11話 情報屋の本性
とりあえず、今日の予選は4番グループまでなので、私たちは帰路に就いた。
ローレッタはすでに平静を取り戻している。
「アラン」と私。
「なんだ?」とアラン。
先頭を歩いているのはセシリアで、隣にグレン。
その次が私。
私の右にローレッタで、後ろにアラン。
殿はフィリスとニーナである。
現在は闘技場から宿までの道の途中。
多くの店が軒を連ねる大通りだ。
「今日、予選を突破した4人をどう思う?」
私は歩く速度を緩めて、アランと並ぶ。
そうすると、ローレッタも速度を緩めて私の隣に。
「ナヨリちゃんは白銀の天使、冒険者の人はなんだか普通っぽい人で、ミアはバラの女神。マルクスはまさに闘神って感じだったぞ」
「私を女神って呼ぶのは止めようか」
「分かった。じゃあもっといい異名を考えておく!」
ああ!
そういう意味じゃない!
でも、考えなくていいって言っても、アランは考えそうだ。
「アラン、お姉様は将来《聖帝》となる人です。分かりますか? 聖なる皇帝と書いて、聖帝です」
ローレッタが何か言い出した。
アランも「おお!」と興奮した様子。
ちょっと待って、聖帝って何?
私、何か聖なることした?
聖女路線を目指せってこと?
悪役令嬢なのに?
いや、まぁゲームシナリオは無視するけどさ。
ってゆーか、現時点で完全に無視してるけどさ。
「あわわ! やっぱりそっち路線ですか!?」
フィリスが慌てふためいた様子で言った。
そっち路線ってどっち路線なの!?
みんな私に内緒で私の路線決めたの!?
「聖帝ミア・ローズ」アランが言う。「カッコいいな!」
「そうでしょう、そうでしょう」
うんうんとローレッタが頷く。
待って!
とりあえずその聖帝っての、恥ずかしい!
まず私は聖属性じゃないし、皇帝でもない!
あれだよ?
私の異名とか脳筋のミアでいいよ!
あ、やっぱりそれも嫌だ!
私は少し混乱していた。
「と、とりあえずみんな、甘い物でも食べて帰らない!?」
私は強引に話題を変えた。
ローレッタが賛成し、アランも賛成してくれた。
だからまぁ、聖帝ミア・ローズの話は一旦終わった。
現時点での私の目標はローズ公国としての独立であって、世界大帝国の建国ではない。
まぁ、ローレッタが目指すなら手伝うけれども。
でも皇帝は私じゃなくてローレッタでよくないかな?
◇
それからあっという間に予選の4日が過ぎ去った。
全16人の決勝トーナメント参加者が勢揃いし、翌日には組み合わせが決まった。
「マルクスとは決勝戦で当たるみたいだね」
私はトーナメント表を見ながら言った。
ここは私たちが滞在している宿屋、私の部屋だ。
すでに夕方である。
「それまでに対策が立てられますね」とローレッタ。
「うむ。闘神マルクスの戦いを多く見られるからな」とアラン。
ちなみに、アランは違う部屋なのだけど、だいたい一緒にいる。
ただ、周囲は私を信用していないので、絶対に私とアランを二人きりにしないよう配慮している。
アランに配慮しているのだ。
私に襲われないように。
ちぇ、別に襲ったりしないのに。
とは思うけれど、自分でも説得力がないなぁ、と思った。
「ナヨリちゃんとは1回戦だね」
そう、私はいきなりナヨリちゃんと当たってしまったのだ。
しかも第一試合。
明日の朝から決勝トーナメントは始まる。
やっぱり最初に国王が挨拶をするそうだ。
まぁ冒険者ギルドとの大きなイベントだしね。
レイナルド王国は内外に向けて、主に分離独立派に向けて仲の良さをアピールする必要がある。
「ナヨリちゃんは大丈夫でしょう」ローレッタが言う。「体術だけで戦うわけでもありませんし、予選の時のキング・ゴメスの方が強敵だと思います」
「オレも同意見だ」アランが言う。「ところで聖帝の異名をあの実況と解説の2人に伝えようと思うのだが」
「いいですね!」
ローレッタが即座に賛成した。
「待って! 由来が不明過ぎるよ!? 私、今はただの公爵令嬢だからね!?」
「でも聖帝はカッコいい!」とアラン。
「アランに賛成です!」とローレッタ。
ヤバい。
このままでは、私は聖帝にされてしまう。
「落ち着きましょうアラン王子殿下、ローレッタ様」セシリアが澄まし顔で言う。「ミア様が困っています。お二人とも、ミア様を困らせる意図はございませんでしょう?」
セシリアが言うと、アランとローレッタが顔を見合わせる。
「そんなつもりは、ありません」
「オレもだ」
仲のよろしいことで。
私たちはとっても平穏な一日を過ごした。
◇
そして翌日。
どうしてこうなった!?
闘技場ではまったく意味不明の事態が発生していた。
挨拶のために、わざわざ闘技場内まで降りてきたレイナルド王を、ナヨリちゃんがぶん殴って蹴り飛ばして、喉元に短剣を突きつけたのだ。
あまりにも手早く、そして洗練された動きだったので、誰も対応できなかった。
戦闘大会の参加者はもちろんのこと、周囲の冒険者たちも、王の護衛たちも。
ナヨリちゃんは情報屋とは思えないほど鮮やかな手並みで王を人質にした。
目的はまったく分からない。
でも今、私たちの目の前で、半泣きの王様が目だけで助けを求めている。
とにかく、流れるように事態が進行したので、観客の多くはイベントの一環だと思ったに違いない。
「えっと? これはどういうことだ?」
実況のアーノルドが酷く困惑した様子で言った。
そりゃ困惑するよね。
私も困惑している。
大会どうなるんだろう?
私、予選の時と同じく気合いの入ったフル装備なんだけど?
宝剣アルマスも欲しいし、マルクスとも戦ってみたいのだけど?
アーノルドの困惑で、やっと観客たちも目の前で進行している人質事件がショーではないと理解。
どよめきが起こった。
ナヨリちゃんが王の側近らしき人物に視線を移す。
「それを渡して」
そして鉄製音響メガホンを寄越せと言った。
王は挨拶するために降りてきたので、当然メガホンも用意されていた。
側近らしき人物は急いでメガホンをナヨリちゃんに渡す。
「あー、えー」ナヨリちゃんが言う。「突然のことで驚いたと思う」
うん。
めっちゃ驚いてる。
参加者みんな驚いてるんじゃないかな。
「詳しい話をする前に、まず私がいかに本気であるか、ということを見せよう」
ナヨリちゃんが言うと、マルクスがナヨリちゃんに寄っていく。
やる気かな?
そう思ったけど、全然違った。
マルクスは剣を抜いて、ナヨリちゃんの代わりに王の首に刃を当てた。
それを確認してから、ナヨリちゃんは短剣を仕舞う。
ナヨリちゃんはフリーになった右手を横に伸ばす。
そうすると、空間が引き裂かれた。
酷くどす黒い、寒気がするようなエネルギーが空間に亀裂を生んだ。
あまりの悍ましさに、沈黙が訪れる。
やがてその亀裂から、剣の柄が現れた。
ナヨリちゃんがそれを掴み、ゆっくりと引き抜く。
それは真っ白な剣。
まるで骨で作ったみたいな、妙な剣だった。
ただ、この世の悪意と憎悪を全てその剣に仕舞ったのかと思うほど、強烈な負のエネルギーを感じた。
それを感じたのは私だけではなかったようで、参加者たちが身を竦めた。
観客はずっと言葉を失っている。
そして、ナヨリちゃんが酷く凶悪に笑った。
その剣と同じく、あらゆる悪意を閉じ込めたような、醜悪な笑み。
背筋が凍るかと思った。
おおよそ、それは人間の笑みだとは思えなかった。
ナヨリちゃんが客席に向かって剣を振る。
そうすると、真っ赤な三日月型の巨大な魔力が走った。
攻撃魔法っぽいけど、たぶん武器の固有スキル。
それはあらゆる生命を根こそぎ葬り去るに足る魔力だった。
魔力量で言うなら、私の全魔力を放出しても及ばないレベル。
あ、これ、みんな死ぬかも?
ローレッタたちの方じゃなくて良かった。
それしか思えなかった。
悲しいぐらい、どうにもならない。
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