EX06 いつか冒険者になるために


 中央騎士歴20年のベテラン騎士は、変わり果てた姫の姿に涙を流した。


「食糧ですわぁぁぁぁ!! 食糧!!」


 ハウザクト王国の第一王女であるクラリス姫が、短剣片手に大蛇と戦っていた。


「姉上!! 食糧が逃げる! 逃がしてはダメだ!」


 第一王子であるジェイドまでも、大蛇と戦っている。

 ここはローズ領、深い山の中。

 すでに山に入って5日が経過していた。

 なぜ王族が山中にいるのかと言うと、冒険者訓練の一環である。

 訓練を指導しているローズ領のミア・ローズ公爵令嬢は『レンジャー教育』と言っていた。

 この山中にいるのは、中央騎士4名、ローズ騎士2名と子供たち。

 子供たちの内訳は、ミア、ローレッタ、ジェイド、クラリス、レックス、ノエルだ。

 全員が迷彩柄の戦闘服を着用して、顔には蛮族のような緑色のペイントを施している。


「隊長、泣かないでください。自分も悲しくなります」


 中央騎士の1人が、引きつった声で言った。


「あれが……我が国の姫の姿とは……」


 ベテラン騎士である隊長は、涙を拭った。


「中央騎士はメンタルが弱いな」

「まったくだ」


 ローズ騎士2人は子供たちを護衛する気がないのか、ハンモックに転がっていた。

 それでも騎士か、と言いたいところだが、中央騎士たちのハンモックも用意されていた。

 気合いを入れて護衛しようと思ったのは初日だけ。

 ミアがいれば護衛などまったく無用の長物。


「お前らのメンタルがおかしい」


 中央騎士の1人が苦笑いしながら言った。


「ローズ領じゃ、兵も騎士も最近じゃミア様に鍛えられてるからなぁ」


 ローズ騎士の若い方が言った。

 ミアは特に兵団と仲が良い。

 騎士は高潔さなど、色々と志が高いので、ミアの泥臭い指導とやや合わない部分もあるのだ。

 と、子供たちが大蛇を倒した。

 そして協力して手早く下処理をしていく。

 やがて香草を振りかけた蛇肉が焼かれ、美味そうな匂いが広がった。


「君たちの分だよ、今日もご苦労」


 ミアが騎士たちのために、串に刺さった蛇肉を持って来た。

 ちなみに串はミアたちの手作りだ。


「ミア様あっざーっす!」

「あっざーす!」


 ローズ騎士たちはハンモックから降りることもなく、手を伸ばす。

 ミアがその手に串を渡す。

 非常に不敬に見えるが、ミアはまったく気にしていない。

 ミア的には、「いや悪いね君たち、こんな山奥まで付き合わせて」という感じ。


「そのあっざーすという言い方はやめろ。品がない」


 隊長が注意するが、ローズ騎士2人はどこ吹く風。

 ミアが中央騎士たちにも蛇肉を配った。


「この山は食糧が豊富だから、初心者向けだね。事前に調べておいて良かったよ」


 ミアはにっこにこの笑顔だ。

 大蛇やら魔物やら色々と出る山なので、けっして子供向けではないのだが、と隊長は思った。

 蛇肉を渡し終えたミアが、子供たちのところに戻る。

 隊長がそちらに視線を移す。

 ちょうど、クラリスが蛇肉をモニュモニュと食べているところだった。

 姫が、串焼き肉に、かぶり付いているのだ。


「ああ、あのクラリス姫が……」

「所作の美しい、姫の鑑だったのに……」

「美しいお顔には謎のペイント、頭には変な形の帽子……」


 88式鉄帽2型のことである。


「ああ、王族が葉っぱを食んでいる……」

「なんてことだ……」


 ミアたちは野草も集めていて、肉と一緒に食している。

 と、蛇肉の香ばしい匂いに釣られたのか、魔物が姿を見せた。

 ヘルハウンドと呼ばれる魔物で、大きな黒い犬のような姿だ。

 その目は血のように赤く、鋭い牙と鋭い爪を持っている。

 冒険者ギルドが設定している全世界共通の討伐ランクはD。

 あまり強くはないが、群れている。

 だが騎士たちは動かなかった。

 助けようとしても、邪魔者扱いされるのがオチだと知っているのだ。


「護衛騎士って、なんだろうな?」


 隊長はポツリと呟いた。



「1人一殺!!」


 ミアが叫んだ。

 アタクシはクラリス・リデル・ハウザクト。

 我がハウザクト王国の第一王女ですわ。

 アタクシたちは山中で蛇肉を食べていたのですけれど、その香りに誘われたのか、5匹のヘルハウンドがアタクシたちを取り囲んでいますわ。

 まぁ、下位の魔物に驚くような時間はもう卒業しております。

 ヘルハウンドと戦うことなんて、ミアの訓練を受けることに比べたら、ハッキリ言いまして、子供の遊びですわ。


「それだと一匹足りんぞ!?」


 弟のジェイドが言った。


「私は戦わない。君たちで倒すんだ。いいね?」


 ミアは立ち上がることもなく、蛇肉をハムハムしている。

 ミア以外は全員、立ち上がって武器を構えていますわ。

 まぁ、武器といっても短剣ですけれど。

 そんなことを考えていると、ヘルハウンドたちが一斉に飛びかかる。

 アタクシはまだ、周囲の戦闘に気を配れるほどの実力はありませんので、自分の相対するヘルハウンドだけを見ていました。


 アタクシはヘルハウンドの前足による攻撃を躱し、同時にヘルハウンドの首に短剣を突き刺す。

 そのまま短剣を滑らせ、ヘルハウンドの首を切り裂く。

 さすがに、短剣では首は落ちませんでしたけれど、ヘルハウンドは痛みにもがき苦しみ、周囲にその血をまき散らす。

 血で汚れることを恐れる時間はとっくに卒業しておりますので、アタクシはヘルハウンドが力尽きるのを待ちました。


 やがてヘルハウンドは痙攣し、そのまま昇天。

 魔物によっては、毛皮や皮膚が硬くて、刃の通らないものもいます。

 ただしそれらの魔物は討伐ランクがC以上に設定されています。

 ヘルハウンドは討伐ランクDなので、普通に刃が通りました。

 ホッ、と息を吐くと、みんなヘルハウンドを倒したようです。

 ちなみに、ヘルハウンドの毛皮は売れるので、あとでみんなで毟りますわ。

 肉は食べられないので、死骸は埋めます。


 放置しておくと臭うので。

 ジェイドとノエルはケガをしていましたが、ミアがさっさと治してしまいます。

 ミアの属性は【全能】と呼ばれる最強の属性ですわ。

 魔力さえあれば何でもできる、究極の属性。

 そして、ミアは7歳とは思えないレベルの魔力量を持っていますの。


「なるべくケガをしないように」ミアが言う。「私がいなかったらどうする? 医療の知識はないだろう?」


 ミアに怒られて、ジェイドとノエルがシュンと小さくなった。

 その様子を見て、なぜかローレッタがニヤリと笑っておりますわ。


「軽傷だったから良かったけど、重傷だったら治す前に死んでしまう可能性もある。大切なのは死なないことだよ? 兵であれ騎士であれ冒険者であれ傭兵であれ、1番大事にするべきなのは自分の命だよ? この訓練は、過酷な状況でも生き抜くためのものだよ? それを再度、頭に叩き込むように」


 ミアの言葉に、ジェイドとノエルが頷く。


「ま、冒険に出る時は回復役を1人連れて行くのがいいね」


 ミアはアタクシに微笑みを向ける。

 その笑顔が眩しい。

 ミアはアタクシのために、この訓練を用意してくれましたの。

 ミアは功績を挙げ、国王陛下から直接、褒美を頂けることになりましたの。

 けれど、ミアはその褒美をアタクシのために使ってくれた。

 ミアには何のメリットもないのに。

 アタクシが冒険できること、それをミアは褒美としましたの。

 あまりの優しさに、アタクシはミアが大好きになりましたわ。


「最初の冒険は、ミアと行きたいですわ」


 冒険者ギルドは15歳にならないと、冒険者として登録してくれない。

 だから、それに合わせて、アタクシの冒険期間は15歳から20歳。

 これでもアタクシは一国の姫。

 それ以上はさすがに許可されませんでしたの。

 でも十分ですわ。


「ああ、実地訓練もするよ。もう少し、君に技術を教えたらね」ミアが言う。「どこかダンジョン的なところに潜ってみよう」


「そういう意味では、ございませんわ」


 アタクシがそう言うと、ミアはなるほど、と頷く。


「まぁ、私がいると便利だもんね。最初は確かに、私がいた方が安心かもしれないね」

「違いますわ……」


 あなたと、一緒が、いいのですわ。

 まったく、ミアは美しく優しく強く、完璧に見えるのに、本当に鈍感ですわね!


「でも、まぁ、楽しみにしておきますわ」

 

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