め手がない。

 みんなも攻め手がないことを理解したのか、徐々にアスラと距離を取り始めた。


「ふむ。では次は私の番だね」


 アスラが右手を空へと向ける。


「私の属性は【づき】」


 空中に巨大な魔法陣。

 あー、これヤバい気がする。

 空からの攻撃はヤバい。

 ローレッタに視線を送ると、サッと私の方に寄ってきた。


「堕ちろ、銀色の月」


 アスラがすっごい笑顔で右手を振り下ろす。

 本当、ろくでもない奴だね!


「【残月天来】」


 魔法陣から、月が生まれた。

 うん。

 月。ムーン。普段は空に浮いてるあいつ。

 それが、堕ちてきた。

 いや、本物の月じゃないよ?

 アスラが作った小型の月だよ?

 でもね?


「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 私は思わず叫んだ。

 結局、皆殺しにする気なんじゃん!!

 酷いっ!

 私、元団員なのにっ!

 あんなの堕ちたら周囲壊滅するから!

 私以外の全員が完全に沈黙してしまった。

 こんなの、どうするの?

 魔女さん助けてくれたりするのかな?


「お姉様!」


 ローレッタが不安そうに私を呼んだ。


「ミア!!」アランの声が聞こえた。「聖帝の実力を見せる時だぞ!!」


 ああん!

 何か期待されてるっ!

 あは、やるしかないね。


「あとでギュッてしてねアラン! 【全能】舐めるなよぉ! 【最強のバリア】!」


 なんてセンスのない名前!

 いいんだ、あとでちゃんと魔法名付けるから。

 そう、あくまでイメージ。

 目的は防衛。

 ローレッタが私に魔力を送ってくれる。

 空に魔法陣が浮かび、半透明な薄桃色のバリアを闘技場の上に展開した。

 なんか想定以上に魔力の出力が上がっていると思ったら、魔女さんが魔力を送ってくれている。

 え? 本音を言うと魔女さんになんとかして欲しかったんだけど?

 まぁ、とにかく私、ローレッタ、魔女さんの魔力を結集したバリアに、アスラの落とした月が衝突した。

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