4話 王子様とお姫様


 私は念のため、虫型スパイドローンを送り込んだ。

 まぁ送り込んだというか、王城に放ったという方が正しい。

 さて、現在は夜の帳が下りた頃。

 場所は祖父母のお屋敷、私とローレッタに与えられた部屋のベッドの中。

 隣ではローレッタがスヤスヤと眠っている。

 ドローンは完全自律で第一王子のジェイドを追っていた。

 そして万が一、ジェイドが私らを罪に問う素振りを見せたら、私の頭の中にアラートがなる。


 そういう風に設定したのだ。

 私は【全能】の魔法使いなので、魔力さえあれば何でもできる。

 更にこのドローンのいいところは、いつでも私とリンクできること。

 目を閉じて、ドローンの視点とリンク。

 聴覚も同時にリンク。

 リンクできるのはこの2つだけ。

 嗅覚や味覚、触覚は無理。

 魔力を注げば無理じゃないけど、あまり必要ではない。


「姉上、令嬢を口説く方法を教えてくれ」


 ジェイドは姉の部屋で言った。

 ジェイドは椅子に座っている。

 私はドローンをグルッと回転させて部屋の中を見回した。

 さすがお姫様の部屋、豪華だね。

 天蓋付きの大きなベッドに、明らかに高価なソファ、細かい細工の施されたドレッサーなどなど。

 てか、ジェイドの奴、ローレッタを口説く気なのかな?

 許さん!

 許さんぞ!

 ローレッタが欲しければまず私を倒せ!


「口説く必要などございませんわ」


 ジェイドの姉であるクラリス・リデル・ハウザクトがあざ笑う風に言った。

 クラリスはベッドにペッタンコ座りしている。

 クラリスは10歳で、かなりの美人。

 茶髪の編み込みハーフアップが上品さを醸し出している。

 唯一の難点として、クラリスはちょっと目付きが鋭い。

 吊り目というやつだ。

 怒っているように見えるけど、どっちにしても美人。

 胸はまだ膨らんでいない。


「あなたは王子。そう、この国の王子ですわよ?」

「それは知っている」


 ちなみにだが、クラリスはいわゆるライバルキャラとしてゲームに登場した。

 乙女ゲーム『愛と革命のゆりかご』では、各攻略対象者にそれぞれライバルキャラが設定されている。

 とはいえ、ライバルたちはみんな悪い子じゃない。

 いわゆる悪役令嬢なのはこの私、ラスボス王妃のミア・ローズのみ。


「放っておいても、縁談は向こうから腐るほどやってきますわ」

「いや、だから、縁談ではなく、口説きたいのだ姉上」


 攻略対象者であり王道ルートである第二王子ルートで、ライバルとしてクラリスは登場する。

 まぁライバルと言っても、第二王子とクラリスが愛し合っているわけじゃない。

 主人公を見定める系のキャラだ。

 第二王子に相応しい言動をするようネチネチ言ってくる。

 クラリスに認められないと、ハッピーエンドにならない。

 クラリスは腹違いの第二王子を大切に想っている。

 もちろん弟としてね。

 いわゆる小姑というやつで、ウザいっちゃウザい。

 でも悪意はないので、嫌われキャラではなかった。


「いいですこと?」

「何が?」


 クラリスがジェイドを睨む。

 ジェイドはクラリスから目を逸らさない。

 さてゲームの話に戻ろう。

 クラリスは他国に嫁ぐのだが、私がジェイドを殺したあと、国を憂い戻ってくる。

 ラスボスのミアと真っ向から対決するほどに気が強い。

 クラリスはミアの支配する王城に戻って、地下に潜った第二王子と革命軍を支援してくれる。

 まぁそれが災いして、選択肢によっては死ぬ。

 あは。

 正確には私が殺す。


「アタクシの認めた令嬢でなければ、お付き合いは許しませんわ」


 おおう!

 ゲームのまんまの性格だ!

 こんな小さい頃から!

 ちょっと感動!


「……ああ、ええっと……」


 ジェイドの目が泳ぐ。

 もしかしてローレッタの名前、分からないのかな?

 いや、それはないか。

 ジェイドは私の名前を知っていたのだから。

 当然、いつも私と一緒にいるローレッタのことだって知っているはず。


「誰ですの? 身分が低いか、それとも何か問題がありますの?」

「いや、その……」


「まぁ、身分に問題がありませんのでしたら、そうですわねぇ……」クラリスが思案顔を浮かべる。「ローズ領のクレイジーミアでなければ、アタクシもあまりうるさくは言いませんわ。ですから安心して名前を吐きなさい」


 誰がクレイジーだっ!

 むしろ中央に私ってどう伝わってんの?

 思ってたのと違う!

 恐れて欲しかったけれど、恐れるの意味が思ってたのと違う気がする!


「姉上……実は今日、図書館でその……俺様は……」

「早く言いなさい。王子はそんな曖昧な態度を取ってはいけませんのよ?」


 クラリスが言うと、ジェイドは1度深呼吸した。

 そして意を決して言う。


「ローズ姉妹に会ったんだ!」

「……え?」


 クラリスは目が点になった。

 大丈夫、大丈夫だから!

 私じゃなくて、どうせローレッタの方だから!


「待ちなさいジェイド。ローズ姉妹は、妹の方も大概だと聞きますわ……いえ、まだ会ったと言っただけですわね。ええ、大丈夫、気が触れでもしない限り、ローズ姉妹はないですわね? いくら2人とも魔法使いとはいえ、うちの両親が欲しがっているとはいえ、噂を聞く限り、そこらの魔物の方がマシな感じですものね、ええ」


 クラリスは正気を失いそうなのを、必死に耐える風な表情で言った。

 てゆーか、魔物の方がマシってどういうこと?

 私、別に暴れたりしてなくね?

 ちょっと犯罪者を射殺したり、海賊を射殺したぐらいじゃない?

 あとは修練場に大穴空けて、危うくそこにいた人たちを皆殺しにするところだった程度。


「最初は、無礼な姉妹で、俺様もイラッとしたんだけど……」

「……惚れてしまった、と?」


 クラリスの質問に、ジェイドが頷く。

 ああああ!

 ローレッタって本当、罪作りだね!

 まぁ信じられないぐらい可愛いから、仕方ないけどさ!

 クラリスは大きな溜息を吐いてから、ベッドを下りた。

 そしてジェイドに近寄り、頭を撫でた。


「姉上?」

「アタクシも姉妹に会って、噂がどれほど事実に近いのか確認しますわ」

「それはいいけど、俺様は口説く方法が知りたいんだが?」

「とりあえず、困難を共にするのがいいですわね。アタクシの読んだロマンス小説では大抵、何かしらの困難を乗り越えていますわ」

「なるほど! 困難か! たとえば!?」


 ジェイドはキラキラした瞳で言った。

 クラリスは苦い表情をしている。


「今ですと、一緒に連続強盗殺人事件を解決する、とかですわ」

「おおう! 事件の解決か! それで俺様のカッコいいところも見せるわけだな!?」

「まぁそうですわね」

「よし! 明日早速、会いに……」

「お待ちなさい」


 クラリスがジェイドの頬を抓る。

 やさしい抓り方なので、それほど痛くはなさそう。

 ローレッタだったら本気でギュッと抓るのになぁ。


「向こうはこちらのお茶会の誘いも全部断ってますわ」

「ほう。つまり?」

「正規ルートでは会えませんわね、きっと」

「だったら、どうすれば!?」

「アポなし突撃、ですわ」

「ほほう!」

「アタクシも姉妹に会ってみたいですわ。まぁ、ジェイドが惚れたからですけれど。そうでなければ、あんな妙な噂ばかりの姉妹に会いたくはありませんわ」

「でも、2人は天才って話もあるぞ?」

「それも知ってますわ」


 やれやれ、とクラリスが肩を竦めた。

 え?

 これ、王族が我が家というか、祖父母の屋敷に突撃してくるパターン?

 私は大丈夫だけど、祖父母は大丈夫かな?

 あと、侍女たちも。

 慌てなきゃいいけど。


「ですからまぁ、実際に会って色々と確かめたい、というわけですわ。ジェイドの将来の妻、即ち王妃となるに相応しいのかどうか!」


 ローレッタが王妃になるのは悪くない。

 ローレッタの夢は世界征服だから、領地1つより国の方がやりやすいはず。

 でも。

 ローレッタにはまだ、恋愛の好きは早い。

 ローレッタに気持ちを聞いたら、絶対に「お姉様が1番好きです」って言ってくれるもんね!

 自信あるもんね!

 でも一応、明日起きたらジェイドをどう思うか聞こう。

 そう決めて、私はドローンを消して眠りに就いた。

 そして起きたら、ジェイドのことなんかスッカリ忘れた私である。

 だって、ノエルとレックスが遊びに来る日なんだもん、仕方ないよね!

 

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