2話 王子様に会えるといいな!


 祖父母の屋敷の食堂。

 ランチが豪華だった。

 どうやら、私たちが来るから奮発したようだ。

 あは。

 昨夜のディナーも半端なく豪勢だった。

 私とローレッタは昨日の夕方、祖父母のお屋敷に到着したのだ。

 そして一泊して今に至る。

 明日はレックスとノエルを屋敷に招待している。


「あらあら、2人の食べっぷりは気持ちがいいわねー」


 イヴリンがニコニコと言った。

 イヴリンは背が低くて身体が細い。

 そして見た目通り、食もすごく細い。

 だから、私とローレッタがたくさん食べているように見えるのだろう。


「うむ。どんどん食って、どんどん大きくなれ」


 祖父のユージーン・ローズが何度も頷いた。

 ユージーンは祖父と言ってもまだ52歳。

 金髪を短く切り揃えていて、服装はスーツ。

 ネクタイの代わりにループタイをしている。

 ちなみに、ループタイの飾りは薔薇の紋章だ。

 この世界では、というかこの国では、普通のネクタイよりループタイの方が一般的。


「そうは言っても大旦那様。2人は同じ年齢の令嬢たちと比べて、少し食べ過ぎな部分があります」セシリアが言う。「ですが、まぁ、運動量も多いので、今のところ、問題はありませんけれど、旦那様と奥様に注意して見ているよう言われています」


 あれ?

 私、そんなに食べてないと思ったのになぁ。


「ふふっ、まぁ、おデブの令嬢なんて、笑いものだものねー」


 イヴリンが楽しそうに言った。


「私たち、太ってる?」


 私は少し不安になって聞いた。


「全然」ユージーンが首を横に振る。「もっと太ってもいいぐらいじゃわい」


「大丈夫ですよ」セシリアが言う。「今のところ問題ない、と言いましたよ?」


「そっか」


 私はホッと息を吐いた。

 まぁ、あれだけ毎日訓練してるんだから、太るはずがないけどね!

 でも、万が一、ってこともあるからね!


「それはそうとー」イヴリンが言う。「大丈夫だと思うけど、今王都ではねー、連続強盗殺人事件が起きてるのー」


「強盗殺人ですか?」


 ローレッタが料理からイヴリンに視線を移した。


「うむ。まったくとんでもない話じゃわい」ユージーンが言う。「治安維持隊が必死で捜査しておるがな。未だ捕まってない。こいつが神出鬼没でな」


「そうなのよー。馬車を襲ったって話もあるのねー。護衛のいない、中流階級の家に押し入ったり、路地裏で襲ったり、かなり幅広く襲ってるみたいなのー」

「今、我が家に来たら返り討ちにします!」


 ローレッタがキリッとした表情で言った。

 そして私もまったくの同意見。

 てか、祖父母のお屋敷を何気に我が家扱い。

 さすがローレッタ!


「うちは大丈夫じゃ」ユージーンが笑う。「警備兵が立っておるからな。馬車で移動する時も、ローズ騎士が2人も一緒じゃろう? まず襲われることはない。イヴリンは心配性なんじゃ。気にすることはない。さすがに王城に押し入るほどバカでもないじゃろうしな」


「ふぅん」


 別に襲ってくれてもいいけど。

 余裕で返り討ちにする自信あるし。


「ミア様、興味を持たないでくださいね?」


 セシリアが淡々と言った。


「大丈夫」私は肩を竦めた。「わざわざ探しに行ったりしないよ」


 運良く出会ったら、撃ち殺すけどね。

 その後も色々と世間話をしながら、ランチを進めた。



 王城。

 私たちは巨大な庭園を散歩したのち、図書館を目指した。


「すっごかったですね! うちのお城の庭も、あんな風に綺麗に整えましょう!」


 庭園を見てからずっと興奮しっぱなしのローレッタが言った。

 確かにここの庭園はすごかった。

 庭師の技術力が非常に高い。

 比べて、ローズ領の城の庭はもっと自然の味が楽しめる。

 最低限の手入れしかしていないのだ、うちは。


「はっはっは! さすがに王城の庭のようにはできんよ!」


 案内役のユージーンが大きな声で笑った。

 広い渡り廊下を歩いているのは、私とローレッタ、ユージーン、そして側仕え2人。

 ちなみに、護衛騎士たちは一緒にいない。

 理由は単純。

 王城には中央兵の中でも選りすぐりの近衛隊が配置されているから。

 守りは完璧ってこと。


 しばらく歩いて、私たちは図書館に到着した。

 図書館は王城の敷地内にドンッと建っている。

 3階建てぐらいの、巨大な図書館だ。

 一般人、つまり平民の利用は不可。

 もちろん、側仕えは主人がいれば入ってもいい。


 図書館のロビーで名前を聞かれたので答える。

 そして入館証を渡されたので受け取り、首から提げる。

 私たちは図書館内を歩き回り、何冊かの本を取ってもらった。

 当然、ローズ領の図書館にない本だ。

 近くの閲覧スペースに移動し、ソファに腰を下ろす。

 ユージーンは私たちの対面に座った。

 フィリスがお茶の用意をするため、司書たちの方へ向かった。


「どうじゃ? すさまじい蔵書じゃろう?」


「はいお祖父様」ローレッタが嬉しそうに言う。「素晴らしいです!」


「まったく同意見」私が言う。「ところで、お祖父様は側仕えを雇わないのかい?」


「ワシ? ワシは今更、側仕えなどいらんよ。全部自分でできる」

「そっか」


 別に深い意味があって聞いたわけじゃない。

 宰相の補佐官という立場的に、雑用を任せられる側仕えがいた方がいいんじゃないかと思っただけ。

 ほら、仕事に集中できるようにさ。

 私とローレッタが本に目を通していると、フィリスが戻った。

 フィリスはお茶を3人分、テーブルに置く。

 そして司書たちがドーナッツをテーブルに置いた。

 私とローレッタがお礼を言うと、司書たちが嬉しそうに笑った。


「ところでお祖父様」


 私は本を見ながら、何気なく、さり気なく、こう、別になんでもないことなんだけど、という風を装った。


「ん? なんじゃミア」

「王子様たちって、普段どこにいるのかな?」


 私が質問すると、ユージーンは目を丸くした。

 そして面白そうに笑った。


「そうか、いや、そうじゃな。王子様に興味を持つ年頃か」

「い、いや別に興味とかじゃなくて、その、純粋にね? 何してるのかなぁって!」


「本当は?」とローレッタ。


「はぁい! 王子様に会いたいでぇす!」


 私はウッカリ、素直な気持ちを口にした。


「はっはっは! ミア! 残念じゃが、王子様方には会えんよ。今は勉強か、剣の稽古か、とにかく彼らは忙しい」


 残念。

 まぁ、王家のお茶会に何度も誘われているようだし、いずれ会える。

 もうちょっとマナーとかを覚えたらね。

 私はとりあえず、ドーナッツに手を伸ばした。

 その時だった。


「あ、お待ちを! 勝手に入られては困ります!」


 受付の司書の声が響いたので、そっちに目をやる。

 男の子がすごい勢いで走ってきた。

 何事かと、私は男の子の動きを警戒。

 男の子は青いロングヘアで、年齢は私たちとそう変わらないぐらいに見えた。

 刺客だったら返り討ちにしてやる。

 そう思ったのだけど、特に殺気のようなものは感じない。

 問題ないようなので、私は気を抜いた。

 男の子はただ走ってきて、そして走り去ろうとして立ち止まる。


「お? いいものあるじゃないか」


 男の子は私が取ろうとしたドーナッツをサッと掴んだ。


「これ貰うぞ!」


 男の子は不敵に笑って、階段の方へと走った。


「私のドーナッツ……」

「お姉様……。もしかして、ちょっと顔がいい殿方だったので油断しましたね?」

「ま、まさか! 彼の動きがよかったのさ! ははっ! でもドーナッツを奪ったのは許せない!」


 確かに、彼はちょっと顔が良かった。

 攻略対象者ほどじゃないけど、イケメンの部類だ。

 確かにちょっと、顔見てたかもしれないけど!

 言ったらローレッタに抓られること必至!


「ではお姉様、報復しますか?」

「もちろんだとも!! ドーナッツを奪われたのだから、当然報復だね!! 戦争してもいいぐらいさ!! ああチクショウ!! やってやる!!」


 言いながら立ち上がり、私は20式小銃を仮創造。

 ローレッタの分も仮創造。


「お、おい、ミア、ローレッタ」


 ユージーンも慌てて立ち上がった。

 だが私たちはすでに男の子を追って駆け出していた。


「いけませんミア様!」

「ローレッタ様! お戻りくださいっ! 中央の図書館で銃の乱射だけは!! それだけはお止めください!」


 セシリアの鋭い声と、フィリスの泣きそうな声が図書館に響いた。

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