9話 愛しく懐かしい戦場の匂い


 キングが槍の尻を私に向けた。

 穂先ではなく尻。

 そして、投擲。

 凄まじい速度で飛翔する槍を、けれど私は軽く躱す。

 真っ直ぐ飛んでくるだけの槍なんか、当たるわけない。

 私は小銃を構える。


「お姉様!!」


 耳をつんざくようなローレッタの叫び声で、私はその場から飛び退いた。

 そうすると、さっきまで私が立っていた場所にキングの槍グングニルが突き刺さっている。

 もちろん、刺さっているのは槍の尻の方。

 なるほど、危なかった。


 グングニルは私を追尾し、ポップアップして上から私を強襲したわけか。

 対艦ミサイルみたいな機動しちゃってさ!

 なんて思っていると、キングが距離を詰めて来た。

 そのままの勢いで、キングが蹴りを放つ。

 私は小銃でガードしつつ、後方に飛ぶ。

 キングが左手を伸ばすと、グングニルが自動的に空を飛んでその手に収まった。

 なんて便利な槍!


 本当、想像以上にファンタジーな世界だ。

 キングはその場でクルッと槍を回し、また即座に距離を詰める。

 私とキングの近接攻防。

 集中していないと、すぐにやられてしまう。

 身体能力はキングの方が上だけど、私は身体が小さいので的も小さい。

 だからギリギリで対応できている。

 小銃をガードに使いすぎてボロボロになってきた。

 まぁ、仮創造だから消してまた新しいのを出せばいいのだけれど。


「凄まじい攻防だ! なんだこれ! 事実上の決勝戦かよ!」


 アーノルドが興奮気味に言った。


「というか、ミアちゃんの動き、ナヨリちゃんと似てる?」


 魔女さんがいいところに気付いた。


「近接格闘術だね」ナヨリちゃんが言う。「私のはアレンジを加えているし、まったく同じではないけれど」


 まぁ、私のは日本拳法を主体とした自衛隊格闘術と、前世の団長仕込みの近接戦闘術の複合。

 帰ったら私もこっちの世界に最適化させよう。

 忙しいな私。

 やること多過ぎじゃね?


 そんなことを考える余裕が生まれる程度には、キングの攻撃に慣れた。

 そう思った瞬間だった。

 キングが更に速度を上げた。

 唐突だったので、私は対応できなかった。

 キングは槍の柄を私の胸に打ち込んだ。

 こう、剣を横に振るような感じで打ち込まれて、私は後方に吹っ飛ばされた。


 痛いっ!

 セラミックプレートあるけど、衝撃が全部消えるわけじゃない。

 私は小銃を消して受け身を取って、即座に横に回転。

 私が地面に落ちた場所を、キングが容赦なく槍の柄で叩いた。

 土が抉れるぐらいの強度で叩いた。

 それ、鉄帽のない頭に受けたら死ぬんじゃね?

 そう思った瞬間、身体中の血液が沸騰したような感覚に襲われる。


 ああ、懐かしい!

 生きるか、死ぬかの!!

 戦場!!

 愛しの戦場!!

 駆け抜けた日々が、脳裏を過る。

 殺意と殺意のぶつかり合い!

 正義と正義の押し付け合い!

 勝てば官軍!!

 負ければ賊軍!!

 用意周到!!

 がんめいろう!!

 ああ!

 ああ!


 私は【全能】の魔法で空へと舞い上がる。

 私を追ってキングがジャンプ。

 だけれど、私はキングが届かないぐらい高く飛んだ。


「おおっと!? ミアちゃん、たまらず空に逃げた!」とアーノルド。


 私は右手を挙げる。

 そうすると、上空に魔法陣。


「逃げたというか、伏せた方がいいかも」とナヨリちゃん。


 勘の良いことで。


「はっはー! 楽しいよキング!! 【ミア・ボム】!!」


 かつて自領の修練場に穴を空けた簡易爆弾。

 それを連続投下。

 この闘技場はあの時の修練場より広いので、位置をずらしながらね。

 眼下で爆音と衝撃波が連続する。

 土煙が舞い上がって、視界が悪くなった。

 一応、衝撃波が客席を破壊しないように調整はした。

 でも土煙をかぶった客は割と多かったようだ。

 計4発の【ミア・ボム】を落として、私は息を吐いた。

 同時に、真下からグングニルが飛んでくる。


「生き残ったんだね!! 素敵だよキング!!」


 私はグングニルを躱すと同時に、右手で掴んだ。

 しかしグングニルは止まらない。

 空中でクルッと弧を描き、今度は落下。

 掴んでいる私も一緒にね。


「できるかなっ! 【純粋な破壊】!」


 目的はグングニルの破壊。

 イメージは内部からの破裂。

 魔法は発動しなかった。

 私の残った魔力量では、グングニルを破壊できないということ。

 さすが伝説の武具!

 仕方ないので手を離す。


 そのまま五点着地。

 まだ視界が悪い。

 あと、地面もぐっちゃぐちゃである。

 私がやったんだけどね!

 私は周辺警戒を厳とした。

 しかしキングの攻撃はなかった。

 私の位置を見失っているのかも。

 土煙が落ち着いた頃、倒れているキングの姿を発見。


 駆け寄るほどには乙女じゃない。

 壁の周囲に配置されていた冒険者たちがキングの方へと急いで移動。

 どうやら、キングは戦闘不能のようだ。

 けれど、鎧のおかげで命は失っていないらしい。

 もしかして鎧も伝説の武具だったのかな?


「まさかの結末!! 決勝トーナメント進出は! 僅か7歳のミア・ローズちゃんだ!」


 アーノルドの勝利宣言に合わせて、私は右手を挙げた。

 そうすると、凄まじい歓声が上がる。

 凄まじすぎてビックリした。


「すげぇぞ嬢ちゃん!!」

「【ミア・ボム】やべぇ!!」

「優勝目指せよ!!」


 などなど、かなり好意的な声援が飛び交った。

 私は嬉しくなって両手をブンブンと振る。

 あと、笑顔も浮かべておく。

 さすがに戦闘大会を見に来るだけあって、観客もみんな強い奴が好きなんだろうなぁ。

 それからも私はずっと手を振っていたのだけど、見かねた係の人が寄ってきて、「控え室に戻りましょうね」と少し困った風に言った。

 仕方ないので、私は指示に従う。


「ミアちゃんはちょっと、調子に乗る部分があるようだね」ナヨリちゃんが言う。「知り合いにサルメってのがいるんだけど、そいつにソックリだよ」


 失敬な。

 あんなイカレ女と一緒にして欲しくない。

 てか、ナヨリちゃんサルメとも知り合いなのか。

 そんなことをぼんやり考えながら、控え室へ。

 ちなみに控え室は闘技場の逆側にもあって、4番グループはそっちを使う。

 だから私は少しゆっくりしてから戻ってもいいってわけ。

 とりあえず戦闘服を脱ぐ。

 私は布で身体を拭いて、軍服ワンピースに着替えた。

 そして軽く香水を振っておく。

 ローズ領自慢の、バラの香水だ。

 さて、私は勝利の余韻に浸りながら客席へと戻った。


「さすがローズ領の爆発娘!」アランがキラキラした瞳で私を見た。「破天荒な女神の怒り、とでも言えばいいのか! とてつもない魔法だった!」


 えっと、それって【ミア・ボム】のことかな?

 私は曖昧に笑いながら、アランの隣に座った。

 ローレッタはもう控え室に向かったようで、客席にいなかった。


「ミア様、爆弾は使わないでって言ったのに……」


 土を被ったらしいフィリスがジトーッと私を見た。

 闘技場内は急いで整地したらしく、地面がさっきよりだいぶマシになっている。


「まぁ、対戦相手が死ななくて良かったです」セシリアが淡々と言った。「お疲れ様ですミア様」


「ふふっ。なかなか楽しかったよ」


「ヤバ目の戦闘を楽しまないでください」とフィリス。

「今更だね」と私。


「ですよねぇ」フィリスが溜息を吐く。「さて、次はローレッタ様ですねぇ」


「何か言ってた?」

「ミア様と決勝トーナメントで戦えるよう、しっかり勝ってくると言っていました」


 セシリアが淡々と言った。


「ミアもローレッタも凄いな! オレもあのぐらい戦えるようになりたいぞ!」

「うん。鍛えてあげるから安心したまえ」

「よぉし! 漆黒の堕天使と、宵闇の征服者ならどっちがいい!?」

「え? 何が?」

「オレの異名!」

「……保留で」


 いや、そういうのは、その、自分で決めるものじゃ、ないような?

 よく分からないので、私は先送りした。


「さぁてここで登場しました優勝候補筆頭!」アーノルドが言う。「今更どうして氷の剣が欲しいのか! それとも副賞のユグドラシルの葉が目当てか!? 傭兵国家《月花》の海軍総司令官マルクス・レドフォード!!」


 ゲロ吐きそうなほどヤバいのが出てきた。

 さすがの私も口を半開きにしてしまう。

 ローレッタ大丈夫かな?

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