10話 閃光のローレッタ


 傭兵国家《月花》の権力構造は単純だ。

 まずは皇帝であるアスラ・リョナが1番偉い。

 次に、内務に関しては国家運営大臣のティナ・オータン。

 その次に陸軍と海軍の司令官。

 要するに、これからローレッタと戦うマルクス・レドフォードという男は、傭兵国家《月花》において3番目か4番目に偉い人ってこと。

 陸軍と海軍と、どっちが優勢なのか分からないので3番か4番。

 ちなみに、両軍の長は皇帝であるアスラだ。


 さて、それじゃあこの前ゴジラッシュに乗っていた副長のレコの立ち位置は?

 って思うじゃん?

 実は《月花》は国家なのだけど、その前身は傭兵団《月花》だ。

 その傭兵団《月花》がアスラ直属の特殊部隊として今も残っている。

 つまり、軍とはまた別の指揮系統を持った組織なのだ。

 もちろん、アスラ直属の部隊なので、団長もアスラだ。

 アスラはとにかく人の上に立たないと気が済まないタイプなのかな?


 まぁ、とにかくその傭兵団《月花》という名称の特殊部隊を率いているのが、副長のレコというわけ。

 サルメの遊撃隊も傭兵団《月花》の所属。

 ふふっ、まるで私ってば《月花》マニアみたいだね!

 めっちゃ調べたからね!

 いつかラスボスになるかもって思ったから。


「おおぉっと!? ミアちゃんと同じ格好の小さい子……手元の資料だと、なんとミアちゃんの妹だそうだぞ! 名前はローレッタちゃんだ! みんな応援しろよ!」


 アーノルドが叫んだ。

 ちょうど、闘技場にローレッタが姿を現したところだった。

 ローレッタは私とまったく同じ装備で、威風堂々と歩いている。

 観客が割れんばかりの声援をローレッタに送った。


「惜しいわ」魔女さんが言う。「女の子は7歳からが食べ頃……6歳なのが本当に惜しい」


「魔女さん、欲望丸出しにしてないで、解説してな?」

「ナヨリちゃんが今も居座っているし、もうナヨリちゃんに任せてもいいかしら?」


「オッケー!」ナヨリちゃんが軽やかに言う。「この組だと、余裕でマルクスだろうね。まぁ、ローレッタちゃんも頑張るとは思うけど、次元が違う」


 だろうね。

 私はマルクスに視線を移す。

 マルクスは30代の前半ぐらいか。

 もちろん、《月花》の関係者は実年齢が不明なので見た目だけの判断。

 髪の毛は赤で、短髪。

 精悍な顔立ちで、イケメン。

 服の上からでも分かるマッチョ。

 なんだろう、陸自にいそうなタイプというか、第一空挺団にいそうなタイプ。


 私は前世でこういうタイプの男に囲まれていたので、間違いない。

 現代日本に生まれていたら、マルクスはきっと第一空挺団だ。

 もしくは、海軍が好きなら海上自衛隊の特別警備隊とかかな?

 ちなみに、マルクスの服装は白色の軍服だった。

 もろ海軍の制服って感じの軍服である。

 そして、背中に剣を装備している。

 マルクスの剣は伝説の武具である『聖剣クレイヴ・ソリッシュ』だ。

 ああ、私ってば本当に《月花》マニアだね!


「さぁ、全員出そろったところで、予選開始だぁ!」


 アーノルドが言って、銅鑼が鳴り響く。


「【紫電の皆殺し】!!」


 ローレッタはいきなり超大技を使った。

 一撃で全員を倒すつもりの範囲魔法。


「ちょっとぉぉぉ!?」


 フィリスが驚いて変な声を上げた。

 空中に大きな魔法陣が浮かび、そこから無数の雷撃が参加者たちに降り注ぐ。

 閃光と轟音と悲鳴。

 ローレッタの魔法を躱したのは3人。

 1人は当然マルクス。

 残りの6人はまともに雷撃を受けて、その場で気絶している。

 冒険者たちが戦闘の邪魔にならないよう、急いで気絶した参加者を回収。


「ああ、ビックリしたぁ、死んでませんよね彼ら?」


 フィリスがおっかなビックリそう質問したので、私は「大丈夫だよ」と言った。

 魔法の名前はおっかないけど、分散されているので威力は落ちる。


「凄いな! さすがローレッタだ! 雷光雷鳴の女神! 異名は『閃光のローレッタ』とかがいいか!?」


 アランが興奮した様子で言った。

 闘技場ではローレッタを含む4人が接近戦を行っている。

 私が見たところ、マルクスは割と加減している。

 剣を抜いていないし、魔法も使っていない。

 だがそれでも、あまりにも強い。

 そう、4人で戦っていると言っても、実質はマルクス対残りの3人である。

 この戦闘大会の予選は結託しても問題はない。


 どうせ最後に残るのは1人だけなのだから。

 ローレッタの最初の一撃は選別だ。

 あれを躱せない奴に用はない。

 そして、あれを躱せる実力者なら、マルクスがヤバいことぐらい分かる。

 マルクスは3人の攻撃を軽々と捌いている。

 ああ、こいつ、実戦訓練の感覚だ。

 訓練大好きの私は、訓練してる人間は分かるのだ。

 ちなみにローレッタは短剣を両手に装備している。


「ほう。ローレッタちゃんの近接格闘術もなかなかだね」


 ナヨリちゃんが感心した風に言った。

 そりゃそうだ。

 毎日、私と一緒に訓練しているのだから。

 と、参加者の1人がマルクスのカウンターパンチで戦闘不能に陥った。

 冒険者が彼を回収。

 ローレッタともう1人の参加者がマルクスから距離を取った。

 3人で攻めてもダメだったのだから、1人減った今はまともにやり合っても勝てない。


「どうした? 疲れたのか?」


 マルクスは酷く淡々と言った。

 そりゃ疲れただろうけどさ。


「剣と魔法は使わないんですか?」


 ローレッタが言った。


「うむ。自分の剣と魔法は、人を殺すためのものだ。必要な時にしか使わない」


 殺したくないから使わない、って意味じゃないよね。

 使う必要がない、使わなくても勝てる、を少し間接的に言っただけ。

 ローレッタももう1人もマルクスをジッと見ているが、動かない。

 別に先に動いたら負けるとか、そういうことじゃない。

 マルクスに隙がないってだけ。


「良い天気だな」


 マルクスが無防備に天を見上げた。

 それでも、ローレッタともう1人は動かなかった。


「……戦う気がないなら降参しろ」


 マルクスは苦笑いしながら言った。


「参りました」


 ローレッタは短剣を仕舞ってから、その場に膝を突いた。


「迎えに行ってくる」


 私は魔法を使ってジャンプして、闘技場内へ。


「おおっと!? ミアちゃん乱入か!?」


 アーノルドが楽しそうに言った。

 いや違うし。


「お姉様……格が違いました……」ローレッタは泣きそうな顔で私を見上げた。「このまま粘っても……勝ち目が……見つかりませんでした……」


「大丈夫、大丈夫だよローレッタ。いつか、きっと勝てるようになるから」


 私はローレッタを抱き起こし、そのまま抱き締める。

 そして背中を撫でた。

 そうすると、ローレッタが泣き出す。


「悔しいです! あんなに毎日、訓練したのにっ!」


 よしよし。

 大丈夫、今の私たちはまだ子供だから。

 このまま訓練を続ければ、いつかは追いつけるはず。

 もう1人の参加者も両手を挙げて「降参する」と言った。


「圧倒的な実力差で!! マルクスの勝利です!! これは優勝確実か!!」

「バカ言うな、私がいるだろうに」


 ナヨリちゃんがムッとした様子で言った。

 冗談かな?

 マルクスは私から見ても格が違う。

 ナヨリちゃんは強いけど、マルクスより強いとは思えない。

 胸の中のローレッタが落ち着いたようなので、私はローレッタの肩を抱いて控え室へと向かった。

 客席から拍手が飛び交った。

 ローレッタは涙を拭いて、1度だけ客たちに手を振った。

 控え室に到着してすぐ、ローレッタはベンチに座り込んだ。


「……疲れました」

「だろうね」


 マルクスと対峙していただけでも、凄まじい体力と精神力を消耗する。

 あれはそういう相手だ。

 さすがはラスボスの一味。

 なんかもう、私の中で《月花》がラスボス扱いになってるけど、まぁいいか。

 と、ローレッタが私をジッと見詰める。

 どうしたのかな?


「お姉様」

「ん?」

「もう一回、ギュッてしてください」

「うん。いいよ」


 可愛い! はい可愛い!

 私は喜び勇んでローレッタをギュッとした。

 

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