3話 未来の旦那にこんにちは


 私とローレッタは男の子を追って階段を上る。

 視界に彼を捉えた。

 彼は私のドーナッツを咥えている。

 なんて野郎だ。


「止まれ! 止まらないと撃つ!」


 私が警告したけれど、男の子は無視した。

 私とローレッタは即座に小銃を構えた。


「威嚇射撃!!」


 私が号令をかける。


「よ、よせ2人とも!」追って来たユージーンの声が響く。「さっきの彼は第一……」


 私たちは容赦なく発砲し、青い髪の男の子の動きを牽制した。

 男の子は銃撃に驚いて尻餅を突いた。

 はっはー!


「私からドーナッツを奪って逃げられると、本気で思ったのかい?」


 私は男の子に歩み寄る。

 ローレッタは動かず、小銃を構えたまま警戒を続ける。

 ユージーンは銃声に驚いて硬直していた。


「今の音は!?」

「何事です!?」


 図書館が騒がしくなった。

 耳を澄ませば、フィリスが司書たちに何かを説明している風な声が微かに聞こえた。


「貴様、所属と名前を言え」


 私は男の子のすぐ前に立ち、男の子を見下ろして言った。

 男の子の口から、ポロッとドーナッツが零れ落ちる。

 私はサッとドーナッツに手を伸ばし、ドーナッツが床に落ちるのを阻止。


「まっちゃきゅ、わらしのどーにゃっつを……むぐむぐ」

「お姉様、食べてから喋ってください」


 ローレッタが寄ってきて言った。


「ミア様、ローレッタ様! なんてことを! 壁が穴だらけじゃありませんか!」


 私らを追って来たセシリアが、酷く苦い表情で言った。


「早く隠蔽してください! 【全能】の魔法で!」


 セシリアは穴の空いた壁を指さした。

 ふっ、私もローレッタも本は傷付けていない。

 その辺りは、ちゃんと考慮して撃ったのだ。


「ミア……【全能】……」男の子は尻餅を付いた姿勢で、私を見上げる。「お前、もしかして……ローズ領のぶっ飛び娘ミア・ローズか?」


「ぶっ飛んだ覚えはないよ。でも私がミア・ローズで間違いない。それで君の所属と名前は?」

「俺様は……」

「王子! どこですか王子! 隠れても無駄です! 今日は必ず歴史の勉強をしてもらいますよ! 王子!」


 図書館内に、男の声が響く。

 声だけの判断では、60歳前後。


「おお、まずい、バーソロミューのやつじゃ」


 我に返ったユージーンが、慌てて踵を返した。

 だがすぐに立ち止まって私らを見る。


「2人とも、早く隠蔽するんじゃ! その子は第一王子じゃ! 【全能】で記憶を消すなりなんなりして、なかったことにするんじゃ! バーソロミューはワシに任せろ!」


 言い残し、ユージーンは1階へと向かった。

 てか、バーソロミューって誰?


「第一王子……なのですか? 窃盗犯なのに?」


 ローレッタがちょっと困った風に言った。


「そ、そうだ!」男の子が立ち上がる。「俺様がハウザクト王国の第一王子、ジェイド・リデル・ハウザクトであるぞ! 分かったら平伏せ!」


「やかましい」


 私は銃の尻でジェイドの顔を殴った。


「ああ、ミア様、王子を殴ってはいけません!」

「大丈夫。もちろん、手加減しているさ」

「そういう問題ではありませんミア様」


 セシリアが呆れた風に言った。


「あぐぅ……」


 ジェイドは泣きそうな表情で私を見た。


「お姉様のドーナッツを奪ったのですから、平伏すのは王子の方です」


 至極当然、という風にローレッタが言った。

 セシリアは小さく溜息を吐いた。


「ローレッタ様、王子を平伏させるのはお止めください」

「ですがセシリア、彼は窃盗犯です」

「ローレッタ様、結局ミア様が食べたじゃないですか。見ましたよわたくし」


 セシリアがジトーッと私に視線を送った。

 あは。

 でも一口分はジェイドに取られたんだよ!

 あれ?

 よく考えたらこれ、間接キスじゃね?

 えへへ。

 ジェイドまぁまぁイケメンだし、これ得したかも!


「って、痛い痛い! ローレッタ!?」


 いつもの如く、ローレッタにお尻を抓られた。


「お姉様、表情」


 ローレッタが厳しい声で指摘。


「とりあえず、銃を消しましょうか2人とも」


 セシリアに言われて、私は20式小銃を消した。

 それから小さく咳払いして、ジェイドに目をやる。

 ジェイドは困惑しているような表情だった。

 ふむ。

 ジェイド・リデル・ハウザクトは私の未来の旦那だ。


 あくまでゲームの中での話。

 まぁ、ゲーム開始時点では死んでいるというか、私がぶっ殺したので本人は登場しない。

 よって、どんな人物なのか不明。

 とりあえず、目の前のジェイドはなんか高価そうな白い制服みたいな服を着ている。

 ズボンも同じ色。

 たぶん、公式な場ではマントも装備するはず。


「俺様は、王子なんだぞ……」


 ジェイドが拗ねた風に言った。

 ちょっと可愛い。


「まぁ、今回は許してあげよう。代わりに、君は今日のことを忘れるんだ。いいね?」


 私は中央と戦争になっても一向に構わないけれど。

 ああ、でも、今じゃない方がいいかも。

 鉄砲隊とかちゃんと配備してからの方がいい。


「な、なんでお前が命令してるんだ!? 俺様は王子だぞ!? しかも第一王子!」

「やかましいです」


 ローレッタがジェイドの足を踏んづけた。


「はぐぅ!」


 ジェイドが涙目になった。

 やっぱりちょっと可愛い。


「ローレッタ様、王子の足を踏んではいけません。そしてミア様、大旦那様の言葉通り、記憶を消すことをお勧めします。不敬罪の連続で、わたくしは気を失いそうです」


 セシリアが淡々と言った。


「ふざけるな! 俺様の記憶は俺様のものだ! 勝手に消されてたまるか!」


 ジェイドが逃げようと踵を返す。


「はっはー! 逃がすわけないだろう!」


 私はジェイドに飛び付いて押し倒した。


「ああ! ミア様! 王子を、というか、殿方を押し倒してはいけません!」


 セシリアが慌てて私をジェイドから引き離す。


「い、いい匂い……」


 ジェイドがポツリと呟いた。

 声が小さかったので、よく聞こえなかった。

 それよりも。

 ジェイドの頬が赤く染まっている。

 押し倒されて怒ったのかもしれない。


「お姉様はいつだっていい匂いがします! 薔薇の香りです!」


 ふんす、っとローレッタがどや顔で言った。


「いきなりどうしたのローレッタ!」

「ローズ領名産、薔薇の香水です! 大量に購入することをお勧めします!」


 ローレッタは私の質問を無視して、ジェイドに言った。


「か、買う……」


 ジェイドは言いながら立ち上がる。

 そして服をパンパンと払った。

 よく分からないけど、ローレッタがうちの領地の香水を王子に売りつけた!

 どういう流れなのか分からない!

 でもよくやった!

 領地が儲かるならとりあえずオッケー!

 私はローレッタの頭をナデナデした。

 ほう……ローレッタの髪の毛柔らかくて気持ちいい。


「み、ミア・ローズ……」


 ジェイドが私を見ながら言った。

 未だに頬が赤い。

 まぁ怒る気持ちは分かる。

 しかし、先に私のドーナッツを取ったのはジェイドの方だ。


「よし、今日のことを忘れると誓うなら、そのまま行ってよろしい」

「え? いや、忘れられるわけないし……」

「じゃあ記憶を消そう」


「待て待て!」ジェイドが慌てて両手を振る。「別にお前たちを咎めようってわけじゃないぞ!」


「ほう。つまり?」

「いや、その、せっかくだし、お前たちを俺様の子分にしてやってもいい」

「断る」


 私が真顔で言うと、ジェイドは酷くショックを受けたようだった。


「じゃ、じゃあ婚約者にしてやる! 特別だぞ!」

「それも断る」


 つか、親スルーして勝手に婚約とかできないよね?

 まぁ、王家は私が欲しいみたいだから、問題ないのか。

 私は嫌だけど。


「ぐぬぬ……俺様は王子なのに……。令嬢はみんな、俺様の婚約者になりたがるのに……」

「では王子がお姉様の部下になればよろしいのでは?」


 ローレッタが折衷案を提示した。

 えー?

 王子様の部下とか使いにくいじゃん。

 まぁどうしてもって言うなら、鍛えてあげるけどさ。

 まぁまぁイケメンだし。


「お、俺様が部下!? こ、断る! そんなわけにはいかん! 俺様は王子だからな! くそう! いつかモノにしてやるからな!」


 ジェイドは走り去った。

 私らを咎める気がないようなので、そのまま行かせる。

 1階で「やはり図書館に隠れていましたか王子!」と男の声。

 私はとりあえず、【全能】で壁を元に戻した。

 

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