7話 白銀の天使と近接格闘術


 闘技場内に冒険者たちが入って来た。

 彼らは誰かの命が危なくなったら、試合を止める役目を担っている。


「さぁてそれじゃあ! 1番グループの予選、開始だぁ!」


 実況のアーノルドがノリノリで叫ぶと、銅鑼の音が鳴り響いた。

 同時に、10人の参加者たちがそれぞれ戦闘を開始。

 私はナヨリちゃんを目で追った。

 不覚にも、私はナヨリちゃんの流麗な動きに見とれた。


「……お姉様」ローレッタが驚愕したような声で言う。「ナヨリちゃんの技、お姉様に似ています」


「私はあんなに綺麗に動けないけど……でも、そうだね……」


 ナヨリちゃんは武器を持っていない。

 素手で次々に参加者たちを打ちのめしていく。

 その技術は、現代地球の近接格闘術だ。

 普通の格闘技と違い、兵士が相手を壊すための技術。

 純粋に敵を殺傷することを目的とした技術体系。

 それを、こっちの世界風にアレンジしてある。

 ナヨリちゃんは微笑みながら、相手の人体を容赦なく破壊していく。

 寒気がするほど、容赦がない。

 まるで熟練の兵士のように。


「天使が、舞っている……」


 アランがそう呟いた。

 気持ちは分かる。

 ナヨリちゃんの技は芸術だ。

 あるいは、全ての無駄を省いた合理性の塊。


「こ、これは予想外!」アーノルドが言う。「いくらなんでも、ここまでの戦闘能力を持ってるとか! 普通に優勝候補じゃねーか!!」


 ナヨリちゃんがふと戦闘を止め、アーノルドに手を振った。

 なんとも余裕である。

 動きを止めたナヨリちゃんを、3人が同時に襲う。

 ナヨリちゃんが危険だと理解しているのだ。

 私でもこの隙にナヨリちゃんを攻撃する。

 しかしナヨリちゃんは3人の攻撃を華麗に躱し、反撃を行った。


「実に美しいわね」魔女さんが言う。「人体を破壊するという、その一点だけを極めたような技術ね。果たして、どれほどの訓練を積めば、あの領域に達するのかしら?」


 そう、その通り。

 生半可な訓練じゃ、あの領域には到達しない。

 最低でも、私と同じレベルの訓練を10年以上積まなくては。

 いや、それより何より、一体、どこの誰がナヨリちゃんに近接格闘術を教えた?

 私と同じ転生者?

 それとも、こっちの世界ですでに近接格闘術を編み出した人物がいる?

 どちらにしても、会ってみたい。


「勝てる気がしません……」ローレッタが悔しそうに言った。「いえ、体術だけなら、という意味ですけど……」


「だね。格闘に関しては、私よりも上だよ、ナヨリちゃんは」

「ミアでも勝てないのか!?」


 アランが酷く驚いた風な声を上げた。


「勝敗の定義による。体術オンリーなら、今は勝てないね。でも撃ち殺していいなら、たぶん勝てるよ」

「あたしも、魔法を使えばなんとか、って感じですね」

「そうか。さすがは白銀の天使。ローズ姉妹にここまで言わせるとは」


 アランは何度か小さく頷いた。

 そして、ナヨリちゃんの愛称が白銀の天使になっている。


「なんとナヨリちゃん!!」アーノルドが言う。「無傷で全員倒してしまったぁぁぁ! こりゃすげぇや!! オレちゃんも参加すりゃ良かったぜ!! 戦ってみてぇなぁ!」


 闘技場内で立っている参加者は、すでにナヨリちゃんのみ。

 ナヨリちゃんはクルクル回りながら観客に手を振っている。

 なんともサービス精神旺盛である。

 銅鑼の音が鳴り響く。

 試合終了、という合図だ。

 冒険者たちが、倒れた参加者たちを医務室に運んだりと忙しそうに動いている。

 ナヨリちゃんは笑顔で控え室へと向かった。


「うぅん、これは、案外優勝は楽じゃないね」


 それから30分ほど休憩があって、闘技場では楽団が演奏していた。

 割といい演奏だった。

 それが終わると、2番グループの予選が始まる。

 勝ったのは現役の冒険者だった。


「さて、次は私だから、控え室に向かうよ」


 私は戦闘背のうを背負って立ち上がる。

 戦闘背のうとは、分かり易く言うとバックパックだ。

 この中には戦闘服一式が入っている。

 ちなみに今は軍服ワンピースだが、これはあくまで制服。

 ガッツリ前線で戦うなら、戦闘服に限る。


「お姉様、頑張ってください!」

「ミア! 応援してるぞ!」


 ローレッタとアランがグッと拳を握った。

 私は笑顔で応えた。


「ミア様、気を付けて」とセシリア。


「そうですよー、間違って爆弾とか使わないでくださいよぉ?」


 フィリスが苦笑いしながら言った。


「大丈夫だよ、さすがに積極的に殺しはしないよ」


 まぁ相手による。

 相手が殺意を持って私と対峙するなら、私も殺意を持つ可能性が高い。

 とりあえず、私は1人で控え室へと向かった。

 参加者以外は入れないので、セシリアは付いて来れない。

 私は自分に割り当てられた控え室に入り、早速着替えた。

 大きな姿見があるので、着替え終わった自分を見る。

 バリバリの戦闘服姿である。

 フル装備だ。


 頭にはお馴染み88式鉄帽。

 迷彩服3型の上下。

 その上には防弾チョッキ3型。

 この防弾チョッキは単体でも拳銃の弾ぐらいなら防げる。

 しかしながら、私が装備しているのはセラミックプレートを挿入しているので、小銃弾も防げる。

 セラミックプレートは私の創造。

 まぁ撃たれることはないだろうけど、刃にも強いので無駄にはならない。

 そしていつもの戦闘靴。

 見るからにやる気満々の出で立ち。


 私は軽めに身体を動かしてウォーミングアップ。

 そうこうしていると、係の人が呼びに来たので、私は闘技場内へと向かった。

 ちなみに、軍服ワンピースを仕舞った戦闘背のうは控え室に置いたままだ。

 邪魔になるからね。

 私が闘技場に姿を現すと、客席がどよめいた。

 ふふっ、あまりにも完璧な装備で出てきたら、ビックリしたのかな?

 私は手を抜かないっ!


「いくらなんでも、若すぎねーか?」アーノルドが言った。「完全に子供だぞ? 戦えるのか? 誰だこの子の参加を許可した奴!」


「可愛い」魔女さんが言う。「実に、可愛い。イタズラ……いえ、愛でたいわ」


 ちょっと待って。

 今、あのピンクの魔女、私に悪戯するって言った!?


「女の子は、7歳から14歳が至高。これは真理よ」魔女さんは至極真面目な様子で言う。「つまり、ミア・ローズちゃんは至高の真理にして、ああ、もうそんなこといいわ。とにかく1度ペロペロしたい」


「おい魔女さん、本音出てんぞ。ロリコンは処刑って国もあるんだぞ?」

「この国は違うでしょう?」


 魔女さんはキリッとした表情で言った。

 うん、近寄らないようにしよう。

 あと、目も合わせない方が良さそうだね。

 魔女さんはガチっぽくてちょっと怖い。

 私は参加者たちに視線を移す。

 すでに全員が闘技場内にいる。

 当然ながら、みんな私より年上だ。


 みんなそれぞれ、身体を伸ばしたりシャドーボクシングしたりと、真剣そのもの。

 私は客席に視線を移し、ローレッタたちに手を振った。

 ローレッタとアランが目一杯に手を振り返す。

 可愛い。はい可愛い!

 2人とも可愛いなぁもう!

 私はニコニコしながら、客席を見回す。

 そうすると、ナヨリちゃんと目が合った。

 ナヨリちゃんが口をパクパクと動かす。


「その服、いいね。カッコいいよ」


 たぶん、ナヨリちゃんはそう言った。

 私は「ありがとう」と口パクを返す。

 それから、3階のVIP席に視線を移す。

 ちょっと遠いけど、クラリスとジェイドらしき人物を確認。

 一緒にいるのはハウザクト王国の側仕えと騎士たち。

 それからレイナルド王国の騎士たちと、要人らしき人たち。


 さすがにレイナルド王はいないっぽい。

 まぁ、決勝トーナメントの挨拶に訪れると風の噂で聞いたけれど。

 どっちにしても私には関係ない。

 私は優勝して宝剣アルマスを持ち帰る。

 そしてクラリスに売り飛ばして、得た資金で魔力機関を開発するのだ!


「さぁて、それじゃあ、優勝候補の紹介と行こう!」

「竜騎士キング・ゴメスね」


 魔女がその名を告げると、参加者の1人が槍を掲げた。

 そうすると、客席から割れんばかりの大歓声。

 耳をつんざくような歓声に、さすがの私もビックリしたよ。

 どうやら、私は初戦からヤバいのと当たったらしい。


 

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