EX05 ミア様!! それは食べ物ではありませんっ!!
ああ、なんて平和な日なのでしょう。
わたし、フィリス・オドーアティは読書をしているミア様を見ながらそう強く思った。
今日、ローレッタ様は1人で空挺訓練がしたいと、飛び出してしまった。
文字通り、大空に。
わたしは空を飛ぶ系の公爵令嬢に仕えているのだ。
あ、胃が痛くなってきましたね。
ちなみにミア様は「姉離れが……早すぎるっ……」と少し寂しそうだった。
今はケロッと本を読んでいるけれど。
ミア様にしては珍しく、普通の恋愛小説を読んでいる。
ここは中央のローズ家の屋敷。
「ふぅ」
小説を読み終えたミア様が、本をテーブルに置く。
「お茶にしますか?」
そう言ったのは、ミア様の側仕えであるセシリアさん。
「うん。お願い」
「分かりました。お待ちください」
セシリアさんはお茶の準備をするため、リビングを出る。
その際に、わたしに目配せ。
目を離すな、という意味である。
わたしはコクン、と頷いた。
「そうだフィリス、この本、読んだことあるかい?」
ミア様が話しかけてきた。
それ自体はいつものこと。
話題の内容が普通過ぎて、少し嬉しくなってしまう。
今回はまともな会話になりそう。
「はいミア様。割と売れているお話です。平民の少女が、身分違いの殿方にモテモテになって、逆ハーレムを築く内容だったと思います」
わたしが言うと、ミア様の表情がキラリと輝く。
本の感想を言い合いたいのだろう、とわたしは思った。
「読んでる時は別にいいんだけど、読み終わったらさぁ、主人公の鈍感さに苦笑いが出ちゃうよね!」
「……え? ええ、まぁ、そうですね」
「だいたいさぁ、あんなに態度で好きって示されてるのに、気付かないなんてこと、現実じゃ有り得ないよね!」
「あ、はい。そうですけど……」
あれ?
今日のミア様は、自分で自分の首を絞めるスタイルなのかな?
「私だったら、あんなに好き好き寄って来られたら、すぐ気付いちゃうけどね!」
嘘吐けぇぇぇぇぇぇ!!
危うく突っ込みそうになったけれど、わたしは耐えた。
わたし偉い。
「そして気付いた上で? 大人な余裕で? ハーレムを満喫する的な?」
ミア様はうんうんと頷きながら言った。
その頷きは何ですか?
なんでそんなに自信満々?
もしかしてミア様、本当はみんなの好意に気付いているのかな?
レックス君や、ジェイド殿下、ノエル様は確実にミア様が好きだよね。
「あーあ、誰か私のことも、この本の男たちぐらい好きって態度で示してくれないかなぁ」
気付いてなかった。
そうだと思ったけどね!
「ミア様はハーレムがご希望ですか?」
「当然だよ!」
ミア様はいい顔で言った。
あ、これ、将来が不安なんですけど。
ミア様、他領地を攻め落として、イケメンだけ持ち帰りそう。
「いや、元々は1人に愛される方がいいと思ってたんだけど、ちょっと心境の変化があって、ハーレムでもいいかなって」
えへへ、とミア様が頬を染める。
こうしてみると、普通の令嬢っぽい。
いや、恋バナするには少し早すぎる気もするけれど。
まぁ、でも、迫撃砲だとか、地雷だとか、小銃だとかの物騒な話よりは全然いい。
「ミア様には、気になる殿方はいないんですか?」
「いるいる! 第二王子殿下!」
言ったあと、ミア様はニヘラっと変態っぽく表情を崩した。
第二王子殿下はハウザクト王国始まって以来の、美形王子と呼ばれている。
「いや、まあ、別に? 運良く? 運良く会えたらいいなって?」
ミア様は取り繕いながら周囲を確認し、ホッと息を吐いた。
ローレッタ様がいたら、「表情」とお尻を抓られるから、警戒したのだろう。
「年内には、お茶会に参加できると思いますよ」
ミア様とローレッタ様の淑女教育は、割と順調。
当初のローズ家の意向では、ミア様もローレッタ様も来年お茶会デビューさせるはずだった。
けれど、ミア様がすでに勝手に王族と仲良くなってしまったので、今年デビューでいいか、という判断。
おかげでわたしたち側仕えの心労が増えましたけれど!
だってミア様もローレッタ様も、王族相手に「不敬罪って何?」って態度なんだもの!
ああ嫌だわ、本当にいつか逮捕されるんじゃない!?
そこまで考えて、わたしはハッとする。
ローズ姉妹を逮捕できる人って、王国にいるかな?
「楽しみだね。正直、婿入りしてくれるなら別に婚約してもいいかなって最近は思ってるんだよね」
ミア様は将来、領主になるらしい。
だから、ミア様が嫁ぐ系の婚約は全部断っている。
と、セシリアさんが戻って来た。
ミア様はお茶を飲みながら、再び小説の話を始めた。
ああ、今日は平和だなぁ。
ローレッタ様がいないから、ほとんどやることもないし。
側仕えは人に仕える。
家のことは侍女の仕事。
しばらく饒舌に話していたミア様が、庭に出ると言い出した。
わたしとセシリアさんは、少し緊張。
まぁだけど、最近はミア様の訓練に関しては慣れた。
それに、ミア様も勝手にどこかに消えることはなくなった。
ちゃんと行き先を告げてから、空を飛ぶことはあるけれど。
人間って空を飛べるんだなぁ。
ミア様が庭に出て、わたしとセシリアさんも追って庭へ。
ミア様は特に何をするでもなく、庭を散歩。
ああ、令嬢っぽい!!
ミア様が公爵令嬢っぽい!!
ミア様は花壇の前で足を止める。
花壇には、黄色のダリアが咲き誇っている。
わたしとセシリアさんは顔を見合わせ、少し微笑む。
ミア様にも、花を愛でる気持ちがあって本当に良かった。
「うん、頃合いだね」
ミア様が言った。
何が頃合い?
わたしがそう思った瞬間。
パクッ、と。
ミア様がダリアを食べた。
「ああ、ミア様! 直接口で食べるなんて! カトラリーを……」
「セシリアさん!? 正気を保ってくださいセシリアさん! 花は素手で食べる物ですよ!」
わたしとセシリアさんは混乱した。
ミア様の行為が、まったく理解できなかったのだ。
モグモグ、とミア様。
「花は素手? そういえばそう……いえ違いますフィリス! そうではなくて、そもそも食べ物じゃありません」セシリアさんがミア様に寄っていく。「ミア様、すぐにペッ、してください!!」
まだ混乱しているのか、セシリアさんは幼い子に話すような言い方になっていた。
いや、まぁミア様は幼いっちゃ幼いけれど。
ゴックン、とミア様。
「お花を食べちゃダメでしょぉぉぉぉぉぉ!!」
わたしは耐えられず、大きな声で突っ込みを入れた。
ミア様はキョトンとしている。
なんでキョトンとしてるの!?
ねぇなんで!?
「ミア様、お腹が空いたのなら、言ってくだされば、お菓子を出しますから」
セシリアさんはすでに正常に戻っているようだ。
「大丈夫。ダリアは美味しいよ」
「そういう問題ですかっ!?」私が言う。「お腹が痛くなったら、どうするんですか!?」
「君は本当に悲観的だね」
「当然の心配だと思いますけれど!?」
「あ、そっか。君たちは知らないんだね」ミア様が両手を叩く。「ダリアは食べられる花なんだよ」
「仮にそうだとしてもっ!」セシリアさんが言う。「ミア様は公爵令嬢です。花を食べるなんて、絶対に余所でやってはいけません!」
「こんなに美味しそうに咲き誇ってるのに」
チラリ、とミア様が花壇に視線を移す。
「大奥様は食べるために育てたわけじゃないと思います!」
わたしが言うと、ミア様はすごくビックリした顔に。
なんで?
なんでビックリしてるの?
「だけど森では……」
「ここは森ではありません」
セシリアさんがピシッと言った。
「山では……」
「山でもありません」
「戦場では……」
「戦場でもありませんね?」
「普段から食べ慣れておかないと、いざという時……」
「そんないざはありません」
「……分かったよ」やれやれ、とミア様。「家では食べないようにする」
「どこでも食べちゃダメですぅぅぅぅ!!」
私は思わず突っ込んだ。
ああ、今日は平和な日だと思ったのに。
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